25.お手て繋いでランランラーン、だとぉぉぉっ!?
「……もう出ていいぞ」
「イ、イエッサー」
ひと通り暴れて落ち着いたグレースさん。
イケメンに迫られてまだ顔が熱いけど、冷却魔法のおかげでだいぶマシになったとよ。
「よ、っと」
魔法を解除して、バコッとロッカーの扉を開ける。
「やはり俺が先に出る」
「あ、ども……」
私の方が感知能力も対応能力もあるのに、こういう時には必ず先陣を切ってくれる。
なんか、女の子扱いされてるみたいでちょっと嬉しい。
「……問題ないな」
「ふう」
ようやくイケメン結界から解放されたぜー。
私は今宵も手汗やらで全身ビショビショなのでした。
あ、この世界にはね、乾燥の魔法とか消臭の魔法とかもあるからその辺は安心してね。だから冒険者みたいな人たちもそんなに臭くないのよ、そんなにね……ふっ。
前世で欲しかったわ、マジで。
「……」
「……おい」
グランバート殿?
何ゆえご自身の手のひらを眺めておられる?
それって、さっきまで私の口を塞いでた方だよね?
「……汗やら何やらで湿ってるな」
「おい。言うな」
乙女になんてこと言いやがる。焼くぞ。
「……」
「……って、まさかっ」
おいおい、嘘だろ。
まさかそんな、嘘だよね?
だってそれは私の汗だけじゃなくて、口にも……、
「……しょっぱい」
「だから舐めんなお前はーーーーっ!!」
ペロッ、じゃないのよ!
イケメンならなんでも許されると思うな!
イケメンでも変態は……まあ需要はあるが……じゃなくて! そんな人の汗とか唾とか舐めるような変態はどこの世界でも変態なのよ!!
「……ふむ。また少し強くなったか」
「リアクションに困る!」
それでそんなの分かるのスゴいね! なんで私の強さ逐一チェックすんねん! いや、てかその確認方法やめれ!
あーもうツッコミが多すぎる!
「今回は汗だけではなく口腔体液も摂取できたからな。より詳しくお前のことを知ることができた」
「いや、なに普通に解説してんだ貴様はー!」
ダメだコイツ!
「?」
「はてな? じゃないわよ!」
何か問題でも? みたいな顔してんじゃない! 問題しかない!
「…………はぁ」
ダメだ。コイツはもうダメだ。
コイツはこういう奴なんだ。
「……あんた。誰彼かまわずこんなことしてたら、いつかとっ捕まるからね」
私だから許されてるようなもんよ。
「何を言っている」
「……はい?」
なに? 皇太子だから捕まらんとかアホなこと言わんよね。
「こんなこと、お前にしかしないに決まっている」
「……っ!」
え、えーと、それはいったいぜんたいどんな意味でござい?
「そもそもこの魔法は口外禁止だ。
疑われることさえしてはならない。
お前にはもうバレているから仕方ないが」
「……あ、そーですね」
そーですよね。そういやそういう設定でしたよね。うん、知ってた。知ってたよー、ふん。
「……それに」
「あん?」
グレースちゃんご機嫌ナナメだから余計なこと言うなよ?
「誰にだってするわけがない。
グレースだからだ」
おおっとぉ。
「……な、なんで?」
「……いや、他人の体液舐めるとか気持ちが悪いだろ」
「……いや、結局リアクションに困る!!」
「そろそろ静かにしろ」
無理よ!
うるさくさせてるのは貴様だ!
一応そういう良識はあるんだねーとか、いやそれならなんで私のは! とか、え私のならいいの? とか、なんかもうツッコミが忙しすぎる!
「……」
でも状況的にちゃんと大人しくなるグレースちゃんいい子。誰か褒めて。
「……よし。周囲を警戒しながら最深部を目指すぞ」
「……もう」
さっさと真面目モードになりやがって。
こいつは、こいつはホントにもう……。
「ここか」
「余裕だったね」
まあ結局、地下探索自体は私とグランバートなら問題なんて他に起こるはずもなく。
魔力のない魔獣もいることが分かったから、単純に構造把握に生体反応感知を併用して進んだら、あら不思議、あっという間に最深部の重要資料が置いてある部屋の前に着きましたとさ。
「……だが、この扉は……」
「うん、そだね」
けど、その最深部の扉の前で私たちは立ち止まった。
「……どうなっている。
これは、エミーワイスの部屋の扉と同じだろう」
「……」
そうなのよ。
サイードの実家の屋敷の最深部。その部屋の扉にはエミーワイス先生こと、ロリババア先生の研究室への扉と同じような仕掛けがしてあったのよ。あらびっくり。
「……どういうことだ。
まさか、エミーワイスが組織と繋がっている?」
「……いんや、それはないよ」
「なぜだ?」
なぜかって?
「先生はそこまでおバカじゃないからよ」
「……説明を」
イエッサー。
「これは同じ『ような』仕掛けであって、同じじゃない。
肝心の空間系の術式がない。
先生の真骨頂とも言うべき魔法で、先生以外にはそうそう解除できない鉄壁の魔法」
ま、私は力ずくでぶっ壊しちゃったけど。
「これにはそれがない。
なぜなら先生じゃないから。やらなかったんじゃなくて出来なかったのよ」
「……ふむ」
「それに、私たちがここに来ることが分かってるんだから、この扉を発見される可能性が高いことは容易に想像できた。
もしも先生があっち側の人間なら、こんなあからさまなミスをするとは思えないわ」
「……まあ、な」
まあ、私たちがそう思うことを想定してって可能性はなくはないけど、そんなこと言い出したらキリがないしね。
「それよりも、もっと分かりやすくて可能性の高い事があるのよ」
「……なんだ?」
「この扉に魔法をかけた人物は、エミーワイス先生の扉の魔法を参考にしたのよ」
「……それはつまり、エミーワイスの部屋を訪ねることができる人物、ということか」
「そ」
どうやらご理解いただけたみたい。
「……彼女の研究室には基本的に生徒が訪ねることはない、と聞く」
そもそも、そうそうたどり着けないしね。
「ま、そういうことよね」
学院の教師の中にも組織の人間がいるってこと。
ま、そうだろうとは思ってたけど、これでほぼ確定したってことよね。
「……それは、だいぶ面倒だな」
「ホントにね」
でも特定できる可能性はある。
この扉の魔法は私が最初に先生のもとを訪ねた時のものだ。
二回目の、アプデされたあとのものじゃない。
だから、前回の状態の時に先生のもとを訪れたことのある教師が組織の人間である可能性は著しく高い。
きっとロリババア先生は訪問者の記録を取ってあるはず。
前回の状態がいつからのものなのか分からないから、下手したらべらぼうな人数かもしれないけど、それでも数は絞れる。
帰ったら先生に聞いてみよ。
「ま。まずはさっさとここを突破して資料とやらをゲットしちゃいましょ」
「そうだな」
部屋は最深部の突き当たり。
扉は鋼鉄製。横の壁はレンガ造り。
扉に手をかざして解析する。
魔獣の類いはこの部屋には近付かないように命令されてるみたい。魔獣なんて、そうそう操れるものでもないのに。
ま、今は助かるけど。
「扉にしか魔法がかかってない。
造りが甘い。やっぱり先生じゃないな」
先生なら部屋を丸ごと包むように結界を張って、その上で扉に魔法を施すんだ。
「……【壁抜け】」
こういう魔法の使い手もいるから。
「ほいっ」
「っ!」
グランバートの手を掴んで一緒に魔法効果を及ぼす。
グランバートが無効化しようとしなければ私の魔法の効果を波及させられる。
「ん? どした?」
なんか手を掴んだ瞬間、グランバートがびくって揺れた気がしたけど。
「……いや、なんでも」
「?」
気のせいか。
いつも通りの氷の皇太子ヅラ。なんならいつもより顔恐いぐらいよ。
「さ。行こー」
とりあえずそのまま扉の横の壁をすり抜ける。
結界は作動しない。
この魔法は土の属性の魔法。壁や天井とかをすり抜ける魔法で、上級の中でもけっこう上位のやつ。
「はい。ぬるん、と」
壁をすり抜けて部屋の中に到達。
「はい、どぞー」
「あ、ああ……」
繋いだ手を引いてあげて、グランバートも入室……ん?
「……あ」
「……」
私ってば、グランバートと手をつな……、
「ぶ!」
「ぶ?」
慌ててグランバートの手を離す。
「無事に侵入できたわね!!」
「あ、ああ。そうだな」
二人して赤い顔してアタフタ。
グランバートめ。最初に手を繋いだ時から気付いてたな。
言ってくれよー……いや、やっぱ言わなくて良かったか。
言われたら壁の途中で手を離しちゃいそうだし。そしたら魔法が解除されてグランバートが壁に挟まっちゃう……それはちょっと面白いけど……手を繋いでることを意識しながらなんて、私のハートがもたないわ。
「と、とにかく早く部屋を探索しよう」
「そ、そうね。忙しいし、私たち」
早く妹ちゃんとこ行けやって話よね。
「……まあ、幸い部屋は広くないしな」
「そうね」
改めて部屋の中を見渡す。
ランタンとかはないけど、魔法でライトをつける。光の玉を空中に浮かす全天タイプ。
部屋は前世でいう、普通のワンルームぐらいの広さ。
何畳って言うんだろ。六畳とかぐらい?
長方形で、扉は短い方の辺にあって、左右に本棚がズラリ。で、奥に机があるだけのシンプル設定。
「……これは、書庫か?」
「の、ミニマムバージョン的な?」
一列十五冊ぐらいの五段造りの本棚が四つ。それが左右に。全部で六百冊ぐらいかな?
なんか前世のウチのパピィがこういう部屋に憧れてたなー。
「探しているのはどれだ?」
「んーと、ちょっと待ってねー」
本には触れないように部屋全体に解析をかける。
不用意に触れないのはさすが。
何冊かにトラップがある。机に座ると記録が残る魔法も。だいぶ厳重だ。
「……これと、これね」
お目当ての本を手に取る。計二冊。それぞれ百ページぐらいかな。
「お、おい」
「だいじょーぶ。これにはトラップないから」
グランバートが心配してくれるけど、そんなヘマはしない。
心配してくれるのが嬉しいって思ったのは内緒。
「……任務記録ね。
いつ、誰が、何をしたかが記録されてる。
調査、工作、破壊、抹殺などなど。
犯罪記録を残すとか、バカなのかな?」
パラパラと本をめくる。
内容は悪いことしてる証拠のリスト。
これがあれば逮捕者続出よ。
「結果報告の記録か。やはりそれなりにしっかりとした組織のようだな。
それに、それ自体が仲間連中への脅しにもなる。
裏切ったらこれを世に出すぞといって裏切りを予防しているのだろう」
「なーる」
だとしたら他の貴族の屋敷にもこういうのありそうね。
うまくいけば一網打尽にできるかも。
「……いた」
そして、そこにありましたよ、私の現在のパピィの名前。
「……王都で背信者に殺人の罪をなすりつけて排除。冤罪であるとして釈放はされたが、一度落ちた信用は戻らない」
そのサポートをしたメンバーに父親の名前が。
「……帝国からの商人を事故に見せかけて馬車ごと崖から転落させる。帝国人。
王国は事故と発表したが、人為的なものと理解していた模様」
これも。
……人も殺してる。
やっぱりクズだ、あいつは。
「……大丈夫か?」
「うん。クズなのは知ってたしね」
心配してくれる人が隣にいるのが嬉しい。
グランバートからしたら、アレは私の実の父親なんだから心配してくれるのは当然なんだろうけど、私はアレを父親と思ったことはない。
「……だが、これで少なくとも王国騎士団は組織とは繋がっていないことが分かったな」
王国で事故とか事件があったときに調査する人たちね。
「気付いてはいるみたいだけどね」
だけど謎の組織による事件だなんて帝国に言えないから、王国は事故だって発表したんだろうね。完全に王国の失態だから。
「とはいえ、騎士団や王宮に組織の人間が入り込んでいないわけではないのだろうな」
「ま、貴族連中がそうだからね。
下手したら要職についてるかも」
それこそ大臣クラスの後ろ楯とか。
「……この本、持ち出せないか?」
まー、動かぬ証拠だもんね。
「ちょっと待ってねー」
本自体や屋敷全体の魔法を再解析。
うん。特に問題はないかな。
「じゃー、コピーしちゃうわ」
「コピー?」
あ、この世界にはコピーとかないんだっけ。
「えーと、同じものを複製するのよ」
「……そんなことまでできるのか?」
「まー、見ててよ」
チート系悪役令嬢グレースちゃんの腕の見せ所よ。
「……えーと。せっかくだからトラップのない本は全部複製するかなー」
「……は?」
風の魔法でトラップのない本を全て空中へ。パラパラとページをめくる。
光の魔法でその全てを透写、トレースする。
「ほいっ」
土の魔法の応用で、地面から木を生やして本を精製。同じ数の白紙の本を作る。あ、地面はちゃんともとに戻すよ。
「えーい」
白紙の本にトレースした本の内容を一斉に刻んでいく。
ついでに本の内容を私も把握しておく。記憶に刻み付けて、あとで見返せるように。
グレースちゃんは複製の属性の魔法を同時に扱える性質上、同時並列思考が得意なのです。
「はい、完成」
元の本を本棚に戻し、それと同じ数のまったく同じ本が床に積まれる。
五百冊ぐらいかな。
「トラップがある本もコピーできなくはないけど、今はリスクが高いかな。
動かしただけで発動したり、トラップが解除されたことが通知されたりする類いのトラップが多いから、こういうの」
重要な情報もあるかもだけど、今は知りたいものが手に入ればいいっしょ。
「……俺はもういちいち驚かないことにした。
突っ込んだら負けだ。
禁書庫が意味を成さなくなるとか、本が証拠として扱われなくなるとか、俺はもう突っ込まないんだ……」
「いや、口に出とるがな」
なんかグランバートさんがブツブツ言ってるけど気にしないでおこ。
「だが、この量の本をどうする?」
「あ、それなら私の亜空間収納にしまうから」
光の魔法にそういう便利魔法あるのよ。だからロリババア先生は光の属性を名乗ったんだろうね。
「……この量をか?」
「ん? そだよ?」
え、ダメ?
「……突っ込むな。普通は武器ぐらいしか収納できないが、突っ込むな……」
「だから口に出とるがな」
グランバートさんが自分に言い聞かせるマンになっとる。
「よっと」
コピーした本を亜空間収納にしまう。
ついでに地面も直して、私たちがいた痕跡をなくす。
「じゃ、さっさと出て妹ちゃんとこ行こー」
「ああ。魔獣に見つからないように、慎重に戻るぞ」
「あ、だいじょーぶよ。降りてくるときにマーキングしといたから、それを辿って【壁抜け】で一気に地上まで出られるから」
グレースちゃん出来る子。
「……突っ込むな。接地していない天井にまで効果を及ぼすなどあり得ないとか、攻城戦の常識が変わるとか、突っ込むな……」
「……それ、もーいーよ」
その逃げちゃダメだ逃げちゃダメだみたいなやつ、上に出たらもうやめてね。ちょっとウザいから。
「じゃ、行こ……っ!」
……なんで私はここで気付いてしまうのか。
魔法で地上まで出るには、再びグランバートと手を繋がないといけないということに。
「……ん」
「っ!?」
いや、んって! んって言って手出してきた!
お手て出してきたよこの人!
かわいい! 鬼かわいい!
「……早くしろ」
「へ、へい」
あかん。ちょっと照れくさそうにしてるその横顔が愛おしすぎる。
超絶イケメンの氷の皇太子がそれはズルいわ。
「……い、いくよ」
「……ああ」
こうして私たちは二人して真っ赤な顔して地上に戻ったのでした。
魔法のために手はしっかりぎゅっとしてね。ま、魔法のためにね。
氷の皇太子様の手は、けっこうおっきくて暖かかった……。




