11.完全アウェーな教室にも味方がいるから嬉しくて、先生はなんだか適当で、果たして私はお花を摘みに行けるのかしら?
「……」
「……」
「……」
「……アレか」
「やっぱりルビー様と……」
「……」
わーい。
スーパーハイパーアウェーだねー。
「……何やら、あまり空気が宜しくないですわね」
「ふむ。そのようですな」
あ、ルビーもガルダも気付いてるのね。
ライトと違ってお二人は空気読めるようで何よりですわ。
クラスの人たちの冷ややかな視線。
それは余すことなく私に注がれてる。
その中心にいるのが、さっきのサイード。紫髪の生徒会長タイプ。
「……」
あれはもう、私のことを完全に敵視してるよね?
なんかもう親の仇みたいな顔して見とるよ?
「グレースさん。
あまりお気になさらず」
「そうだぞ。ルビー様の寵愛をいただけているだけで羨ま……光栄だと思うのだ」
「はい。お二人とも、お気遣いいただきありがとうございます」
ガルダ。あんたみたいな正直な奴、けっこう好きよ。
二人とも優しいよね。ありがとう。
ルビーとガルダとともに教室の奥、窓際の真ん中辺りの席に並んで座る。
他の生徒の視線から守るように、私を窓際の端にしてくれた。
ホントは一番後ろに座ろうとしたんだけど、そこには既にグランバート扮するクロードが座していた。
良かった。グランバートも同じクラスなんだね。
私は思いっきり視線を送っちゃったけど、グランバートはこっちをまったく見てなかった。
興味がないフリをしてるのか、初対面を装ってるのか。
その辺の身の振り方も打ち合わせしておくべきだったね。
とりあえずは向こうから接触してくるまでは私も知らぬ存ぜぬで通すとしよう。
「……」
ガルダのデカい図体のおかげでクラスメートからの容赦ない視線は軽減されたけど、それでもまだまだ視線はバチバチ感じる。
ルビーが番犬みたいにガルルルしてるのに、よくそんな分かりやすく視線送れるね、皆。
あ、それとも一般人なら気付かないのかな?
無意識に感覚系の強化魔法をかけてるから、普通の人ならそこまで気にしないレベルの意識とか視線とかにも反応しちゃうのかもね。
「……」
せっかくだから、自分からその視線を探ってみる。
何を意図しているかを調べるんだ。
勘の鋭そうな人は避けよう。
サイードなんかはダメだね。
「……」
なるほど。
女子と男子で私に対する視線の正体が異なるみたい。
まあでも、どちらも嫉妬が優勢、かな。
女子の方は圧倒的に嫉妬が多い。
どうやらルビーにお近づきになりたい女子生徒が、どうして男爵令嬢なんかが? みたいな感じで私を見ているみたい。
友達がいないみたいなこと言ってたけど、利害云々抜きにすればルビーは人気があるみたいね。
ま、その中から利害抜きにルビーと仲良くしたい人を選別するのはムズいんだろうな。
で、男子もルビー絡みの嫉妬はあるけど、何よりも私の容姿に目が向けられてるみたい。主に胸に。
「……はぁ」
男子って、ホントにどの世界でもこんなんなんだね。
あれ、こっちが気付いてないとでも思ってんのかね。
前世でも、私が絶壁の支配者だって分かってるはずなのに、チャンスがあれば視線を向けようとしてたもんね。
まあ確かに、今の私はちっちゃくてお胸が大きくてめちゃくちゃ可愛いから気持ちは分かるけどさ。こんなん、女でも見ちゃうもん。
おおかた、側室あたりにでもしようとか思ってんのかな。
男爵令嬢なら高位貴族が通う王立学院なんて玉の輿でしかないもんね。
きっとチョロいとか思われてんだろーな。
どうしよ。
一発ぶちかまして分からせてやりたいけど目立つのはイヤだな。
ここは怒らせないように、かつ調子にも乗らせないように巧妙にかわしていくのが一番よね。
「!」
あ、そうだ。
ひとつ良いこと思い付いた。
あとで頼んでみよ。
「……と、言うわけだ!」
「なるほど! さすがは殿下です!」
「はっはっはっ! そうだろうそうだろう!!」
その時、遅れて歩いてきていたライトとルミナリアが教室に現れた。
瞬間、教室の空気が一変する。
ざあっと教室が色めき立ったんだ。
「ライト殿下。相変わらず凛々しい!」
「ルミナリア様は今日も麗しい!!」
「ああ。なんてお似合いのお二人なのかしら!」
生徒たちが一斉に二人に熱い視線を送る。
私の時とはずいぶん違うじゃねえかい、おい。
どうやらライトとルミナリアは物語通り周囲から慕われているみたいだ。
よくこんなトコに割って入ったね、私。
「!」
そして、そのままライトはなぜか壇上に。
ルミナリアはライトにバレないように軽くため息をついてからライトの斜め後ろに。
「諸君! 私があの第二王子たるライトだ!!」
うん、知ってる。てか、あのってなんやねん。
「私がこのクラスに来たからにはもう安心だ!」
……何が?
「諸君は私に追い付けるように精一杯勉学に励むといい! はーっはっはっはっ!!」
それだけ言うと颯爽と最前列のど真ん中の席に座るライト。ルミナリアはその横に。
うん。中身ゼロなお話ありがとう。
「ああ、なんてありがたいお言葉!」
「私たちに心配なんてないわね!」
「大船に乗ったつもりで学べるぜ!!」
へ? 今のがありがたいお言葉なんどすか?
なんなん、そのセリフが決められたキャラみたいな言葉。
中身スッカスカやったで?
「……」
これ、もしかしてホントに決められたセリフなのかな。
物語的にライトは生徒たちに慕われていて、それを裏切ったルミナリアを皆で断罪するみたいな流れに持っていくために、ライトの周囲からの好感度は始めからマックスに設定されてるのかも?
え、なんかそれ怖くね? さっきまで生き生きしてた周りの生徒たちが、なんだか急に感情のない人形に思えてきちゃうんだけど。
いやいや、それはダメな思考だ。
この人たちは生きてる。私と同じ人間だ。
そこのハードルを下げてしまえば、私はあっさりと越えてはならないラインを越えてしまう。
それこそ、グランバートの言うようにホントに世界の脅威に。魔王になってしまう。
とはいえ、ちょっと気になることもあるから確認してみよう。
「……」
ライトの魔力をじっと見つめる。
抑えることもしてない。確かに一般生徒よりは強くて大きい魔力。
でもあんなふうに威張れるほどじゃない。
魔法という点においてはルミナリアはもちろん、ルビーやサイードにも及ばない。
当然のように私やグランバートには毛ほども届かない。
それが分からないような生徒ばかりじゃないはずなのに、この盲目具合。
王族の権威とかそういうのを加味しても、さすがに色眼鏡が過ぎる。
これはライトを敵に回すのだけは避けた方が良さそうだね。いや、フラグとかじゃなくて。
こういう時の私の危機管理能力は折り紙付きよ。カースト上位陣には逆らわない。これ常識。
「はーい。席につけー」
「!」
そこに先生が入室してきた。
「よし。ちゃんと全員揃ってるなー」
先生はこちらをざっと見回しただけでクラスの生徒が全員いることを確かめた。
さすがは王立学院の教師だね。
無詠唱の風の魔法。
あらかじめ登録しておいた名簿の人員と相違ないかを一瞬で判別したみたい。
てことは風の属性ってことね。
「俺はこのクラスの担任になったソーヤだ。よろしくなー。ふぁーあ、っと」
アクビしたよ、この人。
「……」
掴みどころのない先生だなー。
魔法の実力はそれなりにあるみたいだけど、あんまりやる気はないような。熱意ムンムンでも困るけどさ。
「先生。先生は先ほどの式典の教員紹介の際にはいらっしゃらなかったようですが?」
おお。サイードさん早速質問ですか。
そういやそうだね。
「んー? あー……なんか、良い天気だったから屋上で昼寝してたら終わってたんだよなー」
「は、はぁっ!?」
「……はは」
そういう感じねー。
「あー、いや、教員が全員一堂に介するわけにもいかないだろー。だから俺は屋上から学院全体を警備してたんだー」
先生、もう遅いっす。てか、棒読みすぎるっす。
「……クラスの異動は可能でしょうか?」
「できねーよー。どんまーい」
サイードさん正直すぎ。ソーヤ先生もそれでいいんかい。
ライトとかもいるのによくそんな態度でいられるね、先生。
てか、王子とか学年主席とかがいるクラスをこの先生に任せていいのかね。
学院長はどういうつもりなのか。
「サイード! 口を慎むといい!
ソーヤ先生は俺の戦闘指南も務める優秀な教師なのだぞ!」
「そ、そうなのですかっ!?」
え、そうなん!?
「おー。ライトも俺のクラスかー。
ここでもよろしくなー」
「はい! ソーヤ先生!
こちらでもご指導よろしくお願い致します!!」
あのライトが深々とお辞儀してる。
こういうトコはちゃんとしてるんよね。このバカ王子様は。
「……ソーヤ先生。無礼なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした……」
さっそく謝罪するサイード。
生徒会長もやっぱり王族の権威には勝てないよねー。
「まー気にすんな。
やる気はないけど金はもらってるからな。
報酬分はしっかり働くのが俺の信条だ。
お前ら全員、しっかり育ててやるからそのつもりでなー」
「はい! 先生!!」
心酔しとんなー、ライトさん。
ソーヤ先生はあれだね。傭兵さんみたいな人なんだね。
仕事はちゃんとやるよタイプ。
私はそんなに嫌いじゃないのよ。
どっちかっていうと私もそっちタイプだからね。
やる時はやる。
なんかそういうのカッチョいいやん?
サイードさんは嫌いなタイプだろーなー。
「ま、とりあえずは学院のカリキュラムの説明からいくぞー」
どうやらさっそく説明が始まるみたい。
先生は黒板にカリカリいろいろ書き始めた。そこは魔法使わないんだね。
風の属性ならチョークとか飛ばして楽できそうなのに。
「むやみに魔法使うと怒られるんだよなー。ケチだよなー。学院長」
先生。心の声が漏れてますよ。
さてはさっきの出席チェックはバレないようにやってたな。普通は確かに点呼とかするもんね。
「えーと、まずはー……」
先生の説明はだいたいこうだ。
王立学院のカリキュラムには学問部門と魔法部門と戦闘部門がある。
学問部門は文字通り座学。今みたいに教室で先生の授業をカリカリ受けるやつ。魔法関連の授業以外の、前世の学校でいう体育以外の授業だ。
魔法部門はその名の通り魔法に関する座学と実践。これは教室で授業を受けるよりも外で実際に魔法を使って練習することの方が多いみたい。
で、戦闘部門は主に魔法によらない戦闘の授業。剣術とか槍術とかの武器の扱いやら、組み手なんかの徒手格闘術がメイン。戦術なんかの考え方も教えてくれるみたい。
軍事訓練も行っている学校って感じだね。
現王政が友好関係を結ぼうとしてるとはいえ、この国と帝国は今もまだ仮想敵国。
互いに軍事強化は避けられない状況。
ただでさえこの国は強力な魔法を使えるのは貴族が基本だから、高貴な坊っちゃん嬢ちゃんにも戦い方を教えているんだろう。
軍事の幹部候補、あるいは地方の防衛拠点。そういう存在を揃えていくためのカリキュラムにも思える。
友好関係を画策しながら裏では武力を育てる。
話し合いをするには互いの力関係がある程度均衡してないとだもんね。
王国は同じテーブルに帝国を座らせるためにも学院での育成は必須ってわけね。
「でー、まあ定期的に試験なんかもあるから、皆いい成績取れるように頑張れよー。その結果によって卒業後の評価に繋がったりもするから、実家に恥かかせんなよー」
「……」
皆の表情が変わった。
ここにいるのは高位貴族の子息令嬢。
皆、家を背負って来てるんだ。
学院での成績は就職や嫁ぎ先におおいに影響する。親のあとを継いだ領地経営にも。
なぜなら学院の成績は王のもとにも送られるからだ。
なるべく優秀な人材に領地を任せたいのが王の本音。
ソーヤ先生の言うように、ホントに実家に泥を塗ることになりかねない。
皆、この学院に入った時点でやる気はマックスなんだ。
「ま、俺が全員をそれぞれいい感じに成長させてくから心配いらないけどなー」
「はい! 先生!!」
ライトさんいいお返事。
「……」
うまいな、この先生。
ユルいように見せかけてちゃんと皆に発破かけて、その上でフォローまでしてる。
だてに王子の戦闘指南役をしてないってわけね。
「さ。説明はこんなもんかなー。
少し休憩を挟んだら今日は全員の属性チェックと魔力計測だけしたら解散なー。
俺は時間まで寝るから、こいつが鳴ったら起こしてくれー。おやすみー」
「……寝るの早っ」
ソーヤ先生は教卓に懐中時計を置くと、余っていた椅子を引っ張ってきて、そのまま教卓に突っ伏してスヤスヤと寝てしまった。
懐中時計には今から二十分後の所に赤い印がついてた。あれがアラームの目印みたい。
休憩時間は二十分ってことね。
「な、なんだか不思議な先生ですわね」
「そーですねー」
ルビーもちょい困惑気味。
貴族の指南役ともなれば、くそ真面目なインテリ先生が多いんだろうね。
皆も初めてのタイプの先生に戸惑ってるみたい。
それでも、どうやらホントに休憩時間に突入したんだろうってことで、皆がお手洗いに行ったりウロウロしたり、思い思いに過ごし始めた。
「グレースさんは休憩時間、どうしますの?」
「んー。私はあんまりウロウロしない方がいいような気もしますが、お手洗いには行きたいですかねー」
たぶん、私がウロウロすれば百パー絡まれる。最初のルビーの時みたいに。
『あーら。こんな所に下賤な者がいましてよー』みたいな感じで。
これは前世のメガネくそ陰キャオタクjkだった頃の危険察知能力によるもの。
絶対、そうなるから。もう決定事項だから。奴ら、必ず狙ってるもん。
「では、その、わ、わたくしと一緒に、お花を摘みに、参りませんこと?」
「ぜひ!!」
「ひゃっ!」
これは嬉しい提案!
ルビーがいれば絡んでこないって私の中のアンテナが反応してる。
でも、ルビーまで嬉しそうなのはなじぇ?
「わ、わたくし、その、お友達と一緒に、お花摘みに行くの、初めてで、少し、憧れてましたの」
「あー」
この世界でもやっぱり女の子は連れションがマストなのね。
どんなご都合主義なのか、トイレは前世の感じに近いのよね、この世界。
そうなるとやっぱり女の子はそうなるのね。なんでなんだろうね、あれ。
私もよく友達と一緒に行ってたけど、べつに用を足すわけじゃないのに誘われたら行かないといけないみたいな暗黙のやつあったよね。
「私も嬉しいです。では、一緒に行きましょう。ルビー様」
「はいですわっ!!」
なんかトイレの話でこんなに盛り上がるのも面白いね。
ま、ルビーが楽しそうだからいっか。
「少しお待ちを」
「え?」
「あ……」
が、そんな私たちの楽しいおトイレタイムを遮ってきた輩が。
「グレース・アイオライトさん。少し、お話いいでしょうか?」
「よ、喜んで。グ……クロード、様……」
クロードこと、グランバート様? 笑顔がとっても怖いですわよ?




