第33話 家飲み
ちょっとだけ長文になってきたかな?頑張ります。
私が会社に到着すると、待ち伏せしていたらしい美香に部署の前で捕まった。恐らく写メのことやら、勇気くんに会いたいとか言い出すだろう。
案の定、美香は「いやぁ〜、茉美さぁ〜ん、本日はお日柄も良く・・・」と揉み手をしながら私に近寄ってきた。
「まず、勇気くんと私を疑った罪について謝っていただこうか」と私が言うと、美香は腰を直角に曲げて「疑ってしまい、本当に申し訳ありませんでした!!」と謝ってきた。まあ、このぐらいにしといてやろう。
「分かったわよ。信じてくれたならそれでいいわ。ところで、美香のとこはまだ残業続くの?」と聞く。
美香は、「昨日、抽出実験開始したから今日からは自由に研究って感じだけど、なぜ?」と首をかしげる。
私は「いやぁ、残業続きで男っ気もない可哀想な親友に、少しばかりご褒美をあげようかと思ってね・・・」と言うと、美香はすぐに「勇気くんっ!?勇気くんに会わせてくれるの!?いつ!?」と食いついてくる。これだけストレートに欲望をさらけ出せるのがこいつの良いところでもある。
「まあ、そうせっつくなよ。勇気くんの同意もなきゃダメだからね!日程は、とりあえず美香が早く帰れる日でも、休みの日でもどっちでもいいよ」と、提案すると美香はすぐに、「今日でも大丈夫だよ、わたしは!」と食い気味に答える。
私は苦笑しながら、「じゃあ、勇気くんに聞いてみるから、とりあえず待ってなさい」と美香をいなす。今日の夜でも私は構わないけど、勇気くんがいいと言ってくれるか分からない。
もしかしたら、家に上げるのは良いけど、会うのは嫌だな・・・みたいな事にもなるかもしれない。そうなると美香をガッカリさせてしまうだけでなく、私の株まで下がってしまいかねない。まあ、勇気くんならそんなこと言わないだろうけど。
携帯を取り出し、勇気くんにラインを送る。文面は、「今日の夜なんだけど、昨夜言ってたあの同僚と家でちょっとした飲み会をしたいと思うの。それで、もし勇気くんさえ良かったら、すこーしだけ、同僚の相手をしてくれたらなぁって。もちろん、気が進まないなら断ってくれていいし、勇気くんの身の安全は保証するからね!」というものだ。美香にはライン送ったけど、あとは勇気くん次第だからあまり期待しすぎずに待ってなさい、と言っておく。
美香は、祈るように「よろしくお願いします!」と手を合わせてからラボへと消えていった。
しばらくすると、勇気くんから返事が来た。
「母さんの友達なんでしょ?一生懸命お相手するよ!」という感涙ものの文と、任せて!というスタンプだ。これを美香に見せれば、下手したら泣くんじゃないか?
昼休みに、早速美香の所属するラボへと向かう。ラインで「オッケーだってさ」と送るのは簡単だけど、直接見せてさらに恩を着せようというわけだ。
ラボへと到着し、美香を呼び出す。私の半笑いを見て、吉報だと思ったのか美香の表情はパァッと明るくなる。
「美香、念願の家飲み、天使のお相手付きだよ。」と美香に先ほどのラインの画面を見せる。すると、美香はフルフルと震えだした。そして、「いいいいいよっしゃぁぁぁぁ!!!」と絶叫した。
「ちょっと、うるさいって!」と美香をたしなめるも美香の興奮は冷めない。
「今日は早退して、キッチリおめかしして行くから!何時に行けばいい?お土産は何がいいかな?もちろん勇気くんの好みのものをいくらでも!」とやかましい。しかし、残業やら、上層部からのプレッシャーでかなり疲れていたようだし、いい気分転換になるだろう。
「つまみ系のものはウチで用意しておくから、あとは酒の調達をよろしくね。勇気くんは甘いものが好きよ。あと、一応幸恵もいるんだからね!」といい、ラボを後にする。
今夜は普段勇気くんに見せないところを、私も見せることになるかもしれない。何しろ、ここ一ヶ月、晩酌すらしていない。勇気くんが近くにいる状況では酒の旨さも違うというものだ。少しぐらい触ったりしても怒られないよね・・・酔ってたってことで。
仕事が終わり、いそいそと家に向かう。つまみは適当に出前で済ませよう。私も美香も、つまみより酒というタイプだし、何よりの酒肴は勇気くんだ。
家に帰ると、まずは勇気くんにお礼を言う。そして、美香のことをかいつまんで話した。男慣れしてないから挙動不審になるだろうけど許してやってほしい、と。
勇気くんは、「大丈夫だよ。母さんの友達なんだし、しっかり接待するよ!」と笑顔を見せてくれる。本当にいい子だ。
出前を注文して少しすると、携帯がライン着信を告げる。美香からだ。もう行ってもいいか?というものだったので、いつでもいいと返信した。
すると、すぐに玄関のチャイムが鳴る。ドアスコープを覗くと、バッチリとメイクを施した美香が立っている。
ドアを開けると、美香は途端に緊張したような面持ちになった。「大丈夫かな?メイク、変じゃないかな?」と言われたので、「大丈夫だよ、いつもとそんなに変わらないよ」と、心にもないことを答えた。「リビングに勇気くんがいるからね、変なこと言ったりするんじゃないよ!」と釘を刺しておく。
美香は、「分かってるって」と答えるが、動きがギクシャクしている。
リビングに入ると、まずは幸恵が美香を出迎える。美香は幸恵に対しては「幸恵ちゃん、大きくなったねぇ!」と如才なく挨拶をしている。
しかし、幸恵の後ろから勇気くんが出てくると美香は途端に挙動不審になってしまう。
「あ、ああああ、ゆ、勇気くん、ひさ、ひ、久しぶりですね」と、顔を真っ赤にしながらロボットのような動きで腕を振る。
私は一つ嘆息すると、勇気くんにフォローを入れておくか、と口を開きかける。すると、勇気くんから美香に「母がいつもお世話になっています。山内さん」と
礼儀正しい挨拶が出た。天使の笑顔付きで。
美香はその瞬間、彫像のごとく固まってしまったので、私が肩のあたりにチョップを入れる。するとようやく美香は我に返って、「あ、こちらこそ、いつも茉美にはお世話になっておりまして、はい」とさっきよりはマシな対応になった。
「食べ物はもうすぐ来るから、それまでゆっくりしてて」と、美香たちとソファーに座る。美香は、チラチラと勇気くんを見ている。こっそり見ているつもりかもしれないけど、バレバレだ。勇気くんはたまに美香と目が合うと律儀に微笑みを返している。美香の顔はずっと真っ赤なままだ。
とりあえず乾杯、と私と美香はビールで、勇気くんと幸恵はジュースで杯を合わせる。
美香はやけにチビチビとビールを飲んでいる。それを見て、「どしたのさ美香〜、いつもみたいにもっと豪快に飲めばいいじゃない」とからかう。勇気くんの前だから緊張しているし、あまり品のない飲み方はしたくないのだろう。
美香は「いつもって、ちょっと茉美!そんなこと言わないでよっ!」と手をバタバタさせながら抗議する。そして、勇気くんをチラリと見る。
勇気くんはそんな美香を見て、「そうですよ、豪快に飲む人ってかっこいいと思います」と笑いながら言う。
すると美香は「そ、そう、かな、あはは。じゃあ、飲んじゃおうかな〜」と言うと、グラスを一気に傾ける。さすがにピッチが早すぎる気がする。たしなめようとすると、美香の空いたグラスに勇気くんがお代わりのビールを注ぎ始めた。美香は、最初何が起こっているのか分かっていなかったようで、トクトクと注がれていくビールと勇気くんを交互に見ていた。
「あんまり上手にできなかったです」と、はにかむ勇気くんを、美香は呆然として見ている。次の瞬間、美香は「あ、ありがとう!!大事に飲みます!!」と、まるで賜杯でも受け取ったかのように恭しくグラスを持ち上げる。
ズルい!美香だけズルい!と喚きたかったけど、ここは一応平静を装って、私もグラスを空にした。そして、勇気くんをチラリと見る。すると、勇気くんはにっこりと笑い、私のグラスにもビールを注いでくれた。至福の瞬間・・・。
その最高に美味しいビールのお代わりを飲んでいると、出前の各種が届いた。
それを食べながら、また勇気くんにビールを注いでもらって私はご機嫌だった。いつもよりピッチは早いけど、そんなことは些細な問題だ。
美香はというと、勇気くんにビールを注いでもらいたくて仕方ないようで、グイグイとビールを飲んでいく。さすがに異常なピッチだ。止めに入ろうとすると、美香は酔っ払った口調で、「ワインと日本酒もあるよ〜」と、買ってきたらしい紙袋から大きな瓶を取り出した。
私は日本酒に目がない。誘惑に負けてついつい日本酒に手を出してしまった。ここから、私の思考はどんどん溶け始めた。勇気くんに、「母さんにお酌してぇ〜」と、甘えた声を出してしまう。勇気くんは、「あまり飲みすぎたらダメだよ」と言いながら、お酌をしてくれる。
美香は、もはや完全に酔っ払った口調で「私にはワインをちょうだ〜い」と、緊張の欠片もない感じで勇気くんに迫っている。いかん、私が止めなければ、と思うも、体がうまく動かない。勇気くんは美香の暴走気味の擦り寄りにも、嫌な顔一つせずに相手をしてやっている。
このままでは勇気くんの身が危ない!と、私は最後の力を振り絞って美香にラリアット気味に腕をぶつけて、二人でソファーに倒れ込む。そこで、私の記憶は途切れてしまった。
眠りに落ちる瞬間、最後に聞こえてきたのは、「勇気くんは、年上の女性はどう思う?」とかのたまっている美香の声だった。ダメに決まってんだろう、この馬鹿め・・・




