第46話のおまけ 民間護衛会社
ただ書きたかっただけネタシリーズ!
その日、「男性の急患が出た」という情報とともに、私が所属している大手民間護衛会社に護衛の依頼が来た。
その日は要人警護の訓練もなく、契約している会社や銀行のパトロールのみを行う予定だったのだが、急遽その男性患者及び家族を病院まで送迎するという重要な仕事となった。職場は緊迫した雰囲気に包まれる。
誰を行かせるか、によって下手をしたら会社の浮沈に関わるというものだから緊迫するのも無理はない。
最初は既婚者が行くのがベストでは、という意見が出たがすぐに既婚者だからこそ誘拐や拉致監禁の可能性がある「病気の男性の警護」には行かせられない、という結論に至った。
時間もない。皆が男性の警護という超一級の難題に尻込みする中、私が手を挙げた。
「田所か」上司は挙手した者が出たことにホッとしたように私を見た。
「では、すぐに護衛対象者の元へ向かってくれ」と指示が出る。了解です、と短く答え、皆の(へまをしてくれるなよ)という心配そうな視線を感じながらフラックジャケットを着込み、特殊警棒を腰に装着する。
警棒を装着するのは単なる義務だ。私の得意分野は柔術とボクシング。武器を使うと却って弱くなる。一応、剣道の稽古もしているのだが未だに小学生にも負けるぐらいに弱い。小学生との身長差が50センチあっても綺麗に「面」を食らうほど弱い。
そんな私が評価を落とさずに済んでいるのは、柔道(力任せに投げる)の成績が同僚の中ではトップクラスであること、捕縛術(力任せに殴って投げて縛る)の成績もまたトップクラスだからだ。車の運転は平均よりやや上、I.Qテストは平均、心理掌握テストでは平均より下という結果が出た。つまり、動揺しやすい脳筋なのである。
なので、仕事では常にスリーマン・セル、良くてツーマン・セル、それも補助的なものだ。
護衛のものがうろたえるなどもってのほか、と普段はサングラス姿に努めて無表情。無駄なお喋りは厳禁。少しだけ情けなく感じてしまう。
そんな現状を打破するには率先して他の者が怖がる仕事をしなければいけない。常々思っていたところに、このビッグな案件が来たというわけだ。正直不安だが、自分のステップアップのため立候補してみた。これでダメなら、この業界とはおさらばだろう。
会社の駐車場に停めてあるドイツ製の高級車へと乗り込み、インカムを付ける。あとは走りながら対象者の情報をインカムから読み取り私の頭に叩き込んでおく。
氏名:立木勇気、性別:言うまでもなく男性、年齢:16歳。その他住所、家族構成など。なるほど、3人家族か。母親と妹と同居しているらしい。
恐らく母親と妹はひどく心配しているだろう。早く行かなければ。
インカムからナビゲーターシステムによる最適な経路が次々と指示される。私はハンドルを二回指で叩き、了解のサインを出す。もうすぐ対象者の自宅だ。
指定された場所は瀟洒なマンションだった。男性が住むところなのだし、当然だろうと納得する。
エントランスにあるインターホンに4桁の数字を打ち込み、依頼者に到着を知らせる。そして私は入り口から車に戻り、不審者がいないか入念にチェックをした。そしてすぐ対象者を車に乗せられるように車の左側後部に立つ。
対象者はすぐに入り口から出て来た。中背の女性が2人、そして、小柄な・・・男性・・・。
私はこれまでも仕事の最中、動揺してしまうことはあった。ある要人警護の際に襲撃に遭い、ベテランの先輩が襲撃者を撃退している間も動揺のためベストな動きができなかったこともある。
今回の動揺はそれを遥かに上回るものだ。それほど今私の視界に入った男性は魅力的だった。私は詩人ではないので、彼を讃め称える言葉を多く持たない。それでも一言、魅力的だ、と言いたい。
必死に動揺を顔に出さないように、彼の母親の顔を見ながら必要な手続きをした。
すぐに彼らを後部座席に乗せ、私は運転席に座る。「急ぎましょう」と、一言言ったあとに(余計なことを言ってしまった)と後悔する。男性はか弱く、気難しいものらしい。こっちが主導しているという印象を持たれたくない。だけど、私は彼の身を案じてそんなことを言ってしまったのだ。
気を取り直して、運転に集中する。ナビゲーターシステムは常に最適な道を選別してすぐに指示をくれるので、事故渋滞でさえも回避できる。何度か道の修正を要求され、私はハンドルを叩き、了解を伝える。今頃会社でもこの車を追跡しているだろう。皆がハラハラしながらモニターを見ている様子が簡単に想像できた。
走ること5分、無事に総合病院の入り口に到着することができた。彼らを降ろすために車の後方へ向かい、ドアを開ける。
その際、彼は奇妙な事を言った。「あれ?料金は?」というもの。私は(体調が悪くて混乱しているのかな?)と思ったが、表情に出さない。
その後、病院のスタッフに引き継ぐまでしっかりと警戒する。その時、彼が私に笑顔でお礼を言った。私は舞い上がってしまい、わずかに口角を上げてしまった。それを打ち消すように一礼する。その後、彼を一瞬眺めてしまった。いやはや、こんなに素敵な人がいるのだな、と。
診察が終わるまで、会社への報告と近くにいる同僚との情報リンクを行なった。今のところ、不審な動きはなし。念のため、車の周囲及び病院の周辺を見回った。
そして、車に戻ると私はようやくひと息ついた。男性の警護は噂通り極度に緊張するものだ。
私は座席に軽く体を預けると、過去の襲撃事件のことを思い出す。
その日は、私が今でも恩師と仰ぐ大内雅恵さんと、とある要人の警護にツーマンで当たっていた。海外進出をしている石油関連会社の社長で、気難しい初老の女性だった。なんでも、取引の際に少々相手を怒らせてしまったようで、脅迫状が届いたり、自宅の周辺に不審者がいたりするので収束するまで護衛を頼みたい、ということだ。
だが、移動の際も、運転が荒いとか、ちょっとそこのコンビニに寄って、とか正直ワガママだった。
社長が「日課にしてるんだ」という公園の散歩にも付き合わなければいけなかった。大内先輩は如才なく社長と接している。大内先輩はあまり上背がないので迫力がないように見えるのか、社長は散々見くびるような発言をした。
私はムカついたが、当の大内先輩は適当に受け流している。
散歩3日目、事件は起こった。その日の散歩では公園の電灯を修理している業者が3人いたのだが、私は気にも留めなかった。しかし、大内先輩は社長の歩みを遮ると、入り口に戻るように言う。私も社長も訳が分からずにいると、電灯の部品を工具箱から出していた業者の動きが止まる。そして、突然こちらに向かってダッシュしてくる。手には、刃渡りの長いナイフが握られており、社長を刺そうと右手を思い切り突き出して来た。
その瞬間、大内先輩は襲撃者の右手首を左手で掴むと、半身を襲撃者にぶつけるようにした。大内先輩の右肘が綺麗に襲撃者の顔面にめり込んでいた。
声もなく倒れる襲撃者の右手を蹴り、ナイフを転がす。
間も無く、作業するふりをしていた2人も襲いかかって来た。1人はスタンロッド、1人は手斧を持っている。私は社長をかばって公園の石垣を背にして見ているしかできなかった。
スタンロッドの女はすぐに大内先輩に「突き」を繰り出して来た。先輩はステップを踏み、難なく襲撃者の左側に躱すとわずかに開いた襲撃者の腕の隙間から右のアッパーで顎を打ち抜いた。崩折れる襲撃者の顔面に左足で蹴りを入れると、スタンロッドを遠くに放り投げた。
残る1人は完全にビビっているが、手斧を振りかざして大内先輩と対峙した。先輩は腰から特殊警棒を取り出すと、左手に装備する。わずかに右足を後方にして、構える。そして、特殊警棒を左上に振り上げた。
襲撃者はそちらに目線をやる。その瞬間、大内先輩の綺麗な右ストレートが襲撃者の顎に入った。失神して倒れた襲撃者の手斧を蹴り、私たちに向き直ると、「逃げますよ」と一言告げて車の方へ移動した。
先輩は車に異常がないかをチェックして、応援要請をする。すぐにその場を離れると、応援と合流する。その間、社長は顔面蒼白だった。私もだ。大内先輩は「このままご自宅へとお送りします」とことも無さげに言うと、車を走らせ、社長の自宅へと送り届ける。
その後、私が動かなかったことを謝ると、大内先輩は笑いながら「最初はそんなもんだよ。慣れるから気にしないこと!」と言ってくれた。この日から私は彼女を恩師と仰ぐようになった。
そんなことを思い出している間に、病院のスタッフから連絡が入り、診察が終わったことが分かった。
病院の入り口で待機していると、彼らが歩いてくる。なるべく彼を見ないように、彼らを車に乗せて出発する。帰りはスピードよりも安全を最優先にした。
自宅へと送り届けると、彼が私に丁寧にお礼を言ってくれた。私は、今度は我慢できずに微笑んでしまった。そして「光栄です」と返事をした。
帰りの車の中では、1人だし思い切りニヤけて帰った。会社では特に事件も事故もなかったことにひとまず安堵の雰囲気だった。あとはクレームが入らないことを祈るだけだ。彼の言葉を信じるなら、クレームは入らない。そう思えた。
私はそれまで結婚、というものに全く興味がなかったのだが、なんだか考え方が変わりそうだ。




