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31.一人だけ意味が分からない私に皆が生温かい目を向けてきてウザいから誰か助けて。

「マイアっ!」


「……お兄、様?」


 私たちがマイアちゃんの住む家に入ってすぐ、突然室内に現れた扉がバンっ! と開かれたかと思ったら、サイードが息を切らして部屋に駆け込んできたのでした。

 サイードの部屋からの直通扉が完成した瞬間に飛び込んだのかね。


 マイアちゃんは事態をちゃんと飲み込めてないのか、きょとんとした顔してる。


「……ほ、本当に、お兄様、なんですよね?」


 目がうるうるとしてくるマイアちゃん。


「ああっ……ああ!

 そうだ! 私だ!

 サイードだよ! マイア!!」


「う……うわぁーーーんっ!」


 片膝をついて両手を広げたサイードの胸に飛び込むマイアちゃん。

 ずっと我慢してきたみたいで、堰を切ったように泣き出してしまった。


「うわぁーん! 良かったねぇー! マイアちゃーん!!」


「……お前もすごい泣くな」


「どぅわってぇー!」


 兄妹の感動の再会なのよ!

 泣くなって方が無理ってもんよ!

 あたしゃ無気力系オタクではないのよ!

 てか、あんたもこんな時にまで『氷の皇太子』やんなくていいじゃんかー!


「……やれやれ」


「!?」


 グランバートは私の頭にぽふっと手を……そんでナデナデを……。


「すまない。すまなかった、マイア。

 ずっと、ずっと寂しくて怖い思いをさせた……」


「いいんですー。お兄様が無事ならそれでー。

 うわぁーん!」


「どぅわーーんっ!!」


 正直、さっきのさっきでグランバートとちょっと気まずいし、髪の毛触られてるのもヤバいんだけど、ここは二人の感動の再会にかこつけて、泣いて誤魔化そうと思うぞよ!


「……ぐす」


 あ。あっちでエミーワイス先生も向こう向きながら泣いてら。

 長命のエルフ様でもやっぱりお涙頂戴には弱いのね。

 隠してるのもカワイイぞ。


「……そろそろ、いろいろと報告したいのだが……」


「ぶわぁーーんっ!」

「うわぁーーーんっ!」

「マイアーーっ!」

「……くすん」


「……やれやれ」


 その後、皆が泣き止むまでしばらく時間がかかったのでしたとさ。


 ……グランバートはその間、ずっと私の頭をナデナデしてたのでしたとさ……。












「ふむ。いやしかし、ご苦労だったの」


「わーいココアー!」


 ようやく落ち着いた私たちはテーブルを囲んで仲良く席についた。

 長方形のテーブル。私はグランバートと。サイードはマイアちゃんと並んで座り、エミーワイス先生はテーブルの辺の短い方の席に一人で座った。

 先生のイスだけゆったりしてて豪華だけど、先生の作った空間だからまあいいでしょう。


「うーん。これよこれー」


 先生の淹れてくれたココアに舌鼓を打つ。

 微かにほろ苦い甘さが鼻と口と食道らへんをわーいってする。


「……それにしても、魔族か。

 また厄介な種族が絡んでおるの」


 先生にさっきの出来事を一通り説明すると、先生はやれやれとため息を吐きながらカップに口をつけた。


「グレースがワシの転移魔法に頼るぐらいだから、そやつは相当な手練れなのだろう?」


「うん。たぶんまともにやり合ってもどっちが勝つか分かんないかもです。

 捕縛した人たちが殺されないように庇いながらなんて絶対無理だったと思います」


 出来れば敵に先生の関与を知られたくはなかった。

 それでも先生のモノだと分かってしまう転移魔法の魔道具を使わざるを得なかった。

 報告を受けた時点で先生も敵の強さは察してくれたんだろうな。


「ふむ。

 身体的な特徴も教えてくれ。

 こちらで調べられるだけ調べておくかの。

 ま、この国だから容姿は変えておるのだろうがの」


「えーっとね。髪は白くて肩口ぐらいの長さ。瞳は深紅。耳は、尖ってなかったかな。

 顔は中性的で性別は不明。身長は低め。グレースちゃん以下でマイアちゃん以上って感じね」


「!?」


「ん?」


「あ、いや、続けてくれたまえ」


 なんだろ。なんか先生が一瞬だけものすごく驚いた顔をしてたような?


「あとは、《転移門(ゲート)》の魔法を使っていた。ヤツが魔族だと分かったのはそのためだな。

 他には、詳しくは分からないが領域支配のようなものと、影を自在に操る魔法も使っていたな。

 既存の属性に該当しないから闇の属性ということなのだろう」


 魔法に関してはグランバートが引き継いで説明してくれた。


「……」


「先生?」


 グランバートの説明の途中から、先生は顎に手を当てて何やら考え込んでるみたいだった。


「……心当たりがあるのか?」


「……」


 グランバートの問いに先生は反応しない。

 まあでもこれは知ってる感じよね。


「何か知ってるなら教えてください。

 何も情報がないよりは対策しやすいし」


「……いや、確証が得られぬままに(いたずら)に口を開くべきではなかろう。

 誤った情報による先入観は時に危険だからの」


「えー、そりゃそうかもだけどさー」


 先生は何やら知ってるみたいだけど、どうやら教えてはくれないらしい。

 前世の物語では、王国にあんなめちゃ強な魔族出てこなかったから私にも情報はない。

 現時点では打てる手はあんまりないのかな。


「……」


 グランバートは先生をじっと見つめてる。

 先生の真意を探ってるんだろうか。

 真剣な眼差しもカッコいいな、とか思ったのは内緒。


「まあ、そやつのことはワシの方で調べておこう。

 ひとまずこれでサイードとマイアはひと安心であろう。

 捕縛したヤツらのことは、あとはワシに任せておけ。用意が出来たらグレースに魔法だけ頼むがの」


「うん……」


 まあ、とりあえず魔族は先生任せか。

 あとは捕まえた人たちを洗脳して、マイアちゃん誘拐犯の一味に仕立て上げる。

 サイードの親、つまりは組織側にはそのことはバレたけど、向こうはサイードを連れ去ろうとしたなんてことを言えないから、捕縛した人たちのことは見捨てるしかない。

 組織も学院も国も、存在しないマイアちゃん誘拐犯を追い続けるっていう構図が出来る。

 それによってサイードを学院で保護し続ける言い分が通る。

 つまりは私たちがサイードとマイアちゃんを守り続けられるってこと。

 私たちが組織を壊滅させるまで。


 ちょっと時間はかかるかもしれないけど、ひとまずはマイアちゃんとサイードは安心ってことね。


 ……捕縛した人たちは私たちに都合のいい証言をしたら自決してもらうことになってるけど、あんまり長く生かしてると洗脳に気付かれるかもしれないから仕方ないのよね。

 エミーワイス先生とカイゼル先生で尋問したあとは国の収容所に輸送されるらしいし。そこで改めて尋問されて洗脳に気付かれる前に消してしまうってわけ。

 自分たちのために簡単に人の死を利用する。

 これがこの世界。


 サイードとマイアちゃんのためだもの。

 いい加減、割り切らなきゃ。


「……グレース。大丈夫か?」


「……!」


 ……この人は。


「ん? なにが? 私は大丈夫だけど?」


「……そうか。いや、それならいいんだ」


 すぐに気付いてくれちゃうから、ちょっと困る……。


「ま、当面はマイアにはここで過ごしてもらうことになるかの。

 サイードの部屋からの直通扉も出来た。

 そう寂しくもなかろう」


「はい。ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 快活な笑顔のマイアちゃんと、深く頭を下げるサイード。

 二人が笑顔で安心して外を出歩けるように頑張らないとな。


「ちなみにその扉の安全性は?」


「ふふ。聡いの。

 その慎重さは悪くはないぞ」


 グランバートの問いに先生はニヤリと笑う。

 待ってましたと言わんばかりやね。


「扉はサイード以外には反応しない。

 つまり第三者が開けてもここには繋がらない。

 ちなみにこちらからもサイードにしか開けられないからの。

 お主らがここに来たい場合はワシを通すとよい」


「……なるほど。了解した」

「えー、めんどいけど、まあ仕方ないか」


 マイアちゃんの安全のためだもんね。

 それにたぶん、マイアちゃんが勝手に外に出ちゃわないためでもあるのよね。

 これってつまり、マイアちゃん自身も自分の意思ではここから出られないってことだから。今のところ、外界に繋がる扉ってサイードんとこだけだもんね。

 監禁してるみたいで申し訳ないけど、マイアちゃんはまだちっちゃいし、この世界では必要な措置なんだろうな。


「……あの」


「なんじゃ?」


 マイアちゃんがおずおずと手を挙げる。

 マイアちゃんに対しては先生はすこぶる優しい顔をする。

 子供が好きなんだろうね。


「……ここにいる間、いろいろ勉強したいです。魔法も。

 皆さんのお役に立ちたいです」


「ふむ」


「私は今までずっと、お兄様に守られてばかりでした。

 お兄様の自由を縛って、やりたくないこともさせて……」


 マイアちゃんはサイードが組織の仕事をさせられてたことを知ってるんだね。

 聞かされてたのか、察したのか。


「それに皆さんにもこんなにお世話になって。

 だから、少しでもそのご恩を返せるようにたくさん勉強して、少しでも皆さんの力になれるように頑張りたいです!」


「……マイア」


 サイードがマイアちゃんの手をぎゅっと握る。

 自分のせいで兄が非道なことをさせられてるとか、どんな気持ちだったか。

 それでもこの子は前を向いて、恩に報いようとしてる。


 なんて強いんだろ。


「もちろんじゃ。

 お主には魔法の才があるしの。

 ワシが直々に叩き込んでやろう。

 泣き言は許さぬぞ?」


「はい!」


 いい返事!


「よっし!

 私も協力できることはなんでもするよ!」


「ありがとうございます!」


「……お主は余計なことをせぬことが最大の協力だの」


「ぐう!」


 ぐうの音しか出ぬ!


「ここの当面の状況は決まったな。

 サイードの、寮から学院への行き帰りはどうする?」


「サイードを守るという面目は立った。

 学院の結界内から寮へと転移できる魔道具を作ってサイードに持たせよう。

 寮にもワシの結界がある。

 ようはサイードはワシの結界内でのみ活動してもらうことになる」


「なるほど。それなら問題なさそうだ」


「何から何まで、ありがとうございます」


 確かにそれなら組織の連中もおいそれとサイードに手を出せないね。

 学院内にも組織の手の者がいるみたいだけど、学院内でのいざこざは全部エミーワイス先生に把握される。

 連中も迂闊な行動は取れない。


「そうなると、俺たちは普段通りに生活しながらサイードのことを見守りつつ、組織についての情報を秘密裏に集める、というのが基本指針か」


「ま、そんな感じだの。

 調査の方は無理せずともよい。

 お主らの本分は学生じゃ。まずは自身の勉学に励め。

 正体が組織にバレていないのも強みじゃ。  下手に動いて尻尾を掴ませるのも悪手じゃからの。

 ワシの調査を待つ形でもよい」


「……それは、そうだな。

 連中の次の手が俺とグレースの特定の可能性も高いからな」


「そういうことじゃ」


「おっけー」


 ようは普通に学生生活送っとけってことね。

 サイードのことも必要以上に構うと怪しまれるから、さりげなく見守る程度が良さそうね。

 私は私で、やりたいこともあるし。


「……あの」


「ん?」


 一通り話を終えると、サイードが席をたって私の横に。

 

 どしたんだろ。


「グレース様」


「……様?」


 サイードはおもむろにしゃがんで床に片膝をつけると、私の右手を両手で慈しむように包み込んだ。


 え、なに? なんか怖いんだけど。


「貴女には、どれほど感謝してもしきれません」


「あ、いえいえ。とんでもないー」


 あ、感謝を伝えたかったのか。

 わざわざご丁寧にどうも。


「そして、貴女の強さと優しさに、私は心底惚れました」


「……はい?」


「心酔、といってもいいでしょう」


「あのー、なんか、ちょっと目が怖いんですけど」


 バッキバキですよ?


「グレース様……」


「はい」


「クロード殿との婚約は嘘、だったのですよね?」


「え? あ、はい」


 なんか流れでそうなったよね。

 え、今?


「では、私と婚約しても何も問題はないということですよね」


「……ほえ?」


「……ほう?」


 今この人なんて?

 そしてグランバートさん、殺気が怖いですが?


「マイアのことも救出していただき、私のことも守ってくださり、さらには組織も潰してくださると。

 ここまでのことをしていただいて、何もしないのは貴族の名折れ。

 我が生涯をかけて、貴女に誠心誠意尽くすことで恩を返したいのです。

 可能ならば、貴女の伴侶として」


「……え、えーと?」


 え? 私いま求婚されてる?

 プロポーズ? いやいや、婚約の申し出だからプロポーズではないか? いや、そういうことじゃないのか?

 伴侶? 伴侶って、奥さんってことだよね? 違うか。旦那さんか。

 ぬう? グレースちゃんプチパニック。


「わくわく」


 おい。教師。子供みたいにキラキラした顔すんな。ロリババアめ。


「……」


 グランバートさん、さりげなく剣に手をかけるのやめてもろて。私にはバレてますから。


「いかがでしょう」


 めっちゃ真っ直ぐ目を見てくる。

 真剣な思いが伝わってくる。

 この人、本気だ。


 え、どうしよ。

 いや、どうするって、そりゃ受け入れるのは厳しいんだけど、べつにサイードのことは特別好きってわけでもないし。

 妹思いのいいヤツなのは分かるけど、異性としてどうかって言われると……。


 それに……


「……」


 チラリとグランバートを見る。

 今にも斬りかかりそうな顔でサイードのことを見てる。

 

 ……それはなんで?

 なんでそんな怒ってるの?

 イヤなの?

 私がサイードと、誰かと婚約したらイヤなの?

 それは皇太子として? それとも……


「いかがでしょうか、グレース様」


「あ、えと……」


 違うな。今は目の前の、自分の気持ちを真っ直ぐ伝えてくれたサイードに向き合わなきゃ。

 この真剣な思いにちゃんと応えないと失礼だ。


「えーと、その、あのね……」


 あかん。いざとなるとなんて言えばいいのか。

 変に誤魔化して誤解させたり期待させたりするわけにはいかない。

 相手の気持ちにはちゃんと応えたい。

 ダメならダメで、ハッキリ伝えないと。


「グレース様」


「ぬぐっ。えーとえーと」


 焦る。なんか言わないと。

 ハッキリと。でも傷付けないように。

 えーとえーと……ぬぐぅ。


「ごめん! マジムリっ!」


「ぐはぁっ!」


 あ、やべ。


「あ、えと、違くて。いや、違くはないんだけど。

 イヤではないんだけど、いや、イヤではあるんだけど。ん? あれ?」


 そうじゃなくて。サイードのことは今までそういう目では見てなくて。たぶんこれからもそれはなくて。

 でもでも、気持ちは嬉しくて。


「……つまり、私とは婚約できないと」


「……はい」


「そうですか……」


「……ごめんなさい」


 いや、気持ちはホントに嬉しいのよ。

 でも私には前世から今に至るまで経験値というものが皆無でしてね。

 告白なんて、したことはもちろん、されたことなんてあるはずもないのよ。

 ネガティブくそ陰キャオタクJKだったわけだからね。

 だからいざ自分がそんな大層な身分になったときに、なんて応えればいいのか分かんないのよ。


 ……いや、でも「マジムリ」はないわー。私、ないわー。


「……ハッキリ伝えてくださり、ありがとうございます」


「……へ?」


「叶わぬ想いだと分かってはいました。

 それでもわずかでも可能性があればと思い。

 ですが、可能性も与えずにキッパリ断ってくださったおかげで諦めがつきました……まあ、自分にそう言い聞かせることができた、といった感じですが」


 サイードはハハハと苦笑してみせた。


「……ごめんね。気持ちはホントに嬉しいの」


 それはホント。


「ありがとうございます。その言葉だけで救われます」


 ……いい男なのね。

 でも、それでも私は……


「……」


 チラリとグランバートを見る。

 剣から手を離し、どこかホッとしたような顔。

 それは、どっちの? なんて聞いてみたいけど聞けるわけもなく。


「では、私は貴女の下僕になりましょう」


「……パードゥン?」


 なんて?


「私を貴女の犬にしてください」


「変態だ!」


「やはり斬るか」


「それはやめてあげて!」


「あははははははっ!」


「先生笑いすぎ!」


「お兄様……」


 マイアちゃんドン引き!


「ん? 言い方が変でしたか。

 私はこれからグレース様にお仕えしたいのです。

 組織を滅ぼし、互いに自由の身となった暁には、ぜひとも私を側仕えとして雇っていただきたい」


 サイードさんどや顔でメガネくいっ。

 いや、そういうことかい。


「私は養子です。

 事が露見すれば私の家は取り潰しとなるでしょう。

 そしておそらくグレース様の家は組織を潰した功績を加味され、グレース様を当主とした家として生まれ変わることになるはず。

 その際、私は執事として貴女のことを誠心誠意支えることをお約束いたします」


 そこまで考えてたのね。

 直系の私と違って養子であり、かつ組織の仕事を手伝っていた自分は家を継げないだろうと。

 その上で私の力になりたいと。

 言い方がヤバすぎてビビったけど、ホントにちゃんと考えた上での提案だったんだ。

 夫になれないなら執事としてでも私のことを支えたいと……。


「……ありがとう。

 私なんかには恐れ多いけど、サイードが助けてくれるならこれほど頼もしいことはないよ」


「ではっ!」


「うん。よろしくお願いします」


「わんっ!」


 ……いや、犬になることは許可してないよ。


「……待て。

 お前はライト殿下に仕える身だろう。

 それを勝手に主を差し替えるなど、許されないだろう」


 あ、そういやそっか。

 なんかグランバートさんに必死さを感じるのは気のせいかな。


「ご心配には及びません。

 事の次第が露見すれば私は貴族ではなくなります。つまり殿下にお仕えする身分ではなくなるということです。

 殿下はお優しいのでそれでも私を使ってくださるかもしれませんが、王子である殿下が平民となった私を重用するのは体面が悪い。

 必然的に私は自ら殿下の元を離れることになるでしょう。

 つまり私がそのあとグレース様にお仕えすることになっても何ら問題はないということです」


「なーる」


 確かにそうなりそうね。


「……(ちっ)」


 ちっ?

 なんか舌打ちしませんでした、グランバートさん? 五感強化してる私でも微かに聞き取れるかどうかぐらいのレベルで。


「……それとも、クロード殿は私がグレース様にお仕えする事に何か問題があると?」


「……いや、それならば問題はない」


「なら良いですね!」


「……」


 いやー、グランバートさんの殺気が怖い。

 なんでこの人こんなに怒ってんの?

 サイードさんに一本取られたから?

 あとロリババアはさっきからずっとニヤニヤしててウザいんだけども。


「なら! 私もいっぱい勉強して、グレースさんにお仕えします!」


 あらかわいい。


「こら、マイア。グレース様だぞ」


「あ、そか! グレース様!」


「えーと、マイアちゃんにはグレースお姉ちゃん呼びを希望します」


「分かりました! グレースお姉ちゃん!」


「ぐほっ!」


 鼻血出そう。


「……はぁ。なんかもう、勝手にしてくれ」


 グランバートさんも呆れ顔なのでしたとさ。


「……ああ、そうそう。

 私はグレース様にお仕えする身ではございますが、決してグレース様の伴侶になることを諦めたつもりはございませんので」


「ひょへっ!?」


「……ほう」


 サイードのトンデモ発言にグランバートの表情が固まる。

 てかなに言ってんの?


「問題ありませんよね? クロード殿?」


「……」


 メガネくいっとしてグランバートを見つめるサイード。

 グランバートは答えない。


「私はグレース様を敬愛しております。

 そして願わくば男女の愛になればと。

 今はフラれてしまいましたが、諦めずにアタックし続けたいと思います。

 貴方との婚約は嘘だった。

 ならば問題ないですよね?」


「……」


 詰めるサイード。

 なんでそんなに責めるようなことを?


「……好きにするといい」


 ……あ。

 そうなんだ。そう言っちゃうんだー。


「ふむふむ。私がグレース様と結ばれても構わないと?」


「……それでグレースが幸せになるならな」 


「へ?」


 どゆこと?


「……と、言いますと?」


「……俺は、グレースには幸せになってもらいたい。

 もしもグレースがお前の愛とやらを受け入れ、それで幸せになると言うのならそれでもいい。

 だが、もしそうでないならば、俺はお前の必要以上のアプローチを許しはしない」


「……貴方に許される必要はありませんよね?」


「ああ。だが俺は許さない。

 それだけだ。

 俺はグレースには幸せになってほしい。

 そのための障害は排除するつもりだ」


「……それは、貴方以上に彼女を幸せに出来ないなら余計なことはするなという意味でしょうか?」


「……へ?」


 どういう意味でしょうか?


「……話は以上だ。

 おい。俺はもう帰る。

 扉を出してくれ」


 おいおい。グランバートさん向こう向いたまま振り向きもしないよ。


「……やれやれ。ここでイジワルするのは無粋というものかの」


 先生が扉を出現させる。

 いやいや、ちょっと待ってよ。

 今の話、もっと詳しく。


「ちょっと!」


 扉を開けてさっさと帰ろうとするグランバートを呼び止める。


「……」


 扉に入る途中でグランバートは足を止めた。


「……また明日。

 ここでマイアの話の続きを聞かせてくれ」


「あ、ちょっ!」


 グランバートはそれだけ言うと、こちらを見ることなく扉の向こうに消えていった。


「……」


 扉が閉まると、その扉もスウッと消えていってしまった。


「……やれやれ。幸せになってほしい、ですか。

 俺が……ぐらいは言えないものですかね」


 サイードがメガネをくいっと。


「サイード。お主は初めからそのつもりで?」


「いやいや、もちろん本気ではありますよ。

 だからこそ、あちらにも本気になってほしいのですよ」


「はっはっはっ。お主は存外、いい男なんだの」


「お褒めに与り光栄です」


 悪どい笑みで笑い合う二人。


「いやいや、ちょっと待ってよ。

 なに皆でしたり顔してんの?

 ぜんぜん意味分かんないんだけど。

 今のやり取りなに?

 クロードはどんな真意なの?

 サイードはなんなの?

 どゆこと?

 ぜんぜん分かんないんだけど!」


 なんかバチバチなやり取りがあったのは分かる。

 でもなんで何がそうなってそうなったの?

 なんでグランバートはさっさと帰っちゃったの?

 グランバート以上に幸せにってどういうこと?

 私はグランバートの隣にいる今がたぶん一番幸せだと思うんだけど。それと関係ある?

 誰か教えてリア充!


「……グレースお姉ちゃん」


「マイアちゃん?」


 なぜかマイアちゃんが私の肩をポンと。


「大丈夫ですよ。お姉ちゃんにもそのうち分かりますよ」


「え!? 私だけ!? マイアちゃんも分かってんの!?」


「お姉ちゃんは本当に可愛いんですね」


「やめて! そのちっちゃい子を愛でるような目やめて!

 貴女の方がちっちゃい子だから!」


「グレース様は本当に尊い御方だ」

「うむ。そういうとこだぞ」


「ウザい! なんか皆がすごくウザい!」


 皆が敵に見える!!




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