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34.女神と天使の共演に恐悦至極でござい。

「こ、ここは……?」


 とうちゃーく。

 マイアちゃんを匿ってる、先生の空間世界。

 豊かな自然に囲まれた素敵な一軒家。


 ルミナリアは目をパチクリさせてキョロキョロ。正直可愛いです、はい。


「ワシの作った空間世界じゃ。

 ここでマイアを匿っとる」


「こ、こんなことが……」


 うんうん。分かるよ。

 いくら魔法だからってこんな桁違いなこと出来んのかよってことよね。

 出来るのよ、この人は。

 人のこと言えないけど、この人も相当な化け物だからね。


「ほれ、こっちじゃ。

 まだ授業が残っとる。

 手短かにやるぞ」


 あ、そうだった。

 まだお昼休みだったの忘れてた。

 この世界は前世の世界よりも学校のお昼休みが長いから、ご飯食べても皆でゆっくりお茶とか出来ちゃうんだけど、それでもあんまり悠長なこと言ってられないわよね。


「……」


「ん?

 どったの、クロード?」


 一緒に転移してきたクロードことグランバートがなんだか気難しい顔してる。

 何か考えてるような?


「……いや、少し気になることがあっただけだ。

 グレース、あとで話がしたい」


「今じゃダメなの?」


「駄目だな。今は、駄目だ」


「うーん。おけ。分かったわ」


「悪いな。

 俺たちも行こう」


「あ、はーい」


 先行する先生とルミナリアのあとを追って歩きだすグランバートについていく。


 なんか告白されそうな言い方だけど、シチュエーション的にきっと真面目な話だ。

 いや、告白も真面目な話なんだけど、これはそういうんじゃない。ん? なに言ってんだ私。


 何か気になることがある模様だけど、今はマイアちゃんのことに集中しないと。

 あれは多分、ルミナリアだけじゃ無理だから。








「あ! グレースお姉ちゃん!」


「マイアちゃーん!」


 家に入るとエプロン姿のマイアちゃんが出迎えてくれた。

 ちっちゃい子のエプロン姿ってなんでこんなに尊いんだろう。


 パタパタと走ってきて飛び付いてきてくれたマイアちゃんを目一杯ギューする。


「……この人は?」


 しばらくマイアちゃんを堪能してたら、顔をあげたマイアちゃんがようやくルミナリアの存在に気付いた。


「こんにちは。初めまして。

 私はルミナリア・シュタルク。

 貴女のお兄さんの、サイードのお友達よ」


「お兄様の?」


 ルミナリアはマイアちゃんの前にしゃがむと、穏やかな微笑みをたたえて自己紹介した。

 その優雅で優しげで素敵すぎる微笑みと、マイアちゃんのこてんとした首かしげが私の心を四の字固めしてくる。


「あっ!」


 マイアちゃんはパッと私から離れると、ルミナリアの前に立ち直った。ちょっと寂しい私。


「初めまして。

 マイア・アレイトスと申します。

 兄がいつもお世話になっております」


 あら、見事なカーテシー。

 初対面の人にはちゃんとご挨拶するんだよって教えられてるのね。

 さすがはマイアちゃん。私の妹。(にしました、勝手に。サイードとのあれで義理の、ってことじゃないよ。国民の妹的なあれね)

 てか、マイアちゃんたちの名字ってアレイトスだったんだ。初耳だっけ? カタカナばっかで覚えられぬ。


「ふふ。よろしくね」


 なにこの女神と天使の素敵空間。

 スクショしたい。


「ん? ……くんくん。なんだかいい匂いね」


 ニマニマしてると、私のツンとした可愛いお鼻がふわりと香る甘味の匂いを嗅ぎ付けた。


「あ、そうだ!

 ちょうどクッキー焼いてたんだ!

 皆さん、お茶しませんか?」


「する!」


 二つ返事の私。


「おい。グレース。俺たちの目的を忘れたのか」


「そうだった!」


 たしなめるグランバートに我に返る私。


「まあ、よいじゃろ。

 ついでにルミナリアにマイアの状態について話すとしよう」


「わーい!」

「わーい!」


 私と一緒に万歳するマイアちゃん。至福。






「う、美味すぎるですよ、お嬢さん……」


「よかったー」


 マイアちゃんのクッキーは至高でした。

 甘すぎず、お茶うけにちょうどよく作られた逸品。

 こりゃーパティシエでもやっていけるね!(親バカ)

 いいお嫁さんになれるなんて言わないよ! ウチの子をどこの馬の骨とも分からぬ輩にやるつもりないからね!


「……なるほど。後天性の虚弱の病、ですか」


 先生からマイアちゃんの病状を聞いたルミナリアが顎に手を当てる。

 先天性、つまり生まれつきの病気なんかはルミナリアの治癒の魔法でも治すことはできない。

 だからマイアちゃんにはまだ可能性がある。


「……」


 でも、


「……そのお話を聞く限りだと、少し難しいかもしれません」


「……まあ、そうじゃろうな」


 後天性でも治せない病気もある。


「勉強はしていますが、私には専門的な医療の知識があるわけではありません。

 私の治癒の魔法で病を治す際は具体的な治療箇所の特定が必要になります。そこに魔法を当てて治癒していくことになる手法上、ですね。

 ですので、普段は王宮付きの医師の診断の上で病んだ箇所を特定し、そこを魔法で治していくという過程を経ているのです」


 そうなのよね。

 物語では帝国で皇帝の病気を治すときに同じ説明があったのよ。

 皇帝は胃ガンで、さらにどこにも転移してなかったからルミナリアの魔法で治すことができたのよね。まあ、癌を治しちゃうなんてスゴすぎるんだけどさ。さすがに何回か術後治癒が必要だったみたいだけど。

 で、マイアちゃんの場合は日に日に体が弱っていくという謎の病気。

 前世の世界ほど医療が発達してないこの世界ではそれは不治の病で、特定箇所に病巣とかがない病気はルミナリアでも治せない。


「私の魔法も、万能ではないのです……」


 ルミナリアがしょぼんと肩を落とす。


 そんな落ち込まなくていいのに。

 ルミナリアのおかげで助かった命がどれだけあったか。

 記録では十や二十では済まないとか。まあ有力貴族がメインだけど。

 ルミナリアに監視の魔法がつけられる前は非公式で平民の傷病者を治したりしてたみたいだから、本当はそれの何倍とかなんだろうけどね。

 そうなると、そりゃグレースの洗脳疑惑の噂に騙される人も出るわよね。


「……先生は、分かってたんですか?」


 言い方的に知ってて説明した感じがしたけど。


「まあの。

 本人に聞くまでは確証を得なかったが、ルミナリアの治癒条件は小耳に挟んでおったのでな」


 この人はマジで地獄耳なのね。

 ルミナリアの治癒魔法の詳細なんて極秘扱いだろうに。


「ならなぜ、ここに連れてきた?」


 グランバートさんが口を開く。

 あんたけっこうクッキーパクパク食べてたね。甘党なんだね。可愛いね。


「分かっておるじゃろう?

 勝算があるから、じゃよ」


「で、でも、私には部位特定のできない病は……」


「グレース」


「ぶほぉっ!?」


 ルミナリアの言葉を遮って私に話を振る先生。

 めっちゃ油断してて頬張ったクッキーを爆散させそうになる私。でもなんとか堪える。マイアちゃんのクッキーを吐き出すわけがない。


「お主なら、ルミナリアを使って何とか出来るのであろう?」


 うーわ。この人はどや顔で。

 マジでどこまで見抜いてるんだろ。恐ろしい。なんなら私が転生? をしてることさえ見抜いてそうで怖いわ。


「んぐっ。ごくごくごくっ。ぷはー」


 リスほっぺクッキーをなんとか飲み込み、紅茶で流し込む。そこそこ冷めててよかった。


「……はい。えーとですね。

 マイアちゃんの病は血液の病なんです」


「血液、じゃと?」


 先生が驚いたような顔を見せる。

 そりゃそうよね。この世界にはその類いの認定された病気はない。

 科学的な血液検査なんてないだろうしね。

 だから免疫機能の低下とか、敵性ウイルスの撃退細胞とか、そういう知識が存在してない。

 概念として理解はしてても、理論としては確立されてないって感じかな。


「……なぜ、それをお主が分かる?」


 医療ドラマ大好きだったから!

 なーんて言えるはずもなく。


「……」


 チラリとルミナリアを見て、軽く俯いてから先生に向き直る。

 ルミナリアに話すことを決意したように見せかけるために。本当は初めから彼女には話そうと思ってたからね。


「魔法です。

 私は対象の状態異常を看破する魔法が使えます。

 それを私の魔力で行使すれば健常者との違いが自然と分かるようになっています。

 そしてそれによると、マイアちゃんは血液中を巡る悪いバイ菌なんかをやっつけてくれる免疫の機能が徐々に弱体化していく病にかかっているようなのです」


「……【光の(まなこ)】か。

 確かにお主の魔力ならばそこまで見透かせるのやもしれぬな」


 先生なら分かってると思ってね。そういうことにしたのよ。

 実際それを使ってもいたしね。そこから前世の知識を流用して特定したわけだから嘘ではない。私は嘘がド下手だからね。


「な、なぜ、貴女がその魔法を?

 グレースさんは火の属性のはず。【光の眼】は光の属性。

 いくら火が光に近いとはいっても、異なる属性の魔法は使えないはず……」


 困惑するルミナリア。

 まあ、そうなるわよね。


「内緒にしておいてほしいのですが、実はですね……私は闇以外の全ての属性の魔法を使うことができるのです」


「……え?」


「ちなみに魔力量もワシと同等か、それ以上のものを秘めておる」


「そ、そんなことが……」


 信じられないって顔。そりゃそうよね。

 そんなら……、


「ていっ」


 魔力をちょっと解放する。

 家が壊れない程度にね。


「きゃっ!」


 私を中心に、ぶわっと風が吹いたようにルミナリアの髪がなびく。

 マイアちゃんが両手で「わぷぷぷっ」ってやっててカワエエ。


「ほんのちょっとだけ魔力を解放してみました。今ので全力の1/10ぐらいですかね」


 ホントは1/100以下だけど。


 魔力を抑える。

 ふう。私もだいぶ魔力のコントロールが上手くなったわね。先生に言われて毎日トレーニングしてるから。

 まあ、入学してから数日しかたってないけど。私、天才なんで。ふっ。


「こ、これで?

 これだけで私の、いえ、一年生の誰よりも強い魔力なのに……」


「はははー……」


 そうなのよ。

 チートなのよ。この、悪役令嬢じゃない方の、真の悪役令嬢グレースちゃんは。

 カンストした魔力とほぼ全属性の魔法。おまけにレベルキャップをぶち破る覚醒イベント。

 まさに覇王になるために爆誕したといっても過言じゃない存在。それがグレース・アイオライトなのよ。


 障害が高ければ高いほど二人の愛は燃え上がるとはいえ、ちょっと作者やりすぎよね。

 でもそのチートも全ては魔法によるものだから、グランバートの魔法無効化の魔法がより引き立つのよね。

 どれだけ強くても魔法自体を無効化されたらたいしたことは出来ない。

 物語のグレースは今の私と違って、肉体の鍛練や魔力による身体強化の訓練をしてなかったみたいだから余計にね。

 力に溺れた者の末路って感じよね。


 ……ん?

 てか、そうなると今の私って物語のグレースよりもよっぽど覇王で魔王なんじゃ?

 ……んー。ま、いっか!


「……」

「……ふむ」


 グランバートと先生にはバレてるなー。

 ホントは1/10なんかじゃないって。ちょいと力を入れただけだって。

 でもルミナリアとマイアちゃんを怯えさせないようにっていう配慮だってことも理解してくれてる。話の分かる強者が居てくれるのってありがたいことよね。


「ま、ともあれ、このことは他の人には内緒にしておいてほしいのです。

 もちろん、ライト殿下にも」


 マイアちゃんの症状を見たときにこの着地は予想してた。

 ルミナリアの協力が得られないなら自分で何とかしてみようと思ってたけど、先生がルミナリアを拉致してくれたから私は自分のことを話すことにしたのよ。

 でも王家に漏れれば面倒なことになるから、ルミナリアには私の秘密を墓場まで持っていってほしい。

 王子であり婚約者でもあるライトに嘘をつくことになるけど、ルミナリアならきっと黙っててくれると思う。


 ……もしそうじゃないなら…………どうしよ?

 考えてなかったわ。


「……」


 だんまり俯くルミナリア様。

 長い睫毛が素敵ですね。


「……私は、殿下に報告すべきなのでしょうね」


「ギクッ」


 や、やっぱり、ダメ?


「……本来であれば」


 ぬぬ!?


「じゃ、じゃあっ!」


「……分かりました。

 グレースさんの力に関しては私の胸のうちに留めておくことをお約束します。神に誓って」


「あ、ありがとうございます!」


 貴女ならそう言ってくれると思ってたよー!

 こっそり平民を治療しちゃうぐらい心優しい、それでいて大胆な所もあるルミナリアならね!


「本来であれば、私が秘密裏に誰かを治癒することも禁じられているのです。

 つまりグレースさんのことを話すということは、それは連鎖的に私の違反行為も報告することになる。

 だから、私は私が怒られないためにグレースさんのことを誰にも話さない。

 お互いに秘密。

 ね?」


(たっと)しっ!」


「え……え?」


「あ、いえ。ありがとうございます!」


 ライトに対して、ルミナリアに嘘をつかせることになる私が罪悪感を抱かなくていいように、私のことを報告しないのは自分のためなんだよってことにしてくれてる。

 こんなヒロイン、惚れるなって方が無理やろ!

 私のキモリアクションに戸惑ってるのもまたいい……。

 グランバートさんのゴミ虫を見るような目は無視しとこう。


「……ですが、血液、ですか。

 確かに部位特定はできましたが、正常なものとそうでないものが一緒くたになっている上に範囲が広すぎて、治癒するのはなかなか難易度が高そうですね……」


 そうなのよね。

 ここがダメ! ってなってる系の病気ならそこを治せばいいんだけど、マイアちゃんの場合は血液中の、いわば免疫機能の低下だから、異常を修正して正常な流れに戻していくっていう相当な高難易度治癒が必要。

 おまけにマイアちゃんはまだ成長期。

 刻一刻と成長し、変化していくマイアちゃんの体組織に合わせて、それを阻害しないように正常な流れにしていかないといけない。

 失敗したらマイアちゃんの成長を阻害しちゃうし、最悪、肉体の組織が崩壊しかねない……コワッ!


 でもね。


「大丈夫。私がいる!」


「グレースさん?」


 前世とは違って豊かに実った胸をドンと叩く。

 慣れたつもりでも、連動して揺れる胸の脂肪に顔がニヤけそうになるのを懸命に抑える。


「私の魔法の威力はもう分かりますよね?

 私なら、マイアちゃんのこれまでの変遷をトレースして、血液に異常が現れる前の状態からリスタートさせた場合の、正常な成長具合に合わせた循環状態になるようルミナリア様の治癒をナビゲートすることができます!」


 自分でもとんでもないこと言ってるのは分かってるよ。

 それは子供の成長を任意に操作できると言っているようなものだもの。

 私の魔法なら、子供をとんでもない化け物に変えることもできるってことだから。

 まあ、普通は肉体と精神が耐えられないからそこまで急激なことはできないけどね。


「……」

「……」


 エミーワイス先生もグランバートも眉をひそめてる。

 私の魔法の意味を理解してるんだろうな。

 たぶん、数をこなせば私や先生みたいな魔力を持った個体を生み出せるようになるだろうから。数、っていうのは改造する子供の数ね……。

 もちろんそんなことは絶対にしないけど、それができる人間が存在していることが脅威でしかないってことは私でも分かるよ。


「よ、よく分からない言葉が多かったのですが、とにかくグレースさんの力をお借りすれば何とかなる、ということですね」


「そういうことです!」


 ルミナリアはそれの意味するところを理解しきれていないみたい。ま、そうなるようにムズい言い回しにしたんだけどね。私だって医療ドラマとか小説とか好きじゃなきゃ分からんもん。なんならけっこうギリよ。


「それなら、全力を尽くします!」


 ぐっと拳を握るルミナリア。美し可愛い。


「……でもね」


 今度はマイアちゃんに向き直る。


「絶対に失敗しないわけじゃないの。

 絶対に失敗なんてさせないけど、それでも必ず成功するとは限らない」


 矛盾してるけど、そういうこと。


「それで……もしも失敗したらマイアちゃんは死んじゃうわ」


「……」


 真剣な顔をするマイアちゃん。

 グランバートが止めに入りそうになるけど視線で制する。

 これは大事な話だし、マイアちゃんなら大丈夫。


「だから、私たちによる治癒を受けるかどうか、マイアちゃんが決めてほしいの。

 成功すれば病気も治って元気になるけど、もしも失敗したら死ぬ。

 ……どうする?」


「受ける!」


「おおっとぉ!」


 即答すぎてビックリ仰天。


「そ、そんなあっさり決めていいの?

 なんならサイードと相談してもいいのよ?」


 勝手に決めたらお兄ちゃんもビックリ仰天やろ。


「ううん。お兄様もきっと、治癒を受けるように言うと思うの」


「そ、そうかな」


 妹大好きサイードさんは悩むと思うけど……。


「そうだよ。

 だって、私もお兄様もグレースお姉ちゃんのことを信頼してるから!」


「ぬぐぅ」


 無垢すぎる瞳に乾杯で完敗なう。


「グレースお姉ちゃんなら、失敗なんてしないでしょ?」


「プ、プレッシャーだなぁ」


「責任じゅーだいだね」


「……もう」


 敵わないな、この子には。


「ルミナリア様も、よろしくお願いします」


 ぺこりとマイアちゃん。


「ええ。任せて」


 気合い入れるルミナリア。


「よっしゃ! やってやんよ!」


 私に任せな!

 失敗なんてするわけないから! チートだから!


「よし。じゃあまとまったところで始めるかの。

 二階のマイアのベッドに行くぞ。

 慣れたところの方がマイアの負担も少ないじゃろ」


 無菌状態にする魔法と使えるから任せて!


「よし! じゃあ、マイアちゃん元気になる作戦、スタートだ!」


「おー!」

「お、おー」


 無邪気なマイアちゃんに、頑張って合わせるルミナリア。最高やで!



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