28.結論から言うと、ロリババア先生にちょっとホレた私でしたとさ。
サイードの妹マイアちゃんをエミーワイス先生の隠れ家空間に避難させた翌日。
サイードの実家は案の定大騒ぎになった模様。
んで、マイアちゃんを連れ去った犯人はどうせサイードだろうと、実家の当主であるサイードたちの父親とその執事が怒り心頭で「サイードを出せ!」と学院に乗り込んできたのでしたとさ。
「はい、どーもー(小声)」
てなわけでやってきました。グレースちゃんレポーターでーす。おや? これは歯ブラシですかねー。どれどれ味見を……
「どうした? またいつもの発作か?(普通の声量)」
「……そう言われたら何も言えぬな」
私が寝起きドッキリばりにわざとらしく小声でこそこそしてたら、隣にいるグランバートが慣れた様子でツッコミを。
あーたもずいぶんこなれてきたわね。
んで、なぜ小声でそんなことをやっているのかと言うと、
「だから! サイードをさっさと連れてこいと言っている!」
「お主もたいがいしつこいのう」
隣の部屋でサイードの父親とエミーワイス先生が絶賛バトル中だからなのです。あ、口でね。
んで、私とグランバートはその隣の部屋で聞き耳たてて、話の行く末を見守ってるってわけ。
あっち側もこっちも防音魔法使ってるから私がどれだけ騒いでも聴こえないんだけど、雰囲気って大事じゃん? グランバートはそんなん気にしてないけど。
あ、ちなみに向こうの防音魔法は私が魔力同調して突破してるから、向こうの声だけが一方的にこっちに聴こえるっていう取調室みたいな仕様になっております。
私が魔力同調について話すと先生は呆れてたけど気にしないことにしたのです。
「……結局、ここまで対応策とやらは秘密のままだったな」
「まーまー。やり取りを聴いとけば分かるってんだから、それでいいやん」
マイアちゃんを二階で寝かしつけたあと、私を置き去りにして先生がグランバートに策とやらを話すのかと思ったけど、先生は私たちにこの場を提供する提案をしただけだった。
当然、グランバートさんはご機嫌斜め。
この人のご機嫌を取りなす私の苦労も考えてよね、先生。
「……グレース」
「なあに?」
グランバートは部屋の真ん中の椅子に腰掛けてる。そっからでも聴こえるようにしてあるからね。
私は壁に耳をつけてフムフムしてる。そっちの方が雰囲気あるからね。
それにしても、銀髪長身イケメンは足を組んで椅子に座ってるだけで絵になるね。
「隣の部屋、音だけではなく様子を視ることはできないか?」
「んー?」
グランバートさんは真剣な顔。
なるほどこれは。
「筆談防止ってこと?」
「そうだ」
グランバートは先生のことも疑ってるんだもんね。
サイードの実家の屋敷の地下にあった、エミーワイス先生の研究室の扉に似た魔法。それによって。
ようは私たちにそれっぽい会話を聴かせてるけど、実際は筆談で組織の者同士でやり取りしてるんじゃないかってことね。私たちの信用を得るために。
「まーできるよー」
そんな必要ないと思うけどね。
「では、頼む」
「へーへー」
私は先生が組織を探ってることを知ってるからそんなに疑ってないけど、先生はグランバートを疑ってたからそんなに詳しく話してなくて、それによってグランバートが先生を怪しんでるっていうお互いにモヤモヤしてる状態なのよね。
まあ、先生は学院を守るために、グランバートは帝国のためにっていうそれぞれの事情をもっと膝突き合わせて話せればいいんだけど、お互いに疑い合ってるからそうもいかんもんね。グランバートは事情が事情だし。
「……んー、【透視眼】、と【感覚共有】」
「おおっ……」
壁なんかを透過して視えるようになる透視の魔法と、視覚とか嗅覚なんかの感覚を共有できる魔法を同時発動。今回は視覚のみ共有。
前者は風の魔法。後者は水の魔法ね。
ちなみに透視の魔法は魔法的な要素は透視できない。つまり結界内とかは視えないってことね。私は視えるけど。
「こんなにハッキリ視えるのか」
「これでいいっしょ?
ちなみに先生たちが思念伝達みたいな魔法を使えば私には分かるから」
「ああ……分かった」
私たちのいる部屋と先生たちのいる部屋の壁が透明になったような感じ。
視覚的に完全に壁がなくなるんじゃなくて、枠組みの線だけはそのままでスウッて向こうの景色が視えてくる感覚なのよ、伝わる?
ともかく、これで先生たちのやり取りが音声だけじゃなくて映像でも見ることができるようになったってわけ。
ま、思念伝達みたいな魔法なんてほとんど存在しないからグランバートはそっちは話半分で返事したんだろうけどね。
「しつこいとはなんだ!
実の息子の心配をして何が悪い!」
あの台パンしてるのがサイードの父親ね。
口髭生やしてイカつくて、いかにも粗暴な感じ。山賊の頭領とかやってそう。「ガハハハッ」って感じ。
息子を心配して、とか、どの口が言ってんのよ。
「やれやれ」
対するエミーワイス先生はゴスロリ衣裳に安定の金髪ツインテール。
これがこの人の正装なのかしら。今日はまた一段とゴスですね。ゴスってなに?
何回も繰り返されるやり取りにウンザリって感じ。
てか、先生って確か貴族相当扱いの賓客とかだったよね?
それって貴族の階級はどれになるんだろ。賓客としての格にもよるのかな。
サイードの父親は伯爵だっけか。向こうの態度的には同等ぐらいに感じるけど、あるいは向こうが無礼なのか、先生が不遜なのか。
「サイードは無事じゃ。
学院で責任をもって保護しておる。
だから安心するが良い」
先生はサイードと父親を会わせる気はないみたいね。そりゃそうよね。
無理やり連れ帰られて拷問でもされそうな雰囲気だし。
「そんなの信用できるか!
娘を拐われたんだそ! 賊はサイードのことも狙ってくるかもしれん!
俺が直接守ってやるんだ!」
あ、そういうことになってるのね。
何者かに屋敷に侵入されてマイアちゃんを誘拐されたと。それでサイードのことも誘拐しに来るかもしれないから屋敷に戻らせるって言い分なのね。
「……ほう」
「っ!」
おっと。先生から何やら不穏な空気が。
「王族も通う王立学院が信用ならないと?
それはつまり陛下が認めたことを否定すると、そう言いたいのかの?」
「い、いや……そう言うわけでは……」
サイードパパ、急にたじたじ。
さすがに王様の権威を出してこられたら何も言えないよね。
「少々宜しいでしょうか」
「なんじゃ?」
おっと。ここで父親の後ろに控えてた執事が発言。
モノクルとかしてる頭良さそうな執事。執事服カッコよ。てかモノクルとか初めて見た。
サイードみたいにモノクルをくいっとしとる。サイードはメガネだけど。
あのモノクルは普通のモノクルみたいね。
「校則では、生徒の保護者には生徒を自宅に戻すよう要請する権利があるはずです。
さらには生徒と直接面会するよう要請する権利も。
国王の権威を振りかざすのなら、その国王の承認によって成された校則にもまた従うべきでは?」
「そ、そうだそうだ! 権利だ!」
なーる。この執事さんが完全なブレーンなわけね。サイードパパなんて完全にモブムーブしてるし。
「当然じゃ。
そなたらにはその権利がある」
あ、先生てばそこは認めちゃうんだ。
「だったら早くっ!」
「じゃから要請を受けて対応したのじゃ。
で、その結果、ワシはその要請を棄却した。ワシにはその権限があるのでの。
ワシの決定は学院長の決定と同義じゃ」
「なっ!」
「……」
はは。さすがはロリババア先生。だてに長生きしてないわ。
あの人には舌戦で勝てないね。
頭良さそうな執事さんも黙り。
「ふ、ふざけっ!」
「……理由をお伺いしても?」
「お、おう! そうだ!」
怒鳴り散らそうとした父親だけど、執事さんの話を邪魔しそうになると急に大人しく。
こりゃもうどっちが当主か分かんないね。
「……」
さっきからグランバートは黙って話を聞いてる。
壁が透明だからって私たちの声が届くわけじゃないけど、心理的に控えてんのかな。
いや、グランバートはそんなんじゃないか。
集中して見極めようとしてるのかな。
「簡単な話じゃ。
この学院にいるのが一番安全なんじゃよ。
サイードを連れ戻す? 賊に侵入を許した家に? アホか、貴様らは」
「ぬぐっ!」
痛いトコ突かれたねー。
「……ですが、屋敷の警護は厳重でした。
そこに侵入できるほどの賊となると、いくら王立学院でも……っ!」
「……ははっ」
薄く笑うエミーワイス先生だけど、ほとばしる魔力に執事さんが言葉を詰まらせる。
「たかが伯爵家の警備と王立学院の守護を比べるか?
この学院を護っているのはワシじゃぞ?
ナメるなよ、小僧」
「……っ」
じと目のロリババアの圧に押し黙る二人。
微塵も殺気が込められていないただの魔力の奔流だけで実力を分からせた。
さすがは歴戦のエルフ様ね。
結局はこういう力ずくで何とかするつもりだったわけね。
こう言われちゃ下手に言い返せない。
全てはサイードを守るためだから。
サイードを誘拐犯だと思ってるなんて言えない父親たちはこの理屈に言い返せない。
あくまで息子を心配する父親としてサイードを連れ戻したいって体だから。
「……上手いな」
「んね」
グランバートも感心、てか納得してくれたかな。
先生は組織の人間である父親たちにサイードやマイアちゃんを渡す気なんてないのよ。
「な、ならば、一目会うだけでも……」
執事さんてば、まだ粘るのね。
「ダメじゃな。
どこから情報が漏れるか分からぬ。
お主らは、サイードは学院が保護しているということだけを知っておればよい。
サイードを連れ去った賊も学院となればおいそれと手は出せまい。むしろ出してくれた方が楽だがの。
妹の件は学院でも調べよう。サイードも心配しておるのでな」
ここでさりげなくサイード無関係アピールね。
「……我々がサイード……様に会った時にマーキングをするとでも?」
マーキングってのはGPSよね。対象者の現在地が分かるやつ。
「マーキング。洗脳。魔力操作。あるいは記憶の改竄。賊にお主らが記憶を覗かれるやもしれぬ。
可能性がある限り、その可能性は上げてはならぬ。
真に息子を心配する親ならば理解できるであろう?」
「……くっ」
片眉を吊り上げる先生に父親は苦虫をギュッてした顔してる。
もう無理よ。諦めな。
「……分かりました」
ここでようやく執事さんが折れた。
「お、おいっ! いいのかっ?」
父親が困ったような顔で振り向く。
その言い方だと本当に連れ戻したいのは執事さんみたいじゃん。
「……仕方ありません。
こちらはこちらで賊の足跡を追い、まずはマイアお嬢様を見つけましょう」
「……そうだな。
早く感動の再会をさせてやらなきゃなぁ」
二人の瞳がギラリと光る。
マイアちゃんを見つけたらサイードもただではおかないと考えてんだろうね。そんなことはさせないけど。
「うむ。頑張りたまえ。
こちらでも何か分かれば教えよう」
先生が席を立つ。
話を終わらせるみたいね。
「……こちらの情報は渡しませんよ」
そして執事さんのせめてもの抵抗。
「ははっ。要らぬよ。
手の入った情報は要らぬ」
「……」
先生はそれを一蹴。
どうせ偽物の情報だろってことね。
「……いきましょう」
執事さんは少しだけ眉をひきつらせてから踵を返した。悔しかったのね、やーいやーい。
「娘が見つかったらサイードを出させるからなっ!」
父親の最後の口撃。
「もちろんじゃ。感動の再会といこうではないか」
「っ!」
先生は笑顔で受け流した。ダメージは父親に返る。
「覚えてやがれ!」
「……」
「よーく覚えおくよ。お主らの顔をな」
「くそがっ!」
雑魚っぽい捨てゼリフで去ってく父親たちをカッコよく切り捨てる先生。
アカン。ちょっとホレそう。
「……」
しばしの沈黙。
「……これで大丈夫じゃろ」
先生がこちらを向いて声をかけてきた。
もうそっちに行ってもいいみたい。
「上手くいきましたねー」
透視の魔法たちを解除して、グランバートとともに【壁抜け】で先生のいる部屋に。
「ま、このまま大人しく引き下がるとも思えぬが、それはそれで探りを入れるチャンスとも言えよう」
「なるなるほどほど」
向こうからの妨害やら何やらを全部迎え撃つつもりなのね。
さすがは我らがロリババア先生。さすロリ。
「……それで?」
「……」
「ん?」
先生はグランバートの方を見てる。納得したかってことかな。
「……疑って申し訳ありませんでした」
グランバートは驚くほどあっさりと頭を下げた。
貴族にケンカを売るようなやり取り。そんなことをしてまでサイードたちを守り、なお迎え撃つ姿勢。
さすがに信用してくれたのかね。
「……ふむ。仮にこれさえ演技でも、それならそれで探りを入れるチャンス、って所かの」
「へ?」
「……バレましたか」
「まあの」
「おい……」
ずいぶん素直だと思ったらそゆこと?
てか、先生もそれを見抜いてるし。グランバートもそれは承知の上っぽいし。
先生のやり口を真似してんのか、アンタ。
「ふはははっ!」
ロリババア爆笑。
「お主はそれで良い。
これからも互いに疑い合いながら組織について調べていくとするかの」
「そうですね」
なんかよく分からんけどお互いそれでいいみたい。
ナニコレ? 私たちはこういう関係性でいいの、みたいな安っすい恋愛ドラマみたいな納め方やん。
まあ、本人たちがいいならいいけど。
「それで?
今のを見てお主はどう思った? クロード」
「……そうですね」
いや、どうって何?
ただ父親が案の定クソヤロウだったって感じだけど。執事さんの方はなんか企んでそうだし。
「……あの執事の方が本物の父親でしょうね」
「……はい?」
「うむ。その通りじゃな」
「にょぶうぇっ!?」
「「……なんて?」」
あ、揃った。
じゃなくて!
「あのモノクルクール系知的執事さんが本当のサイードたちの両親なの!?」
「ま、義理じゃがの」
「それにしてはサイードと雰囲気が似てましたね」
たしかに!
「似せさせたのじゃろ。
本当の親子だと思わせた方が多少乱暴でも言い訳がたつ」
「なるほど」
「いや、勝手に話を先に進めないでちょんまげ!」
「ちょんまげ?」
「あ、気にしないでいいです」
グランバートさん、先生にもそのフォローありがと!
「あの父親役は雇われじゃな。
この国の貴族にしては品がなさすぎた。
親の後継であったとしても、もうちょいマシなのがこの国の貴族じゃ。最低限、外面はの。
でなければやっていけぬからの」
たしかに、ウチのクズみたいな父親でも外ではある程度品性を保ってたかも。
そう考えると、あの執事さんの方がそれっぽい対応だと言えるかも?
「父親役にあれを選んだのはわざとですかね。
先生の出方を多方面から観察しようとしたのか」
「じゃろうの。
粗暴と冷静への対応を見てこれからの対応の参考にしようとしたのじゃろ。
ワシを見極めようなどと千年早いがの」
千年で足りるのか? とは突っ込まないでおこう。
「ま、ともあれこれでひとまずは大人しくなるじゃろ。
またアクションを起こしてくればその都度対処しようではないか。
サイードは当面は寮へは帰らせず、授業が終わったらマイアのおる家に帰らせよう。サイード専用の扉を作れば学院から直接行けるのでな。
学院から寮への道中に襲われることもないじゃろ」
「そかそか。
じゃあ、先生の結界内のみで過ごせるのね。それなら安心ね」
「うむ。
それに授業中はお主らもサイードの様子を見てやれるからの。
ワシも感知結界で逐一チェックはするが、そこは任せたぞ」
「うむ! 任されよう!」
かわいいマイアちゃんのためにもサイードは私が守るよ!
「……逆に、学院から寮への道中で襲ってきてくれるかも、とも言えますね」
「ま、そうじゃな」
「先生。俺は変装魔法というのを使えましてね」
「ほほう」
おいおい。グランバートさん、先生と二人で楽しそうな顔するじゃないの。私も混ぜてよ。
「あ、あの、これで良かったですかね」
「……」
学院の敷地内を出たあと、サイードの父親役をやっていたゴロツキの男が顔色を窺うように執事の男に声をかけた。
「……」
「……あのー」
しかし、それを無視してツカツカと歩く執事、もとい本物のサイードたちの父親。
「そ、それで、約束の報酬は……」
「……」
「おっとっ」
ゴロツキの男が揉み手をしていると、執事姿の父親はピタッと足を止めた。
「受け取れ」
そして懐から大金貨を取り出して男の前に掲げた。
「あ、へへへ。どーも」
男がそれを受け取ろうとした瞬間。
「……【絶望のロンド】」
「へ? ……ちょっ、ぎゃっ! ぐっ……」
サイードの父親は風の上級魔法を発動。
無数の風の刃が男を包み、あっという間に男を跡形もなく切り刻んで絶命させた。
あとには血の跡さえ残っていない。
「……災厄のエルフめ。
このままで済むと思うな」
父親はモノクルを直しながら、そのまま学院から去っていったのだった。




