33.ウッフンてした結果、真の魔王を目覚めさせてしまった私はなんとか言い訳を考えるのだった。ぴえん。
「ライト殿下ー。うっふんです。ほらほらー」
私は走る。
体をくねくねさせながら。無駄にデカい乳袋を揺らしながら。
「い、いい加減にしろ。さすがにしつこいぞ、グレース」
私は走る。
たじろぎながら逃げる第二王子ライトを追いかけて。
「殿下ー。勉強教えてくださいよー。
おんなじ火の属性じゃないですかー。にゃーにゃー」
猫なで声っつーやつを出してみる。
前世の私だったら酷いもんだけど、さすがはグレースの肉体。なかなかに甘ったるい声じゃない。でもにゃーにゃー言うのが猫なで声なんだっけ?
「本当にどうした?
幻惑キノコでも食べたか?
はっ! まさか、誰かに脅されて!?」
「そんなことないですよー、殿下ー」
え、そんなふうに思われんの?
そんな酷いっすか?
「ねー、でん……」
「いい加減にしろ」
「あべしっ!」
もう少しでライトに手が届きそうって時に、クロードことグランバートに頭をべしって叩かれて止められる。
「た、助かったぞ、クロード」
「いえ。ウチのバカがご迷惑を」
「おい。誰がウチのバカだ」
失礼なイケメンだ。
「ったく。何がどうなってそうなるんだ……」
グランバートさん呆れ顔。ハァーヤレヤレな顔もカッチョいいですね。
「説明してくれ、グレー……はっ!?」
「え? ……ひぇっ!」
ライトがこっちを向いて私に説明を求めようとしたその時……
「くっ!」
グランバートさんも思わず警戒。
私の背後。ゆっくり近付いてくるソレから放たれる恐ろしいほどの殺気。
「ひ、ひぃっ!」
思わず声が出る。
世界トップクラスの実力を持つ私が体を強ばらせる。
全身の血液は沸騰しそうなのに、体は凄まじいほどの寒気を感じる。
「……グレースさーん」
「ひ、ひぃぃぃっ!」
追いついたソレに声をかけられて震え上がる。
恐る恐る後ろを振り向く。
「ふふふ。人の婚約者に色目を使うなんて、いったいぜんたいどのようなおつもりなのかしらねー」
「あ、あ、あの、あの、その、こ、これはー」
現れたルミナリアはカメラには映せないような顔をしていた。笑顔なのがより怖い。
心なしか、綺麗な黒髪がゆらゆらと逆立ってる気さえする。
「詳しく、ご説明いただけますか?」
「は、はいー……」
その笑顔を見たときに完全に理解した。
この人を怒らせてはいけない、と……。
いや、貴女は私に悪役令嬢の濡れ衣を着せられて追放される清廉潔白で純真で哀れな令嬢ですよね?
これ、物語でライトに手を出す私をイジめてましたって言われても納得しちゃうんだけど。
いや、大丈夫だよね? これギャクパートだからスルーでいいよね?
「さ。いきましょ。
皆でお茶でもしながら、ね?」
「う、うぃむしゅー」
恐怖におののいた私はよくわからん返事を返したのでしたとさ。
「じゃあ、説明してもらおうか」
「あ、はいー」
学院の中庭にある、東屋みたいな屋根付きのトコで全員集合した私たち。
全員ってのは私とグランバート、ライトにルミナリアに、なぜかルビーとガルダとサイードもいる。いつメンってやつやね。
あ、ちなみにお昼休みね。もう授業が始まるからってクロードことグランバートが仲裁に入って持ち越しになったのよ。
授業中、ルミーたん(ルミナリアの愛称)てば一回もこっち見なかったのよね。それでいて迸る冷たい空気。でもそれを周囲には感じさせない完璧さ。私じゃなきゃ見逃しちゃうね。
んで、円卓状のテーブルを囲うように置かれた椅子。
座ってるのは私とライト、ルミナリアとルビー。他の男性たちは私たちを囲うように立ってる。
「……」
「どうしたの、グレースさん?」
……なぜにルミーたんが私の正面なんだろう。
「い、いえー……」
話を聞いてるのはライトなのに、なぜか私の正面にはルミナリアがとんでもないニコニコ笑顔で座っておる。
左右にいるライトとルビーはハラハラした顔でルミナリアのことをチラチラしてる。
「え、えーと、ですねー」
ライトに促され、ルミナリアに笑顔で催促されて私はワケを話した。
「そのー、禁書庫に、入りたかったんですー」
「禁書庫?」
私の言葉が予想外だったのか、ルミナリアは途端にキョトンとした顔になった。
私に対する威圧感も薄らいで、もとの美しいルミナリアに戻りつつある。ほっ。
そう。私の目的は王宮の地下にある禁書庫に入ること。
なぜならそれがグレースの覚醒イベントの条件だから。
とある本を禁書庫で読むことで私は覚醒し、名実ともに世界最強へと上り詰める。
「……なるほど。そのために俺に取り入ろうとしたのか」
「……さいでございますー」
だけれども、禁書庫ってのは国が閲覧禁止にした本が所蔵されている場所。
そこに入れる者は限られていて、たとえ王族でさえ入退室の記録が残る。
で、王族以外がそこに入るには王族が入室を許可しないといけないのよ。
んで、現時点で私が接触できる王族ってのは第二王子であるライトだけになるってわけ。
物語ではグレースに籠絡されたライトがあっさり許可を出すんだけど、ライトとの親密度なんて上げる気が皆無だった私は、とりあえず本編よろしく色仕掛けでもしてみようと思ったわけなのよ。
「……なぜ、禁書庫に入りたい?」
ライトの視線が鋭い。
いつものフランクな姿とは違う、王子としてのライト。
物語ではダメ王子として描かれてるけど、やっぱりこの人は王族としての教育をしっかり受けてる人なのよね。
王族として、私を審査しようとしてる。
こうなると、やっぱり物語ではけっこう序盤からグレースによって魅了、てか洗脳されてたんだろうな。その辺ちゃんと描写しといてよね。
「……」
なんて答えよう。
私が世界最強になるための本を読みたくて、なんて言えるわけがない。それはだいぶイタイ子だから。
それ以外で今の私が禁書庫に入る理由は……あ!
「……えーとですね」
……ある。けど、それを理由にするのは気が引ける。
嘘ではないけど嘘だし、それに、そういうのに使っていい理由でもない。
でも、それ以外にこの状況を乗り切る方法は……。
「マイアという少女を、救う方法を探していました」
「!」
私が迷っていると、グランバートが後ろから口を挟んできた。
私が言おうとしてたことを。
「マイアというのは、確か……」
「私の妹です」
ライトの言葉にサイードが入ってくる。
「……サイードの妹を救う方法を探すために禁書庫に入りたかった。そうなのか?」
「……は、はいー」
「……そうか」
ライトが何かを察したように悲しそうな表情を見せた。他の人たちも同様に。
サイードのことについて、やっぱりこの人たちはある程度把握していたんだ。
マイアちゃんの病は水の属性とか光の属性による普通の治癒魔法では治せない。
それらは基本的に外傷治療専門だから。できても痛みを和らげたり進行をちょっと遅らせる程度。サイードがやってたみたいにね。
だから禁書庫に何かヒントがないか。そう考えて私がこんな行動に出ても不思議じゃない。
個人的にはマイアちゃんをダシに使うようなことをしたくなかったから言いづらかったけど、それを察したグランバートが代わりに言ってくれた。
「……なるほど。事情は分かった。
事情が事情だけに、俺に対する不敬とも取れる先ほどの言動については目をつぶろう」
「あ、ありがとうございますー」
あぶねー。私、不敬罪でこんなことで首ちょんぱになるとこだったんだ。
まあ、そうなる前にルミーたんに物理的に首ちょんぱにされそうだったけど……。
「……グレースの意見は分かった。
が、その前に確認しておかなければならないことがある」
「……」
あ、やっぱりそうなりますよねー。
ソレもあって言うの躊躇ってたんですよねー。
「……サイードの妹のマイアを拐った誘拐犯はお前たちなのか?」
「……」
ピリッと空気が張り詰める。
誘拐って、ようは完璧に犯罪行為だ。
しかも貴族の子女を誘拐するなんていう大罪。そんな罪を犯した犯人を目の前にしてライトたちの視線が鋭くなる。
……でも、
「……はい。そうです」
偽るのは違うわよね。
「……そうか」
「……?」
私が肯定したら、ライトの纏う空気が和いだような?
ホッとしたような、それでいて少し悲しむような。あと、申し訳ないような?
「……すまない」
「……へ?」
「本来であれば我々が動くべきであったのに……」
しばらく沈黙したあと、ライトはテーブルに手をついて私とグランバートに向けて深く頭を下げた。
王族が、国の貴族に。
貴族社会のことについての知識はそれなりにあるつもりだ。前世の知識に加えて元のグレースとしての教養もあるからね。
だから分かる。
その頭の重みが、決して軽々しいものじゃないってことが。
「……殿下たちは、事情をどれぐらい把握していたのですか?」
その姿を見て、グランバートがライトの気持ちに寄り添うように尋ねた。
同じ王族として思うところがあるのかな。
「それに関しては尋ね返さねばなるまい。
お前たちは、どこまで知っている?」
国政側の事情をおいそれと口にしない。
私たちが実は何も知らなくてカマをかけてる可能性もあるからね。
やっぱりライトはちゃんと王子だ。
「……おそらく、ほぼ全て。
組織の存在。サイードの家がその所属であろうこと。マイアを人質とされ、サイードが組織の仕事を手伝わされていたこと」
グランバートはライトからの質問返しにスラスラと返答してみせた。
あらかじめ何を話すか決めていたみたいに。
もしかしたらこういう展開になることを予想してたのかも。
私の行動云々に関わらず、彼らにはいずれ話すことになるって。
「……そうか」
グランバートの話を真剣な眼差しで聞いていたライトは少しだけうつむいて、テーブルにおかれた綺麗な明るいオレンジ色をした紅茶をじっと見つめた。
「……こちらも組織の存在は認識している。
だが、奴らはズル賢く、なかなか尻尾を掴ませてくれない。
怪しいと思われる貴族はいても、証拠を掴めずにいるのだ」
やっぱり王家の方でも組織のことは認識してたんだ。
物語だと既に国の中枢に深く入り込んでる状態からのスタートだったから分からなかったけど……いや、もしかしたら今ももうそうなのかな。
「……だからサイードの家がそうだと分かってはいても、公に騎士団を動かすわけにはいかなかった。
妹を人質に取られていては尚更、な」
「……」
ルミナリアもルビーも沈痛の面持ちだ。
ガルダは悔しそうに拳を握ってる。
サイードはそれを申し訳なさそうな顔で見ていた。
証拠もないのに貴族の家に騎士団を突入させるなんて、いくら王家の指示でも難しいんだろうな。
下手すりゃ暴挙だと糾弾されて王座から引きずり下ろされかねない。
教会が掲げる人間至上主義を否定するかのような帝国との友好条約の締結方針。そして貴族制度の存在自体を崩壊させかねない、貴賤を問わない王の態度。
今の王家には敵が多い。
わずかにでも教会や貴族たちにつけ入る隙を与えてはいけない。
彼らが慎重になるのも頷けるってものよね。
物語ではその間に組織がどんどん台頭していくことになるんだけど、王家にもどうしようもない事情があったのね。
「だからこそ、我々はずっと歯がゆい思いだった。
サイードが苦しんでいるのを分かっていながら、何も出来ずにいる不甲斐ない自分たちが、情けなかった」
「……」
余計に動けばそれだけサイードとマイアちゃんを危険に晒し、なおかつ国をも揺るがしかねない。
彼らは苦渋の上でサイードを助けられずにいたんだ。
「……だから王子として、そしてサイードの友人として、謝罪とともに君たちに礼を言いたい。
サイードを救ってくれてありがとう」
ライトが再び頭を下げると、ルミナリアたちも揃って頭を下げた。
助けたいのに助けられない。
そんな歯がゆさを彼らはずっと抱えていたのね。
「頭をおあげください、殿下」
あえて凛とした声で。ここは変に媚びる必要はない。
「私たちは自分たちがやりたかったからやったまでです。
そして幸い、殿下たちとは違ってしがらみを持たぬ身。
もしも殿下の方で組織に関する情報があれば、私たちは再び動きましょう」
「!」
ライトが顔をあげる。
気にするなと。そして怪しい貴族がいれば私たちが代わりに動くと。だから情報を寄越せと。
そう暗に伝える。
「……分かった」
遠回しに伝えた私の意向はどうやら伝わったみたい。
「それと、もうひとつ聞きたい」
「なんでしょうか」
「そのマイア嬢の治療にルミナリアを使おうとは思わなかったのか?」
「!」
「禁書庫に入ろうとするよりはよっぽど現実的だと思うがな」
「……」
そう言いつつもライトは軽く視線を伏せた。
それは難しいということを私たちは分かっているのだと悟って。
「……ルミナリア様の御力はその稀少性と強力さから、『誰に』使うかを国によって厳しく管理されていると聞きます。
基本的には公爵以上優先。それ以外だと高位貴族でも半年から数年単位での順番待ち。もちろん費用も高額。
そうなるとサイード様の妹がその恩恵に与るのは難しいでしょう。そもそもルミナリア様の能力を使う際はその詳細が記録されます。
誘拐されているはずの彼女に治癒を施すのは無理でしょう」
「……そうか。そこまで知っているか」
闇の属性であるルミナリアの能力は強力な治癒能力。
それは外傷治療がメインの他の属性の魔法とは異なり、条件はあるけど病気なんかも治してしまえる唯一無二の強力な能力。
たしか、物語ではそれでグランバートのお父さん、つまりは帝国の皇帝の病気を治して、グランバートの婚約者として認められるんだよね。
その気になれば欠損部位でさえ復元させたりもできる破格の能力。
それゆえに管理がめちゃくちゃ厳しいのよ。
まあ、物語では『ルミナリアの治癒を受けた者は洗脳される』っていうデマをグレースに流されて窮地に陥るんだけどね。教会は闇の属性あんまり好きじゃないから、それも利用してね。
「……力になれなくて、ごめんなさい」
「いえ。国としては当然の措置だと理解してます。
とはいえ、だからこそ禁書庫に何か別の治療方法のヒントがないかと思いまして。
せっかく連れ出せたのですからマイアちゃんには元気になってもらいたくて」
「グレースさん……」
「グレース様……」
おいサイード。ルミナリアに紛れるようにして呟くな。ここの関係性はまだこの人たちにも内緒にするんだろ。
私には聞こえてたぞ。気持ちだけもらっとくから。
「組織と敵対してまでサイードの妹を救出し、あまつさえその治療まで画策するとは……お前たちは、単独なのか?
二人だけで、こんなことを?」
ガルダが会話に入ってくる。
まあさすがに気になるよね。
学生二人だけで組織をぶっ潰そうとしてるなんてあり得ないだろうし。
「……」
「……ん」
グランバートの方をチラリと見ると、静かにコクリと頷いた。
彼らは大丈夫だと判断したらしい。
「……遮音結界。認識阻害。忌避結界……全展開」
それを受けて、私はこの場にかかっていた結界を強化した。
この場に着いたときにサイードが遮音結界を張ってくれてたけど、それをさらに強化した感じ。
外からは私たちがここにいることに気付けない。しかもここに来たがらない。
「これほど密度の高い結界をいくつも同時に……グレース。君はいったい……」
ライトが驚いた表情を見せる。授業で見せた私の実力では到底不可能な芸当。
ていうか学生のレベルでは出来るわけがないレベル。
結界系はあんまり属性関係なく使えるからそこは問題ないけど、単純に実力は露見しちゃう。
複数の属性を使えることは秘密のままで、私の実力の一端を晒す。
ここまできたらこの人たちの力も借りたいからね。
で、なんでこんなことをしたかと言うと……、
「ったく。こんな厳重な結界を張りおって。何事かと思えばやっぱりお主らか」
「ほーら。出た」
「おい。人をお化けみたいに言うでない」
学院全体に張り巡らされた結界の中でこんな強力な結界を張れば、必ずこの人は様子を見に来る。
ま、たぶんこの人は私たちがここに集まってることも、その状況も把握してたんだろうけどね。
「エ、エミーワイス先生?」
そう。勝手知ったるロリババア登場。
急に転移魔法で現れた先生に皆はビックリ。
「ふむ。揃い踏みだの」
先生はポカンとした顔のライトたちを悠々と見回す。
「はい。これが私たちのバック。黒幕。大ボス。ラスボス。シャッチョサン」
「酷い言い様だの」
すかさず私が先生を手でキラキラさせながら紹介。
先生は呆れた感じで、えへんとない胸を張った。
「……なるほど。貴女が彼女たちの後ろ楯でしたか」
ライトは腑に落ちた様子だった。
私たちが先生の手先なら、組織にケンカを売るような暴挙みたいなことも理解できるってこと?
「ま、そんな所だの」
「……貴女はずっと誰にも、どこにも恭順の意を示さなかった。
それは、組織を調べるためだったのですか?」
「まあの。誰が敵なのか分からなかったからの。
適当にのらりくらりとかわしながら研究と生徒の指導、学院の守護という名目に没頭させてもらって潜んでおったのじゃよ」
「……せめて相談ぐらいしてくだされば……」
「ワシには王族まで腐ってはおらぬという確証がなかったのでな。
ま、国王はそんなスタイルのワシに便宜を図って賓客にしてくれてはいるがの」
「……それは、耳が痛いですね」
ライトが苦笑する。
どうやら先生と王家の間には何やらいろいろあるみたいだ。
「ま、今回の件でお主はそれなりにシロだと分かった。
今後は少しは相談に乗ってやってもよいぞ?」
王族相手によくやるよ、このロリババアは。
ここまできてライトを完全には信用してない。王族相手にさすがに慎重ね。
「ははっ。それは有り難い。
かの有名なエミーワイス先生に相談に乗っていただけるとは。
しかし、これで我々も先生がそれなりにシロに近いことが分かりました。
そちらに有力な情報があれば私が聞いて差し上げることもできますよ?」
「ほほう。ガキが。なかなか良い度胸をしておる」
「これでも王族の端くれですので。主導権は渡すなと日ごろ教え込まれておりますゆえ。
非礼があればお詫びぐらいはいたします」
おおう。なんか一気に険悪ムード、てかバチバチムードに。
いや、これはなんか、お互いの力量を計ってるのかな?
「ふむ。まあよい。
とはいえ、ワシらはこれからも自由に動く。
お主らと繋がっておることは覚られぬ方がよかろう。
この件で動きたくば、今のようにクラスメートと楽しくお茶会でもしてるフリをして情報交換するのじゃな。
こやつらに伝わればワシの耳にも入る」
「頭をべしべしすなっ」
先生が座ってる私の頭をべしべし叩いてきたから、ええいって振り払う。
「了解」
ライトが真剣な顔でこくりと頷く。
王子モードの時のライトはなかなかにいい男だ。
「それで?
禁書庫には入れそうかの?」
このロリババア。私たちの会話を盗聴してたな。
「残念ながら。王族権限の行使は思っていたよりもハードルが高かったです」
わざとらしく、やれやれと首と手を振ってみせる。
私たちの会話を聴いていたってことはライトの答えも知ってるってことだ。
それでもわざわざそれを聞いたのは会話をそっちの方向に誘導したかったからよね。
「ふむ、そうか。
どうだ、ライト王子。
このエミーワイスの頼みでもそれは難しいのかの?」
「……くっ」
試すような先生の目付きにライトが苦しそうな顔をみせる。
この国においては立場的にはライトの方が上でも、やっぱり賓客である先生を軽く扱うことはできないみたい。
「……やはり、難しいですね。
王族権限による禁書庫への立ち入り許可はその理由の正当性を示さなければなりません。
それこそ王宮魔術師長レベルの権限者が王に直談判してようやく得られる資格。
第二王子である俺がおいそれと許可していいものではないので」
「ふーむ。形式上はオッケーでも実情はそうではないわけか」
「……お察しいただければ」
前例がないわけね。
基本的には国王による許可のみ。
名目上は王族なら誰でもオッケーだけど、それをやった人はこれまでいない。
申請したところで許可は降りないだろうって感じかな。
「だ、そうだ。
禁書庫の方は諦めるんじゃな」
「ぴえん。
……私、最強なれない」
「あん? なんか言ったかの?」
「いえ、なんも」
禁書庫に入れないと覚醒イベントが発生しない。
一段も二段もすっ飛ばしたレベルアップがてきない。
そうなると地道な鍛練による強化しかないんだけど、それだと間に合わない。
そんなゆっくりやってたらこの国が取られる。
うーん。どうしたものか。
「……すまない、グレース。
サイードの妹を救う手段を探しているというのに」
「あ、いえー」
そうだ。そっちもよね。
まー、そっちは多分なんとかなるけど、そういう名目で禁書庫に入ろうとしてたんだった。
「ふむ。それなら問題あるまい」
「「へ?」」
あ、ライトとハモった。
「ルミナリアには常に監視がついとる。魔法的な、な。
ワシの結界はそれを阻害してしまうから、あらかじめその観測魔法は結界の排除対象から除外するよう通達があった。
それによって、学院内においてもルミナリアが勝手に魔法を使わないように管理しているわけだの」
「……はい。ですので、お力になることは……」
ルミナリアが申し訳なさそうな顔をしてる。
内緒でやっちゃえばって気持ちもあったけど、それはやっぱり無理だったのね。
魔力だけとはいえ常に監視されてるのはツラいだろうに、それでもこうして凛としてるんだからやっぱりルミナリアはスゴいな。
「ルミナリア自身は、自らの力でサイードの妹を助けたいという思いはあるのかの?」
「!」
先生の言葉にルミナリアが顔をあげる。
「そ、それはもちろんです。
私の魔法で救える命があるのなら、私はそれを躊躇ったりはしません」
さっすが主人公。言うことが違うね。
てか、これって確か、物語では皇帝の命を救うことに抵抗はないのかってグランバートに尋ねられた時のルミナリアの名言じゃん!
帝国と王国が敵対してて、皇帝を救うことで王国の民が、かつて自分がいた国の人間が大勢死ぬかもしれないんだぞ、それでもいいのか? って言われてルミナリアはこう即答したのよね。
まさかこんな所でその胸熱セリフが聞けるなんて、グレースちゃん至福……。
「いてっ!」
「……」
ちょっとヤバい顔してたのか、グランバートに無言で頭を叩かれた。すんません、集中します。よく後ろにいるのに分かりましたね。
「ならばけっこう。
では、早速行くとしよう」
「え?」
「わっ!」
先生は満足げに頷くと足下に転移魔方陣を展開した。
「ちょ、ちょっとお待ちください!
何をなさるおつもりですか!」
ライトがそれを見て慌てて先生に詰め寄る。
「お主らはここでワシらの戻りを待つがいい。
ライト王子との密談時だけは監視魔法が解かれるようになっとる。
お主らはここでライトとルミナリアが密談しておるフリをしておればよい。
ワシの空間内ではどんな魔法を使おうとも外には漏れんからの」
そだね。それは私も体験済み。
私と先生がまあまあバチバチに魔力使っても外には気付かれなかったし……てか、あんたそれって。
「ま、まさか……」
理解したのか、ライトも青い顔をする。
「なあに。バレなきゃいいんじゃよ、バレなきゃ」
やっぱり。
「ちょ、ちょっと待っっ!!」
「じゃあの」
「きゃっ!?」
先生に手を伸ばすライトだけど、それより先に先生は転移で姿を消す。
同時にルミナリアも。
「!」
あ、ついでに私とグランバートもみたい。
ライトの焦った顔とルビーたちのポカンとした顔を見ながら私たちは転移した。
うん。これで二人目の誘拐。
私たちってば、実はかなりの大罪人なのでは?




