第7話:適性検査
「入るぞ」
屋敷の扉をノックし、返事を待たずにドアを開ける。
俺が室内に一歩踏み入れた瞬間、窓辺から外を眺めていたセリアが弾かれたように振り返った。
その身体は今、レジスタントの擦り切れた戦闘服ではなく、豪奢な貴族用の衣服を纏っている。
「クラウス……!」
俺の姿を認めるなり、彼女の表情が花が咲いたように明るくなる。
駆け寄ってくるその瞳には、親愛の情……というか、少し湿度の高い感情が籠もっている気がした。
「居心地はどうだ? 不自由はないか?」
「はい。物資だけじゃなくて、住む場所まで用意してくれるなんて……本当に感謝してもしきれないわ」
「部屋なら腐る程空いてるから気にするな。それより、少し付き合ってくれ。君に見せたいものがある」
そう言ってセリアを部屋から連れ出し、外で待機させていたヒルデと共に屋敷の地下へと向かう。
厳重なセキュリティゲートを潜り抜けた先に広がるのは、熱気とオイルの匂いが立ち込める開発工廠。
「見せたいものって、ここのこと?」
「ああ、ここがヴァルキュリアの開発工廠だ。それで、え~っと……」
「あっ! 領主く~ん! こっちこっち~!」
ちょうど探していた人物が、俺たちを見つけて片手を挙げて出迎えてくれる。
その背後には、整備・改修中のフリストの巨体が鎮座している。
「紹介しよう。こちらはライラ・ブラウン博士。ヴァルキュリア開発チームの主任開発者だ」
「よろよろ~! 天才美少女科学者のライラ・ブラウンで~す!」
「で、こっちはセリア・イグニス王女。ヴァルキュリアの新しいパイロット候補だ」
「よろしくお願いします。ブラウン博士」
二人が互いに一歩歩み寄って、握手を交わす。
「パイロット候補ってことは、U.S.E.R.なんだよね? 本当にいいの? 機体に乗って前線に出るとか普通に危ないと思うけど」
「はい。祖国を取り戻すためにも、私の能力を上手く使ってくれるなら危険は覚悟の上です」
セリアの覚悟を聞いて、ライラは「はえ~……」と驚いている。
彼女もまさか、ヒルデに続いて『目的のためなら命も惜しくないU.S.E.R.』がいるとは思ってなかったみたいだ。
「まさか、本当に見つけてくるとはね~……そんなポンポン見つかるもんじゃないんだけどなぁ……しかも、王女様ってヤバくない? どんだけ運いいの?」
「……まあ、偶然だよ。たまたまってやつ」
まさか、『この世界がゲームの世界と知っているメタ知識で辿り着いた』なんて言えるわけもないので、適当に誤魔化した。
「さて、セリア王女。早速だが、君にやって欲しいことがある」
「やって欲しいこと? もちろん、私は貴方の武器なんだから命令してくれるならなんでもするけど……」
セリアが小首を傾げながら言う。
俺はそんな彼女の言動に、『なんなんだその自我喪失路線は……』と若干慄きつつも、冷静に振る舞う。
「……こっちだ」
俺は彼女を工廠の一角に設置されたブースへと案内した。
床には特殊なセンサーが敷き詰められ、周囲を無数のカメラとプロジェクターが囲んでいる。
「ここは?」
「U.S.E.R.の適性を測る『ARシミュレーター』だ。星源力の性質や、戦闘データを取るための施設だな」
俺は顎をしゃくってヒルデに合図を送る。
心得た様子の彼女がスペースの中央に立つと、ブーンという低い起動音と共に、彼女の手に青白い光で構成された刀剣が出現した。
同時に、周囲の空間に敵兵器を模したホログラムが次々と実体化する。
「百聞は一見にしかずだ。まずは見ていてくれ」
開始のブザーが鳴り響いた直後、ヒルデの姿がブレた。
鋭い踏み込みと共に、一閃。
ホログラムの敵兵が、反応する間もなく両断され、光の粒子となって霧散する。
無駄のない所作、流れるような剣舞。
次々と襲い来る敵を、彼女は表情一つ変えずに切り捨てていく。
最後の敵を斬り伏せた彼女が残心したと同時に、空中にリザルト画面が表示された。
[STR: 250] [AGI: 280] [DEX: 220] [VIT: 200] [MND: 150]
【TOTAL SCORE: 1100】
「……とまあ、こんな感じで戦闘能力を数値化して、機体開発にフィードバックするわけだ」
端的に言えば、キャラクターとしてのステータスの可視化作業。
お約束の『ステータスオープン』ができないのを科学で補った形だ。
「なるほど、分かった」
セリアが納得したように頷き、ヒルデと入れ替わりでスペースに入る。
システムが再起動し、武器選択のウィンドウが空中に浮かび上がった。
「武器はどうすればいい?」
「自分が得意なのを選んでくれていいぞ」
「いえ、貴方が選んで。だって、私は貴方の武器なんだから。貴方が『剣になれ』と言うなら剣になるし、『盾になれ』と言うなら盾になる」
当然のように、彼女は選択権を俺に委ねてきた。
「……じゃあ、銃でいこうか」
「了解。仰せのままに」
俺が操作パネルを叩くと、セリアの両手に二丁のハンドガンが形成された。
再び、敵性ホログラム兵が出現する。
ブザー音の直後、セリアが動いた。
乾いた銃声が連続して響く。
ヒルデのような高速機動ではない。
彼女はその場からほとんど動かず、最小限の体捌きだけで敵の攻撃を回避し、正確無比に急所を撃ち抜いていく。
一発必中。無駄弾なし。
まるで舞踏を踊るように、二丁の銃口から死の火線をばら撒くその姿は、芸術的ですらあった。
全敵撃破。
表示された最終スコアは――
[STR: 150] [AGI: 200] [DEX: 350] [VIT: 170] [MND: 250]
【TOTAL SCORE: 1120】
「まあ、こんなものよね」
スコアを見たセリアが、小さく息を吐いて髪をかき上げる。
そして、ヒルデの方をチラッと一瞥して、『ふふん』と勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
その態度に、ヒルデの眉がピクッと跳ねた。
「……随分と簡単なステージ設定だったみたいですね」
「あら? 同じだったと思うけど? 負け惜しみは止めて欲しいわね」
「負け惜しみ? まさか、単なるデモンストレーションの数字に勝ち誇っているのですか? でしたら残念ながら、私のベストスコアはもっと高いので」
バチバチと、二人の間に火花が散るのが見えた気がした。
ど、どうしてこんなに険悪な感じなんだろう……。
氷と火で相性が悪い……? それとも何らかの原作ファクターか……?
「ま、まあまあ……二人ともその辺で……所詮はただの数字だし……」
俺は引きつった笑みを浮かべながら、剣呑な空気を放つ二人の間に恐る恐る割って入った。
「稀有なU.S.E.R.同士……それから今後は背中を預け合う僚機のパイロット同士にもなるんだから仲良く……ほら、握手握手」
諌めながら互いの背中を挟むように押すと、二人は「そうですね」「そうね」と言って距離を詰める。
「よろしくお願いします。二号さん」
「こちらこそ。クラウスのお世話係さん」
手の甲に血管が浮き出る程に力を込めながら握手をする二人。
なんで……なんで、こんなことに……。
俺はみんなに仲良くしてもらいたいのに……。
***
――その日の夜。
屋敷のダイニングルームでは、静かなディナーの時間が流れていた。
長いテーブルには豪華な料理が並んでいるが、俺の意識はそこにはない。
片手に持ったタブレット端末に表示される、今後の開発スケジュールに没頭していた。
(射撃主体になるとジェネレーターの排熱処理が追いつかないな……冷却系を強化するか、それとも別のアプローチから解決するか……)
フォークを口に運びながらも、思考は完全に仕事モード。
そんな中、ふと違和感に気づく。
(……静かだな)
いつもなら、『お兄様、あーんしてください』だの、やかましいほどに話しかけてくるはずのレティシアの声が聞こえない。
最近は開発にかかりきりで全く構っていないし、なんならセリアという『新しい女』を屋敷に連れ込んでいる。
その内心で今、どれだけの嫉妬の炎が渦巻いてるのか想像に難くない。
俺は不審に思い、タブレットから顔を上げた。
「レティシ――」
そして、彼女に声をかけようとした、その瞬間だった。
ぐにゃり……と、視界が泥水のように歪んだ。
「……え?」
手からタブレットが滑り落ち、ガシャンと床に叩きつけられる。
全身の力が急速に抜けていく。
支えを失った俺の上半身は、そのまま前のめりに倒れ込み、料理の並んだ皿の中に顔を突っ込んだ。
意識が遠のく。
手足の感覚がない。
薄れゆく視界の端で、正面に座る少女が、ゆらりと立ち上がるのが見えた。
「お兄様が悪いんですわよ……?」
鈴を転がすような声が、遠くから響くように鼓膜を揺らす。
「私というものがいながら、他の女とばかりイチャイチャ、イチャイチャするから……」
意識が闇に沈む直前、妹の暗い瞳が恍惚に歪むのが見えた。




