24.私はあいつがホントに苦手で。こいつはホントにずるいヤツで。
「……抜き足、差し足、千鳥足……」
「……つっこまなくてもいいか?」
「はい。大丈夫です。スルーしてください」
「はぁ……」
「おいっ」
ため息をついていいとは言ってない。
サイードの実家のお屋敷に忍び込んだグレースちゃんとグランバート。
お屋敷の玄関にも敷地に張られていたものと同じ結界があったけど、それも華麗にスルーして見事にお屋敷に侵入したシゴデキな私たち、素敵。
「んーで?
どこの何を調べるよ?」
隠してある秘密の資料を探すって話だけど、自分のもんでさえ見つけらんなくなる私に人が隠した資料とか見つけんの不可能よ? あ、私には期待してない? そうですか。
「……まあ、定石から言えば地下だろうな。隠し部屋なんかもあれば分かりやすいのだが」
「あー、そんなら任せて。
私の感知魔法、構造把握もできるから」
ショッピングモールとかにある案内板みたいにこの屋敷がどんな構造をしてるのか、秘密の部屋があるのか、そういうのが分かる便利仕様なのよ。
あ、もちろん3D映像で俯瞰して視ることもできるよ? そうじゃなきゃ魔力を感知してもその人の座標が分かんないもん。むしろ他の人はそっちだけみたいね。
「……感知魔法は生物の魔力を把握する魔法のはずだが?」
「まー、それの応用みたいな?
ほら、土地って何でも微かに魔力を帯びてるじゃん。
そんで皆も魔力を感知するときに、無意識にその周辺のマップまで把握してるやん?
私はそのマップ部分だけをピックアップして、正確な土地情報を感知してるのよ。
どっちかといえば探知魔法かな。
たぶん練習すれば皆すぐにできるようになると思うよ?」
たぶん、感知魔法は敵や味方の位置を知るものっていう既成概念があったから皆これまでやってなかっただけで、その前処理である周辺マップの把握だけをやるのなんてきっと簡単だと思う。
「……そんな概念は今まで存在していなかった」
あ、やっぱり?
魔法なんてものが存在しない世界からやってきた私だからこその発想ってのもあるんだろうね。
「まー、やってみそ?
普通の魔力感知は生物の放つ魔力に焦点を合わせてやるけど、そのピントを合わせる前の段階の、全体把握の状態で魔法を維持するのよ。
そしたら次第にぼんやりしてた景色の方が視えてくるようになるから」
この世界にはカメラがないから説明しづらいけど、被写体じゃなくて背景にピント合わせるイメージなのよね。
「……本当だ」
「早っ」
グランバートは少しだけ目をつぶったと思ったら、どうやらもうできたらしい。
さすがはグランバート。さすグラ。
「うんうん。ちゃんと地下の最深部まで把握できてるね。初めてにしては上出来すぎるわ。
今は私が代わりにグランバートの感知魔法を隠してるけど、慣れればこの構造把握の方の探知魔法は人にバレずにできるようになると思うよ」
「……これは、戦争の構図が塗り変わるな」
え、そ、そうなの? そんなですか?
「……えーと、深夜の潜入って、なんかワクワクドキドキするよねー、きゃー」
「……話題を変えて誤魔化そうとするな」
バレてーら。
「え、いやー、そんなオオゴトなやつですか?」
あれ? なんかやっちゃいました? ムーブをかましたつもりはないのよ。あ、でも、あれは無自覚でやるものだから合ってるのか。いや、合ってちゃダメなのよ。
「特に守る側からしたら大変な事態だな。
避難壕や隠し通路なんかが機能しなくなる。王族を逃がすための城の隠し通路が露呈すれば、その出口に兵を配置されるだけで逃げ場がなくなる。
他にも、敵地に攻める場合でも偵察や測量の必要がなくなる。
隠密性を高められるんだろ? 攻めたい相手に気付かれることなく地理を把握できるんだ。下手したら闇雲に攻めていっても、戦力が揃っていれば勝てるぞ」
「……それは、侵略国家とか盗賊が大喜びだねー」
「理解したなら、このことは俺とお前だけの秘密だ。いいな?」
「ういむしゅー」
「……いいな?」
「はい。すみません。了解です。かしこまりました」
探知魔法は隠密性を高められるけど、その分向こうの隠密系の結界魔法にも弱いからそこまで万能じゃないのよね。だから私も屋敷の結界に入ってから使ったんだけど……、
「なんだ?」
「いや、なんでもないでしゅ」
もう余計なことを言うのはやめよ。
年を重ねるごとにちゃんと怒られるのがしんどくなんのよね。
前世で、やらかしたことをママに隠してたパパがよく怒られてたけど、私はちょっと気持ち分かってたのよ。おっきくなってからまで怒られたくないもん。
グランバートに怒られるのはそんなに嫌じゃないけど……クセになっても困るし。
「……しかし、さっきの探知魔法で分かったが、この屋敷、ただの貴族の屋敷ではないな」
あ、真面目モードに切り替えですね、おけおけ。
「そーね。地上には隠し部屋いろいろだし、地面の下に三階層の地下フロア。
いかにも悪の秘密組織のアジトって感じよね」
しかも地下には無駄に広い空間とか、明らかに牢屋っぽい連続した小部屋とかあるしね。
「全てを調べている余裕はないな。
グレース。お前、【特定探査】は使えるか?」
「あー、特定のモノがそこにあるかどうかを調べる魔法? 一応使えるけど、あれってあんまり信憑性ないんでしょ?」
なんか、人の第六感みたいなのに作用して発動させるやつで、ダウジングとかフーチみたいな感じの、前世でいう超能力とか霊感の類いの魔法なのよね。
私ってば、占いとかあんまり信じない系のJ
Kだったから、この物語で出てきたときもただのご都合魔法だと思ってたのよ。
あ、ちなみに光の魔法ね。
「それは練度が足りないからだ。
真に高位の術者ならば行方不明者や、他国にある装飾品でさえ見つけることが容易だと聞く」
「それって予言者とか大賢者とか、そういうレベルの人の話でしょ。
基本は占いレベルじゃん」
「ん? だが、お前ならできるだろ?」
「ぬぐぅ」
なにその信用しきった顔は。
お前ならできて当然だろみたいに言わんといてよ。なんかちょっと嬉しいやん。
「しょ、しょーがないなー。やってあげるわよ。
んで? 何を調べればいいの?」
グランバートは分かってるだろうけど、具体性が高くないと特定なんてできないのよね。
「……お前の父親に関連する情報全てだ」
「……私の父親?」
なぜに?
「本当は組織に関する情報が記載されている資料が欲しいが、それを具体的にイメージするのは難しいだろう。
グレースがイメージしやすく、かつ組織に関連するものといえばお前の父親がベストだろう」
「なーる。サイードさんの家とウチとは表向きには付き合いがほとんどないものね。
それなのにここにお父様に関連する情報があれば、それは十中八九組織に関することってことか」
「そうだ」
よくそんなことパッと思い付くよね。さすグラ。
「うっし。じゃーやってみる」
目を閉じて、手のひらを下に。
地面に魔方陣が展開される。あ、もちろんこれも隠匿魔法で隠してるよ。
「……【特定探査】」
魔方陣を中心に青白い光が屋敷全体に走る。
上にも下にも、余すことなく。
「……」
地上階にはない。
探知魔法とは違うから、屋敷の構造は度外視して光が球状に走っていく。
もっと深く。地下に、地下に……。
「……あった」
「どこだ?」
伝播していく光に反応して強い光を放った場所。
それを探知魔法で読み取ったマップと照らし合わせる。
「……地下三階。最深部ね」
「まあ、そうなるか」
重要な資料ならそりゃ厳重に保管するよね。
「だが、これで確定したな。
この家は組織の息がかかっていて、グレースの父親とも繋がっている」
「そうなるわね」
ホント、どこまで手を伸ばしてるのか。
物語でもどの貴族が組織に属してるのかはそこまで明確じゃない。
だって物語の本筋は帝国に行ってしまったルミナリアと、そこにいるグランバートのお話だから。
二人がイチャラブしてるうちに王国はグレースと組織に乗っ取られてたからね。
だから、私も誰が敵で誰が味方なのか分からない。
「……急ごう。
屋敷の人員配置は?」
「警備は最低限ね。
深夜だから住民はだいたい寝てるわ。
結界を過信してるみたいで地上には見張りはいない。
ただし、地下への扉には見張りが二人。
その代わり地下に入っちゃえば人はいないわ。魔力反応はないもの」
「そうか。見張りはやはり倒すしかないな。
賊の侵入はいずれにせよバレるんだ。妹の誘拐ついでに屋敷を調べていてもおかしくはあるまい」
「ふっふっふっ」
「……なんだ?」
それがそうとも限らないんだなー。
「そこはグレースちゃんにお任せあれ!」
「……不安だ」
正直者かっ!
「……あそこだな」
鋼鉄製の重厚な扉。
その前に全身鎧を身に纏った兵が二人。
帯剣してるし、魔法も使えるみたい。
貴族が適当に見張りに雇うようなレベルじゃない。王国の魔法騎士レベル。
たぶん、こいつらも組織の一員だ。
「で、どうするつもりなんだ?」
「それは簡単よ。
文字通り、眠っててもらうだけ」
魔力で作った薔薇を取り出す。
緋色の薔薇。
花から微かに淡く光の粒が出てる。
「……【眠れる薔薇】」
薔薇にふーっと息を吹き掛けると、花から出てた緋色の光の粒が見張りに向かって飛んでいった。
「……ん?」
「な、なんだ……なんか、眠く……っ」
その光の粒に包まれた見張りはその場に膝をつき、静かに寝息をたて始めた。
「強制催眠か。
だが、起きたら変に思うのではないか?
まあそれは気絶させても同じだが」
「その辺は抜かりないですぜ。
記憶を曖昧にする魔法を一緒に仕込んでおいたから、彼らが起きたら、『見張りはちゃんとしてたけどちょっとうたた寝しちゃったかな』、ぐらいにしか思わないようにしたのよ」
完璧! グレースちゃん完璧!!
さすがに記憶を消したり書き換えたりってのはできないけど、それぐらいならできちゃうのよ!
「……ちなみにだが、医療行為以外での人体への強制催眠も記憶の操作も違法だからな。
帝国でも王国でも、それは厳罰に処されることになっている」
……え?
「……おーまいがー。グレースちゃん初耳なのです、なのです……なのです……です……(セルフエコー)」
「授業で禁止事項は最初にまず説明され……」
「ど、どうかこのことはご内密にー!」
お頼みしますー。帝国の皇太子様だけどお願いしますー。かわいいグレースちゃんからのお願いだよー。
「……まあ、屋敷に不法侵入している時点で俺たちは同罪か」
そーよー。同罪よー。
「……ふっ。どんどん二人の秘密が増えていくな」
「じゃー、内緒ってことで?」
首こてんして、あざとアピール!
「仕方あるまい」
「やった! グランバート好き!」
「なっ! ……そ、そうか」
「んー?」
どったの?
「な、なんでもない。早く行くぞ」
「あ、待ってよー」
かくして、私たちは屋敷の地下に足を踏み入れたのでしたとさとさ。
「んぎゃー! ヘルプ! へるぷみー!」
「うるさいな」
「これが騒がずにはいられるかってんでい!」
「狭いんだから暴れるな」
「ぎゃー! ムリー!」
「ちょっ! どこを触っている!」
「それ普通は私のセリフ! でもありがとう!」
「……いっそ潔いな」
「でしょー!
ぎゃー! もうムリー!!」
「はぁ……どうしてこうなったのか……」
「みぎゃーー!!」
さて、ここでようやく前回の冒頭のシーンがやってきたのですが。
「騒ぐのはいいが、冷却魔法は解くなよ。気付かれるぞ」
「分かってるよー。それだけは嫌だよー」
「……ったく。お前にこんな弱点があったとはな」
「にゃー……」
私がなぜこんなに怯えているのかというと、
「……蜘蛛は大嫌いなんよー」
そう。蜘蛛が出たのよ。
しかもでっかいやつ。
マンガに出てくるような三、四メートルはあるようなやつ。
地下に入って、最下層に降りるための階段を目指して歩いてたらバッティングしちゃったのよ。
「地下に魔力は感じなかったんじゃないのか?」
「感じてないよー。あれは魔力をもたないタイプの魔獣なのー。物理でごりごりやってくるタイプのやつなのー」
「厄介なタイプだな。
まあ、あれが熱源感知タイプで助かった」
そう。それで倒しちゃうと後処理が面倒だからって二人で頑張って逃げてて、グランバートが掃除ロッカーみたいなのを見つけて、そこに入るぞって二人で入ったのよ。
そんで、グランバートがこのロッカーの外側を凍らせろって言うから冷却魔法でロッカーを凍り漬けにして、二人で息を殺して蜘蛛がどっか行くのを待ってるわけ。
「目とか耳とかはよくないやつってこと?」
「そうだな。
そもそも姿や音はグレースの隠匿魔法で抑えているし、魔力も隠している。
それ以外で俺たちを感知するとしたら振動か熱だ。そして、奴は熱を感知するタイプの魔獣のようだ」
「そ、そっかー」
蛇とかみたいなもんだねー。
「大丈夫か?
顔がずいぶん赤いが、そんなに蜘蛛が怖いか?」
「え? あ、う、うん。それは、そうなんだけどさー」
「?」
こいつは何も思わんのか。
皆さー、掃除ロッカーってイメージつく? ほら、学校の。
あの中にこんな超絶長身イケメンと密着して二人きりよ?
もーーーー、そんなん恥ずかしすぎるやろがい!!
しかも外にバカデカ蜘蛛がカチャカチャしてるっていう吊り橋効果演出まで。
いいの? こんなんお金発生しないの?
「おい、大丈夫か?」
くそう。
なに平気な顔してんだ。
もっかいお尻触ってやろうか。あんたの柔らかくも硬いお尻の感触を私は生涯忘れないからな、ありがとうございます。
「……あれは、ブラッドブラックスパイダーだな。
本来は帝国でも魔の森の最深部にしか現れない魔獣だ。
日の光が届かないから熱源感知に特化したのだろう」
「……」
なに普通に解説してんの?
もっとドギマギしてよ。私と密着してんのよ?
私のこと、そんなに眼中にないの?
もっと胸を押し付けてやろうかしら。この見事で豊満な……いや、やめよ。私が恥ずかしいだけだ。
「……グレース?」
「ん?」
「本当に大丈夫か?
さっきから体も妙に熱いが」
「っ!?」
くそう。おでこに手を当てるな!
冷たくて気持ちいいぞ!
てか、体が熱いとか言うな! なんかエロい!
「おい?」
「っ!?」
いや、近い近い!
顔を近付けないで! グレースちゃんのライフはもうマイナスよっ!
「……う」
「う?」
「うわー! もうムリー!」
「うおっ!?」
こんなご尊顔をこれ以上近距離で見てたら私の脳みそ沸騰するわ!
イケメンは画面越しに観てるぐらいがちょうどいいのよ!
「出るー! ここからもう出るー!」
「お、おい。まだ駄目だ。
まだ奴の感知範囲だぞ」
分かってるよー。分かってるけどもう限界だよー。
顔真っ赤だもーん。全身熱いもーん。そんなんバレたくないもーん。
「わーんっ!」
「と、とりあえず静かにしろっ!」
「ふむぐっ!」
なんかおでこに当ててた手で口を塞がれたんだけどっ!!??
「むー! むー!」
うおー、離せー! と言っております。
「……実際、お前なら振り払おうと思えば振り払えるだろ?」
「ぬむぐっ!?」
バレてーら! てか、急に目を細めてじっと見つめてこないで! と言っております。たぶん。
「……いいから落ち着け。
でないと、今度は俺の口でお前の唇を塞ぐぞ」
「……ぴょっ!?」
「ぴょっ?」
こいつはいったい何を仰っておられるのですかねバカなんですかね変態なんですかねそれはどういう意味なんですかねそういう意味なんですかねどうなんですかねなんなんですかねしたいんですかね私もしたくないと言えば嘘になりますけど今じゃないじゃないいやなに言ってんの私、と言っております。
「……あ」
「おいっ!?」
そうして、力尽きてその場に倒れ込む私なのでした……。
イケメン耐性なさすぎでござい……ぐふっ。
「わ、悪い。調子にのった……」
そんな私を逞しい腕で支えてくれて、申し訳なさそうな顔をする氷の皇太子。
ずるい。あーたホントずるいよ……。
「……ホントよ」
そんなグランバートの顔を見るのが恥ずかしくて、私はハーフツインの髪を顔の前でクロスして隠れたのでしたとさ……。




