21.メガネの奥の真実と、ウチのメイドを見つめるバカな皇太子様……ふん、バーカ。
「ファーーーー……」
空高く飛んでいくサイード、メガネとともに……。
私はそれをキャディーさんみたいに見上げるしかなく……。
「あ、やべ」
じゃないよ。
あんな高さから落ちたら死んでまうわ。
サイードさん、完全に意識ないっぽいし。
「……【エアクッション】」
風の魔法で落下速度を軽減。
ついでに着地時にもう一度発動するようにして無傷で地面に落ちてもらう。
「ふー。これでひとまずはあんし……」
「……グレース」
「はい、すいませんすいません」
背後からグランバートさんがお声を。
呆れてるのと怒ってるのの混合されたお声。
とりあえず謝っとこ。
でも顔を見るのが怖いから背を向けたままでお願いしますです、はい。
「こっちを向け」
「イエッサー」
命令されたので、はい従います。
くるりとグランバートと向き合う。
今ごろメガネさん……サイードさんは無事に着地したはず。
「……?」
あれ? 怒ってるかと思いきや、なんだか心配そうな顔?
「ケガはないか?」
「わぷぷっ」
そんで急に近付いてきて顔をペタペタ。
なんやねん。
乙女の顔面を下から覗くなっ、あーんどペタペタ触るなっ。
「ケガなんてするわけないやん」
サイード相手なら寝ててもケガなんてしないわよ。
「……そうか」
なんだかホッとしたような顔。
正直、ちょっとカワイイ。
「……では、まずは俺に合図を送らなかった言い訳を聞こうか」
あ、これ怒られるやつだ。
「と、いうわけでですね。
あんまりご迷惑をおかけするのもなーと思いましてね……」
「……」
その後、グランバート様から小一時間ほどお説教をくらうグレースちゃん。
サイードはそのまま森の中で気を失ってるからいいけど。いや、良くはないけど。
「……」
「……わぷっ?」
話が終わると、グランバートが私の頭にぽふっと手を置いた。
なんなん?
「……迷惑などと言うな。
それは俺を心配させるだけだということを忘れるな」
「……え、と、すいません?」
「次からはちゃんと俺に言うな?」
「はい。言います。嘘つきません」
「……よろしい」
なにその笑顔。
満足したみたいなクシャッとした笑顔。
クール系氷属性皇太子なんじゃないの?
ズルい。あんたズルいよ。
あんたちょっとズルい男だったねー、よ。
頭ナデナデすんな。惚れるぞ。
「では、とりあえずアレを回収するか」
「そだね。起きたら何て言おっか」
ちょっとだけアレのことを忘れかけてたけど、回収せねばならぬぜよ。
「……そうだな。このまま埋めるという手もあるが……」
「埋めるなっ!」
急にいなくなったら大騒ぎでしょ!
しかもここに来ることを誰かに言ってるかもしれないのに!
あれ? なんか証拠がなかったら埋めてもいいってことになってない?
「ま、とりあえず行こう。
どうするかはあちらの出方次第だな」
「おっけー。でも埋めるのはなしね」
「……」
「返事せい」
てなわけで、私たちはメガネ……サイードを回収しに森の中に入っていったのでした。
「メガネあったよ!」
「……いや、サイードいた、だろ」
いや、なんかもうメガネイコールサイードやん? そういうネタやん?
「うん。どこも怪我してない!」
地面に倒れてるサイードだけど、私がぶん殴った顔面も綺麗なものだし、服が木の葉とか土とかでボロボロなだけで他に外傷はないみたい。
さすがは私。ナイス手加減。サスワタ。
「見事に気絶してるねー」
黙って寝てるといい顔してるんだけどなー。性格がクソだからなー。
「んで、どうしよっか。とりあえず起こす?」
サイードの出方次第なんだっけ?
「……とりあえず止めを差して埋めるか」
「……え、そのボケまだ引っぱんの?」
あんまやりすぎるとサイコヤロウみたくなっちゃうよ?
「……だって、お前に刃物を向けたから……」
「……グランバートさん?」
あんたなに言ってんの?
なにちょっと口尖らせてんの?
は? かわいいかよ?
「いや、だからって殺そうとしないの」
「しかし、始末して埋めてしまえば……」
「すぐ埋めようとすんな、お前は」
待て。ハウス。
「じゃー、とりあえず起こすよ?」
「……仕方あるまい」
不服そうにすんな。
あんたもたいがい可愛いな。
「……」
「どうした?」
気付けの魔法をかけようとしたけど、そういえばと思い出したことがある。
「そういや、なんで私って殺されそうになったんだろ」
「お前が勝手に俺と婚約していたからだろ?」
あ、グランバートは私たちの会話を聞いてたわけじゃないのか。距離的に聞こえなかったのかな。だから初動が遅れて私を助けるのが間に合わなかったのか。
「いんや、その話は解決してたのよ。
私が事前情報通りの悪女で、クロードとの婚約も普段のヘタレ具合も、その全部が演技で、全ては父親からの密命を果たすための、ライト殿下に近付くための嘘なんだって。
それをサイードに伝えて、それで万事解決なはずだったのよ」
「……本来であれば、グレースは問題なく密命を遂行中だとしてそのまま放任されるはずだな」
「でしょー?
なのにさ。その話を聞いたら『なら、死んでもらうしかないですね』みたいなことを言って、斬りかかってきたのよ」
思わず、なんでやねん! ってなったよね。
「……サイードには、そうでない方が良かった?」
「ほえ?」
「……いや、とりあえず起こしてくれ。
話が聞きたい」
「ほーい」
そうね。結局は本人に聞かないと分かんないわよね。
「……【起床】」
私はサイードに両手をかざして、気付けの魔法をかけた。ちなみにこれは光の属性の魔法ね。
「……う」
魔法をかけると、サイードはすぐに意識を取り戻した。
メガネの奥の目がゆっくりと開く。
「……わ、私はいったい……ハッ!」
サイードは少しだけぼんやりしていたけど、私とグランバートの姿を認識すると、ハッと我に返って飛び起きた。
「……貴女は……貴女は…………」
サイードは私たちと距離を取ると、困惑したような目で私を見てきた。
「あ、ちゃんと覚えてるのね。
ごめんねー。けっこう強めに殴っちゃった。
でも手加減はしたから怪我とかはないよ」
あ、悪女キャラ忘れてた。まあ、もういっか。これはこれで悪女キャラっぽいし。
「……私は、王国の魔法騎士団にも引けを取らない戦闘能力があるのですよ?
それを、私の魔法ごと無理やり魔力で吹き飛ばすなど……」
あー、やっぱりサイードさん強いんだね。
こんな男爵令嬢がそんな人をぶっ飛ばしたら、そりゃビックリ仰天よね。
さて、どうやって幕引きすればいいんじゃろ。
「……サイード。貴様に聞きたいことがある」
おや。ここでグランバートさんがずずいと。
あんた、もう態度を隠すのはやめたのね。
どうせ埋めるんだから、とかもう言わないよね?
「ひっ!」
グランバートを見て、ジリジリと後退るサイード。
無理もないよね。
グランバートさん、メチャクチャ怖い顔してるもん。
氷の皇太子の本領発揮しとるもん。
顔面クロード君だけど、雰囲気はグランバート様だもん。
横にいる私もおしっこ漏らしそうな怖さだもん。
「……貴様は」
「い、命だけはっ!」
グランバートがサイードを問い詰めようとすると、サイードが焦った様子で地面に膝をついた。
土下座して命乞いでもするんだろうか。
「お願いします!
どうか、どうか妹の命だけは見逃してくださいっ!」
サイードはそう言うと、地面に頭を擦り付けた。
「!」
「!」
おや?
「……どういうことだ?」
グランバートも少しだけ表情が緩まる。
「あっ!
……え、と、その……」
サイードがしまったという顔をした。
思わず口から出てしまったみたい。
「……お前、本当はグレースの父親の一派ではないのか?」
「へ?」
どゆこと?
「……い、いえ、私は、貴方方の組織に、決して逆らうなど……」
うーん。これはなんか……。てか、もうちょい情報が欲しいなー。
あ、そだ。
「……おーい。ステラさーん」
「お呼びでしょうか、お嬢様」
「!?」
「ひっ!」
私が適当に森を見上げて呼び出すと、どこからともなくメイド服姿のステラが現れて、私の前に膝をついた。
グランバートもサイードも驚いてる。
うん。私も驚いてる。
私の感知結界にも引っ掛からないのよ、この人。
きっといるだろうなって適当に声かけたらホントにいるんだもん。
まあでも、ちょうど聞きたいことがあったから良かったけど。
「サイードのことは調べられた?」
「はい。大方は」
さっすが。ウチのデキるメイドさん。
「彼は養子です。
元は没落した貴族の出自。
類いまれなる魔法の才能を見出だされ、それを組織のために使うことを条件に、病弱な妹の面倒も含めて今の家の世話になっているようです」
「な、なぜそれを……」
個人情報漏れ漏れな状況にサイードさんも困惑。
ウチのメイドさんはやる女なのよ。
「ふむふむ、それで?」
「しかし、訓練して鍛えられたその力で人を手にかけることに彼は抵抗を感じていました。
組織はしかしそれを見抜いていて、逆らえば妹の命はないと彼は脅されていたようです」
「……」
「あー、よくあるやつだ」
てか、それだとサイードさんいい人やん。
ま、人を殺してる時点でいい人もなにもないんだけどさ。
「でも、なんでそれで私を殺そうと?」
それこそ組織とやらに逆らう行為なんじゃ。
私は裏切ってないって分かったわけだし。
「おそらくは……」
「……殿下には、お世話になっているのです」
「ん?」
ステラが答えるより先にサイードが口を開いた。
……ん? てか、なんかグランバートさんすごい驚いてない?
ステラさんのこと見てる? え、惚れた? ウソでしょ? それはやだな……え、私やなの?
「殿下は本当に良くしてくださいます。
こんな、血で汚れた私を気にかけ、世話を焼いてくれます。
殿下もルミナリア様も妹とは面識があり、特にルミナリア様は妹を可愛がってくださってます。
だから殿下を貶めるような、謀るような組織の密命には従いたくはなかった……しかし、組織に逆らえば妹の命は……だから、せめて貴女は学院での姿のように腑抜けた存在であってほしかった。密命など達成できようもない、愚かな女であってほしかったのです」
うーん。複雑な心境だったのね。
ライトを裏切りたくないけど妹の命がかかってるから言うこと聞かないわけにもいかず。
どっち付かずのまま私の意向を確かめることになり……って感じ?
「……しかし、貴女は賢かった。悪どかった。そういった意味で、愚かだった。
……そして、強かった。
だから私は殿下のために、この国のために貴女を亡き者にしようと。
そしてその足で妹を連れて、どこか遠い国にでも逃げようと思ったのです」
「なーるほどねー」
サイードさんにもいろいろあったのねー。
てか、私の父親のとこの組織ってやっぱりクソじゃね?
これはもうやっぱり早いとこ潰しとこ、うん。
「……ひとつ聞きたい」
「……なんでしょう」
ここでグランバートさん登場。
なんかステラ見て惚けてたけど戻ってきたのね……ったく。
「妹の容態は? 治る見込みはあるのか?」
あーそーねー。そもそも連れて逃げられるのかって話だし。
「……良くは、ありません。
私自身が水の属性ですし、治癒の魔法は幾度となく試しましたが、どうもそういう類いのものではないらしく……」
治癒の魔法はけっこう表層的な治癒がメインだからね。
戦場での外傷とかには強いけど、病気の類いは治せないものが多いのよね。
「ルミナリア様は?
あの人の治癒の力なら病気も治せるんじゃないの?」
そうそう。ルミナリアは病さえ治す特別な魔法をもった闇の属性。
それで皇帝の病を治したことでグランバートの婚約者として認められるのよね。
「……貴女がなぜルミナリア様の力の詳細を知っているのですか?」
「……あ」
やべ。
病気まで治せるなんて知られたらルミナリアが危ないからってことで、あくまで普通の治癒魔法の強化版なんだよって世間では言われてるんだった。
うわ。グランバートさんの冷たい視線とステラの呆れた視線が私を突き刺してる。
なんで私がそんなことを知ってるかってのはもういいとして、それを安易に漏らしたことに対しての二人の視線が痛すぎる。
どーしよー。なんて言い訳する? え、もう埋める?
「え、えーと、お父様から、そんな噂があるって聞いたことがありましてー」
「……そうですか。組織はもう、そこまで……」
あ、なんか納得してくれたかな。
でも噂ってことにしてるから。組織の人が知らなくても平気だから。
サイードが持ち帰って誰かに言っても平気だから、たぶん……。
てか、王族に連なるような高位貴族ならけっこう知ってる人はいることだったような気もするし。
「……殿下とルミナリア様には、妹のことで力を借りることはできません」
「なんで?」
あの二人なら力になってくれるよ。
「……あの方々ならば、きっとにべもなく手を貸してくださるからこそ、です。
ルミナリア様の力の恩恵に与るには厳しい基準が存在します。
これは機密とルミナリア様の安全のために王が定めたこと。
本人たちとはいえ、それをおいそれと破るわけにはいきません。
そして、妹はその基準を満たしてはいない。
それに組織は根深い。
王の定めたルールを破って殿下たちが手を出せば、組織は回りくどいことをやめて直接お二人に手を出してくるかもしれない。
王の定めた法を破るような連中だとして、何を言われるかも分からない。
それだけルミナリア様の力は強力です。
お二人の力で妹を救っていただけたとしても、それでは今度はお二人が組織に狙われる。
それでは、駄目なのです」
「あー、真面目なんだね、サイードさんは」
「ふっ。そうかも、しれませんね」
本当はなりふり構わず妹を助けてもらいたいのに、ライトたちには世話になってるからって迷惑をかけないようにしてんだね。
んで、結局全部を自分一人で背負いこんで。
「うん。サイードさんは真面目でバカ!」
「バ、バカっ!?」
「そう! 本気のバカ!」
ズバリ! 指を差してあげよう!
「お嬢様。そこまで言わずとも」
「いーや、言うね!
大事な家族なら、なおのこと助けを求めるべきだね!
で、皆でどうしよっかって悩めばいい!
一人で悩んでもいい考えなんて出てこないんだから!
相談大事!
報告連絡相談! ホウ、レン、ソウ、じゃよ!」
「そ、それができたら……」
「うん。頑張ったね。
一人で頑張った」
サイードさんの肩にポンと手を置く。
「だから、私が助ける」
「……え?」
「大丈夫。私は強い。
サイードさんと妹ちゃんを脅かす奴は私がやっつけてあげる!」
泥船に乗ったつもりでいてくれい!
「し、しかし、どうやって……」
「分かんない!」
「……はい?」
「なので、助けてください!
クロードさん! ステラさん!」
私はおバカなので、頭いい人たちヘルプ!
「やれやれ。お嬢様は相変わらずお嬢様ですね」
どういう意味だい?
「分かりました。私でよろしければ、微力を尽くさせていただきます」
「あざます!」
ステラの微力はパないよ!
「……」
んで、グランバートさんはー……チラッチラッ。
「……サイード。ひとつ聞きたい」
「な、なんでしょうか」
また質問ですか?
「……ここまでの話。嘘ではないな?」
「う、嘘などではありません!」
いやいや、これが全部嘘だったらハリウッド女優も真っ青よ……え、嘘じゃないよね?
「……メガネを外して言え」
「……」
あ、そか。
サイードさんのメガネには表情とか感情を読ませないようにする軽い認識阻害の魔法がかかってるんだった。
「……」
サイードさんがメガネを外す。
「誓って。嘘などではありません」
「……」
サイードは真っ直ぐにグランバートを見て、そう宣言した。
グランバートはその目を真っ直ぐに見つめ返す。
魔法の類いは使ってない。使っててもグランバートなら無効化できるけど。
てか、イケメンとイケメンが真剣な顔して見つめあってるとか……いや、いかんいかん。今はシリアスシーンなんだから。自重しなさい、グレース。
「……いいだろう。
俺も出来る限りのことはしよう」
「あ、ありがとうございますっ」
少しすると、グランバートはこくりと頷いてそう返した。
どうやらグランバートのお眼鏡にかなったらしい。メガネだけに……うん。
「んね?
こうやって頼れば、みんな力を貸してくれるのよ」
「お前は少し頼りすぎだけどな」
「それは私も少し思います」
「な、なにおうっ!」
ステラさんまでっ! 裏切り者ー!
「……ふふ。そう、ですね」
メガネを外して笑うサイードは、いつもより素直で幼く見えた。




