第6話:思い通り……?
――場所は移り、ライラの輸送船にある医務室。
鼻を刺す消毒液の匂いが漂う、無機質な白に塗り固められた部屋。
そこに、激情を露わにした男の怒号が響き渡った。
「無茶を通り越して、狂気の沙汰です!!」
顔を真っ赤にして怒鳴っているのは、セリアの側近であるグスタフだ。
普段は冷静沈着な老兵だが、今回ばかりは腹の底から怒っているようだった。
握りしめた拳は小刻みに震え、首筋には血管が浮き上がっている。
「あれほど単独行動は慎めと……! もし姫様の身に万が一のことがあれば、イグニアの再興はどうなるのです!? 亡き王に、我らはなんと詫びれば良いのですか!」
「……ごめんなさい」
簡易ベッドの上で、セリアは小さくなっていた。
怪我こそ打撲程度で済んだが、精神的なショックが大きいのか、その顔色は蒼白だ。
「……ライン伯爵。この度は、姫様の命を救って頂き……なんと申せばいいのか、感謝の言葉もございません」
「気にするな。たまたま通りがかっただけだ。それに、フリストの対要塞戦闘データも取れたしな」
「貴殿がいなければ、我らは永久に希望を失うところでした。この借りは、我が命に代えても返させていただきます」
俺の方に振り返り、グスタフが改めて深々と頭を下げた。
その両手は強く握り締められ、爪が食い込んで僅かに血が滲んでいる。
余程、亡国の一粒種である彼女を失うのがよほど怖かったらしい。
一方のセリアは俯いたまま、シーツをギュッと握り締めている。
時折、チラリと俺の方を見ては、何かを言いたげに唇を震わせ、そしてまたグスタフの方を見て口を噤む。
「……さて、それでは私は他の者たちと今後の方針について協議をして参ります」
何かを察したグスタフは、わざとらしく大きな声で言うと、居住まいを正した。
「姫様も、今しばらくは安静になさってください。くれぐれもまた短絡的な行動は起こさぬように。では、失礼します」
グスタフは俺に深々と一礼し、医務室から出ていく。
自動ドアが閉まり、二人きりになった室内には、針が落ちる音さえ聞こえそうな静寂が満ちた。
目付役がいなくなったことで、セリアの強張っていた肩からふっと力が抜けるのがわかった。
彼女はしばらくの間、俯いて心の準備をするように呼吸を整えていたが、やがて意を決したように顔を上げた。
「助けてくれて……ありがとう。それと、ごめんなさい」
ベッドの上で、俺に向かってセリアが頭を下げる。
「貴方を『帝国貴族』だと決めつけて、拒絶して……その結果が、この無様な有様よ。自分の命すらもまともに使えない、本当にどうしようもない馬鹿ね……」
「誰にでも失敗くらいあるさ。気に病むことはない」
「失敗で済む話じゃない……! 私は……! 」
感情を吐き出すように叫びかけ、彼女はハッと口を噤む。
そして、瞳に涙を溜めながら、俺の方へと深く頭を下げた。
亡国の……と頭に付くとはいえ、一応は一国の王族だ。
部下の前では、こんな姿は見せたくなかったのだろう。
「ライン伯爵……私の命を救ってくれて、本当にありがとうございました。貴方は、私の……イグニアの恩人です」
その言葉には、かつてのような敵意は微塵も含まれていなかった。
あるのは純粋な感謝と、己の無力さを知った者特有の恭順。
心が折れた果てに、救われた者の顔だ。
「気にするな。俺は、俺のためにやっただけだ」
俺は努めて穏やかな声で、優しくそう言ってやった。
そう、本当に気にする必要なんて全くない。
何故ならこの結末は全て、俺が書き上げ、演出した『シナリオ』通りなのだから。
そもそも、資金も物資も枯渇しかけていたレジスタンスが、旧式の戦闘艇を出撃可能な状態にできるための部品を、どこから調達できたのか?
それは、俺が裏ルートを幾重にも経由して、決して大元がバレないように彼らに流したからだ。
そして、要塞ファフニールの偽の構造図。
あれを情報屋を通じてレジスタンスに掴ませたのも、また俺だ。
旧イグニア王国である第八銀河区と、このライン領は隣接している。
となると当然、関係が良好だった頃に要塞の情報は共有されていた。
そこで本物の図面をベースに、『致命的な嘘』を混ぜ込んだ偽物を作ることなど造作もない。
元が本物なのだから、何も知らないレジスタンスの連中がそれを疑う余地はなかった。
出撃準備が整った戦闘艇と、敵の急所となると信じ込ませた情報。
このお姫様の直情的な性格を考えれば、この二点が揃えば間違いなく短絡的な行動に出ると確信していた。
後は絶体絶命の窮地に陥り、心が折れた瞬間を狙って、颯爽と駆けつけ、彼女を救出する。
その際に、ついでにヴァルキュリアの性能を見せつけて、『力』への渇望を煽っておけば完璧だ。
全ては、彼女の凝り固まった『帝国貴族への憎悪』を粉砕し、俺への評価を上書きするための自作自演。
その甲斐あってかセリアは涙を流し、俺を信頼と親愛の眼差しで見つめている。
つまり、作戦は完璧に遂行された。
これで、彼女の中での俺は、ただの『憎き帝国貴族』ではなくなった。
大恩ある『クラウス・フォン・ライン』という一人の男として、その心に深く刻み込まれたはずだ。
「それより、これで前に言った俺の言葉を信じてくれるな?」
「……ええ、信じるわ」
「なら、改めて申し出る。王女セリア。俺に、貴方の力を貸して欲しい。君のU.S.E.R.としての能力が俺には必要だ」
俺はベッド脇に歩み寄ると、優しく右手を差し出した。
最も彼女が欲しているであろう言葉を選び、口にする。
「そして、共に戦おう。帝国を倒し、君の祖国を取り戻すために」
この言葉に嘘はない。
少なくとも、彼女の祖国奪還が俺のシナリオ上、必要なイベントであることは事実だ。
だからこそ、俺は最高の笑顔で、理想的な『救世主』を演じてみせよう。
全ては俺の計算通り、完全に心を許した彼女はこの手を取るはずだ。
「……うん」
セリアは袖で涙を乱暴に拭うと、差し出した俺の手を両手で包み込むように握り返した。
「確かに、貴方なら……私のこと、もっと上手く使ってくれそうだものね……」
「え? つか……」
「U.S.E.R.の力が必要なんでしょ?」
「あ、ああ……うん……」
「だったら、私の力……私の命……全部、貴方に預ける……」
な、なんかちょっと想定よりも言葉選びというか……感情が重くない……?
もちろん、彼女を利用するために策を練ったわけだから、これで成功してるのは間違いないんだけど……。
もっと、こう……『べ、別にあんたを信用したわけじゃなくて祖国を再興させるために協力するだけなんだからね!』みたいな典型的ツンデレムーブを予想してたというか……。
「故郷を取り戻せるなら、私は貴方の武器にでも何でもなる……だから、上手く使って……お願い……」
涙で潤んだ瞳で俺の顔を見据えながら、病み上がりの少女とは思えない力でしっかりと握り締められる。
その瞳には、感謝以上の、どこか昏い情熱の炎が灯っているように見えた。
だが、まるで自我を喪失したような言葉に、俺の背筋にわずかな寒気が走る。
妙な不穏さを感じながらも、俺は表情を崩さずに、内心で作戦の成功を喜んだ。
こうして、俺は二人目のU.S.E.R.を手中に収め、銀河の覇者へと更に一歩近づいた。




