26.なんかヤバいのと可愛いの出た。
「竹の子にょっき!」
「なんだそれは……」
あ、気にしないで。地面から出てきたから言っただけ。発作みたいなもん。
「さーて、ここは屋敷のどの辺……っ!」
周りを見回して現在地を把握しようとしたその時、
「……グレース」
「うん。大丈夫。隠匿魔法はそのままだから」
屋敷に異変を察知した。
グランバートも気付いてる。
ここはどうやら一階の客間。
それなりに広い。出入り口である扉が同じ壁面に二つ。左右の壁にそれぞれ暖炉と飾り棚。残りの壁に窓は四つ。
「……結界に異変はなし。
地下の魔獣もそのまま。住人は寝てる」
なのに、なんだろう。この違和感。
「……結界内の魔力濃度が異常に濃いな」
「……それだ」
屋敷に入った時と結界内の魔力濃度が段違い。
これは何か、魔力の高いナニカが侵入してる。私に気付かれることなく……そんなことある?
「んー?」
「っ!?」
瞬間、扉の向こうで声が聞こえる。
声がするまで存在に気付けなかった? 私が?
「誰かいるのー?」
のんびりとした声が扉をギィと開く。
声も姿も魔力も気配も、全てを隠してるから気付かれるわけないけど、念のため来客用の大きなソファーに二人で身を隠す。
「……まー、いたら分かるかー」
声の主が扉から顔を覗かせる。
ソファーからチラリと覗き見る。視線は合わないように。
若い。性別不明。人型。背は低い。中性的な顔立ち。高めの声。肩口まで伸びた白髪。深紅の瞳。子供?
「……」
……でも、強い。
「なんか結界に引っ掛かりを感じたから見に来たけど気のせいかー。
ふぁーあ。眠いし、もう帰ろー」
声の主は大きくアクビをすると扉を閉じた。
どうやらこの屋敷に結界を張った張本人のようだ。
完璧に結界と同化したはずなのに、微かな魔力のラグを感じ取った?
張った結界に常に魔力を流しつつ、それを常に把握してでもいないと出来ないような芸当。
魔法技術のレベルが高すぎる。ロリババア先生レベルかも。
「ふんふふーん……」
声の主は鼻唄を歌いながら、ふっと気配も魔力も突然に消えた。
転移魔法? いやいや、あれはロリババア先生しか出来ないはず。転移門を作れる類い? でもそれは……。
「……消えたわね」
とりあえずはもう大丈夫っぽい。
「消えた、か……」
グランバートも怪訝な顔をする。
転移門の魔法は人間には使えないから。
「……恐ろしい魔力の持ち主だったな」
「うん……」
あれはけっこうヤバい。
私は人差し指と親指で輪っかを作って、声の主が出ていった扉を覗き込んだ。
「あれ、ワシより強くねー?」
「……そうなのか?」
「あ、ううん、ごめん。言いたかっただけ」
発作みたいなもん。
「……なんなんだ」
「……でも、実際能力次第では勝てないかも」
「そうか……」
おそらくはロリババア先生と同格近いレベル。
少なくとも覚醒イベントを経てない私には勝つのは難しい、かも。
「組織にあんな化け物みたいのがいたなんて」
「認識を改める必要があるな」
しかもそんなのがこんな雑用みたいなことをしてるってのも問題なのよ。
頑張って倒したあとに、「あいつは四天王で最弱だー」とかってなったらやってらんないし。
「……まずは早いとこ妹ちゃんを救出しちゃいましょ」
「そうだな。長居は危険なようだ」
もうけっこう長居しちゃってるけどねー。
「ここか」
入った時と同じように屋敷の結界と同化しながら脱出。
今度は一分の隙もないように慎重に慎重を重ねて通過した。
さすがにこれに気付くのは無理ね。
「……ホントに、掘っ立て小屋なのね」
サイードの妹がいる家の前に到着。
でも、これは家なんて呼べるレベルじゃない。
木の板を張り合わせただけのただの風避け小屋だ。
「こんな所に病人を置いておくなんて……」
許せないわね……。
「……早く連れ出してやろう」
「ええ」
隠匿魔法をかけたまま扉を開ける。
ギギギと木の扉が音を立てるけど、消音魔法を使ってるから聞こえてるのは私たちだけ。
「……だれ?」
扉の向こうから女の子の声。
か細くて弱々しい。
頑張って体を起こそうとしてるのが分かる。
「大丈夫。お兄さんの友達よ。
そのままでいいわ」
「……お兄様の?」
少し警戒心が緩む。
「ええ」
さっと部屋に入り扉を閉める。
小屋全体に認識阻害の魔法をかける。
なるべく優しく、柔らかく話しかけよう。
「私たちは貴女をここから……」
「なーんだ」
「え?」
残念そうな声。
「私をお迎えに来た死神さんかと思ったのに……」
「……」
泣きそうな、でもそんなものはとうに枯れてしまったような、諦めた声。
「……君は、死にたいのか?」
グランバートが包み込むように優しく声をかける。
もうちょっとオブラートに包んだ言い方でもいいんじゃないかと思うけど、そんなに時間があるわけでもないか。
「……お兄様の足手まといになるぐらいなら、こんな命はいらない、です……」
「……」
そっか。お兄ちゃん思いのいい子なのか。
でもね……。
「その考えは、貴女のことを大好きで、貴女のために頑張ってるサイードの思いを踏みにじるものよ」
「……え?」
「おい。グレース」
肩に置かれたグランバートの手をそっと外す。
私の方がオブラートに包めってか?
でもね、ここは言わせてほしい。
「死んじゃったら終わりなのよ。
もう大好きなお兄さんに会うことも出来ないし、声をかけることも、触れることも出来ない。
……迷惑をかけることさえ、出来なくなるのよ……」
「……」
「……グレース」
「そしてそれは向こうも同じ。
貴女が死んでしまったら、サイードの頑張りが無駄になるわ。
それに大好きな妹に会えなくなるのよ?」
ずっと考えないようにはしてきた。
転生したってことは、私は死んだってこと。
まだ高校生だったのに。
パパもママもきっと悲しんだはず。いっぱい泣いたはず。
なんで死んじゃったのかは分からない。思い出せない。
持病とかはなかったから、多分ホントに急に死んじゃったんだ。
きっと皆を悲しませたんだと思う。
愛されてたって知ってるから。
私も、愛してたから。
「……もう会えないなんて、悲しいことよ……」
もう、二度と……。
「……ごめんなさい」
「あっ」
やば。こんな責めるようなことを言うつもりじゃ……。
「わ、私の方こそごめんね。
初対面でいきなりこんな……」
どーしよ。つい感情的に。
「いいえ。貴女が優しい人だってことは分かりましたから」
「……そ、そっか。ありがとね」
「聡明な子だ」
ホントにね。
だからこそ大好きなお兄ちゃんには、これ以上やりたくないことをさせたくないって思ったんだろうね。
「で、話を本題に戻すけど、私たちは貴女をここから連れ出すために来たのよ。お兄さんのもとにね」
「で、でも、そんなことをしたらお兄様が……」
ホントにお兄ちゃんが大好きなのね。
「だいじょーぶ。手はあるから。
貴女がいなくなってもお兄さんに疑いがかからないようにする手がね」
その辺はお姉さんに任せときなさい。何とかするから、主に先生が。
「……ホントーに?」
「もちろん!」
てか、この子可愛い。
細くてサラサラの肩口までの赤髪に、大きな翡翠色の瞳。サイードとは異母兄妹とかなのかな。
痩せ細っててやつれてるけど、元気になればきっととんでもなく可愛くなる。
……体が弱くなければ違う方法で使われてたんだろうな。
病弱すぎて客を取れないからこんな所に閉じ込められてるんだろう。
そういう意味では、不謹慎だけど病気で良かったかも。
「……」
「ん? どったの?」
急にうつむいちゃって。
え、今の心の声漏れてないよね?
「あ、ごめんなさい。嬉しくて。
夢なんじゃないかって思っちゃって、へへ」
妹ちゃんが目元を軽く拭う。
「……」
ずっと、頑張ってきたんだね。
「もう大丈夫!」
「わぷっ」
よしよししたげる。
うん、ひどい生活のはずなのにサラサラで柔らかい髪。これは化けるよ。
「お姉さんに任せなさい!
貴女を今すぐここから出してあげるから!」
「ありがとうございます……あ、でも、私はここからは……」
「任せんさいと言ったじゃろ。
亀の甲よりJKの功じゃよ」
「???」
「それは無視していいぞ」
おい、グランバートどん。
「あ、はい」
君も、あ、はいじゃないよ。
「さ、行こ。
立てる? お姉さんがおんぶしたげよっか?
それともこのイケメンにお姫様だっこされたい?」
私はされたい。
「え、と、立つのは出来ますけど、歩くのは遅いかも、です……」
うん、見事にスルーだわ。ある意味化けるよ、この子。
「んじゃー、魔法で運ぼっかな。
どうせ屋敷から出たら飛ぶし」
「とぶ?」
「ほいっ」
「きゃっ!」
風の魔法で妹ちゃんを宙に浮かす。
体に負担がかからないように極力ベッドと同じ環境に。
「だいじょぶー? 体勢キツくない?」
「あ、は、はいー。なんか不思議な感じですが、しっかり支えられてるので怖くはないです」
よかよか。宙ぶらりんだと怖いからね。
空気のベッドに寝てるイメージでやらせてもらったのよ。
なんなら高級ベッドより快適なはずよ。
「えと、あの……」
「んー?」
妹ちゃんは何かを言いたげにモジモジしてる。
しっかりしてるけど引っ込み思案なのかな。
言葉が出るまで待ってあげよう。
「え、と、私が結界から出ると、体が粉々になるって言われてて、その、ちょっと怖い、です」
それは確かに怖いわ。
こんな子供になんてこと言うとんねん。
「大丈夫よ。任せてって言ったじゃない。
こうして誰にもバレずにここまで来れてるのが何よりの証拠でしょ?」
結界が機能してないってことだからね。
「あ、そっか」
ご理解いただけたようで何より。
たぶん十歳ぐらいかな?
やっぱりこの子、頭いいわ。
「よし。じゃあ行きましょ」
「お願いします」
私の腰の高さに浮かせたまま妹ちゃんを移動させる。
すぐに手を伸ばせる位置の方が安心するでしょ。
ずいぶん簡単に私たちを信用しちゃってるけの、その辺はこれから教えてあげよう。
「……いいぞ」
グランバートが扉の外を確認してくれる。
感知魔法で状況は把握してるけど、クセみたいなものなんだろうな。
魔力感知だけだと魔法が使えない兵士は感知できないから。私はできるけど。
だてに戦場を駆け抜けてないわけだ。
「よし。ゴー」
グランバートが外に出て、私がそれに続き、妹ちゃんも小屋の外へ。
小屋に妹ちゃんの魔力を検知する結界があったから、私が妹ちゃんの魔力をトレースして擬似魔力体を生成。ベッドに寝かせておく。
これで朝になって誰かが様子を見に来るまで彼女がいなくなったことに気付けない。
扉が開いたら魔力体が消えるようにしとこ。
「正面から出るのはやめとこ。このまま裏から壁を越えて行くわ」
「了解」
「は、はいー」
素早く、静かに。
流れるように裏手へと向かう。
常に感知魔法で周囲を警戒。誰にも気付かれてない。
それなりの速度で走ってるのにグランバートは余裕でついてくる。さすが。
「よっし」
敷地を囲う壁に到着。
壁のすぐ外に結界。
【壁抜け】を発動。同時に結界の魔力と同調。
「怖かったら目閉じててねー」
「ひゃいっ」
壁に直進。
妹ちゃんがギュッて目を閉じる。かわええ。
その可愛さでグランバートと再び手を繋いでる事実を誤魔化す。
「はい、出ましたー」
余裕で脱出。
細心の注意を払ったから全く気付かれてない、はず。
「……え、え?」
妹ちゃんが恐る恐る目を開ける。
「……あ」
まだ夜が明けてないけど、暗くても豊かな自然が目の前に広がってるのは分かるはず。
「ほ、ほんとに出れた……」
妹ちゃんが目を真ん丸にしてパチクリ。かわええ。
「……草の匂い。風の感触。空。
全部久しぶり……」
目を閉じて全身で自然を感じてる。
ホントにあんな所にずっと閉じ込められてたんだ。
「もう大丈夫。
片がつくまでちょっと隠れててもらうけど、すぐにお兄さんと一緒に外に出れるようになるよ」
「あ……はいっ!」
溢れる笑顔と涙。
それは私が必ず守ってあげるからね。
「そういや妹ちゃん、お名前は?」
聞くの忘れてた。いつまでも妹ちゃんってわけにもいかないからね。
「あ、マイア、です。
マイア・クレイロードと申します」
てことはサイードはサイード・クレイロードか。たしか伯爵家だっけ? 爵位って忘れちゃうんだよね。
「おっけ。マイアちゃん。
じゃー、さっさとトンズラかますよ!」
マイアちゃんとグランバートと一緒に空に浮かんでいく。
魔力消費は大きいけど隠匿魔法はしばらくそのままかな。しばらく飛んだら認識阻害に切り替えよう。
「ひゃっ! ト、トンズラっ!?」
「それは気にしなくていいやつだ」
「あ、は、はいー」
あんたらなんでそこだけもうツーカーなの?
「このまま学院に行くよ。
先生が待ってくれてるから、学院の結界に入れば迎えが来る」
ロリババア先生の転移魔法がね。
「明日はたふんゴタゴタするから、お兄さんと会えるのは早くても明日の午後になるけど、絶対会わせてあげるから安心してね」
「はいっ!」
うん。いい笑顔。
いっつも仏頂面のサイードの妹なのかと思うぐらいに可愛いわ、ホント。
「よし! じゃー、レッツゴー!」
「え……ひゃわっ!!」
「おい! 速すぎるぞ!」
あ、ごめんちゃい。マイアちゃんいるんだった。




