第23話 運動部の野望
難しいけど、とにかく楽しく書いています。
立木勇気の通う高校は、運動部全般がとても強い。特に、バスケ部は毎年インターハイ上位に食い込む、まさに強豪校と言えるレベルだ。
バスケ部は、「高さに頼らず、走り勝つプレー」を標榜しており、エースがいない代わりに全員で守り、全員で攻める。ベンチメンバーまで全員に戦略が浸透しており、疲れる時間帯でも質の高いプレーができる。
しかし、インターハイ準決勝、決勝あたりになると全国制覇の常連校の「高さ」に屈することが多い。
歴史はあるが、全国制覇ができなくなって久しい。そんな状況下、期待の新人が入部した。
小山美穂子。比較的高い身長ながら、ポイントガードとしてドリブル、パス、ディフェンスを高水準でこなす。加えて前、後半を走り抜けるスタミナも持っている。強いて弱点をあげるとするならば、気の弱さだろう。プレッシャーのかかる場面で、ミスを恐れて消極的なプレーをしてしまうことがある。
先輩部員は、まだ一年生なのだから仕方がない。ゆっくり育てていこう。ということで一致している。
そんな美穂子の様子が最近おかしい。何か、心ここに在らずといった雰囲気なのだ。
心配した部員の一人が、練習のあとに聞いてみる。
「小山、最近何か悩んでるのか?疲れが出てきたりしたか?」声をかけたのはチームのムードメーカーであり、誰にでも気さくに声をかけるため下級生からの信頼も厚い河嶋里美だ。
少し心配そうに、でもニコニコとしている河嶋を前に美穂子は「先輩・・・やっぱり、集中してないように見えますか?」と吐露する。これが、他の厳しい先輩であれば、「なんでもありません」と言ってしまうところだ。
河嶋は、うーん、と声を出し「集中してないというか、プレー以外のことに気が行ってる感じ、かな?」と言う。
美穂子は、「プレー以外」という言葉に、びくりと反応してしまう。立木くんのことだ。まさに、彼のことで悩んでいるのだ。
美穂子は、「先輩、誰にも言わないでもらえますか?」と、深刻な面持ちで言う。
河嶋は、予想外に深刻な表情の美穂子を見て、(もしかして、イジメとかそういうのだろうか?部活を辞めたいとか?)と、気を引き締めて美穂子に「ああ、誰にも言わない。約束する。」と真剣な表情で答える。こういう時に、いつものニコニコとした雰囲気を消すことで相手は誠実さを感じるようだ。
美穂子は、意を決したように河嶋の目を真っ直ぐに見つめる。そして、「先輩は、男の人と付き合ったことがありますか?」と聞く。
河嶋は、予想の斜め上の質問に戸惑うが、美穂子の悩みが深刻なものではないと思い、ひとまず安堵した。
そして、(かわいいな)と思う。しかしここで笑ったり、茶化すようなことを言うと、真面目な美穂子はひどく傷ついてしまうだろう。真剣な表情は崩さないまま、「男か・・・、付き合ったことはないな!」と答える。
事実、男には全く免疫がなく、数少ないクラスの男子とは一度も話したことすらない。もちろん、人並みに恋愛には興味はあるのだが。
美穂子は、「じゃあ、恋は、恋をしたことはありますか?」とさらに聞いてきた。
河嶋は、返事に窮してしまう。恋なんてしたことがない。あるのかもしれないが、自覚がない。
「恋、か。それも、ない・・・かな」と答えるしかなかった。しかし、今は可愛い後輩の悩みを解決してあげたいという思いがある。
そこで河嶋は、「小山、この後時間あるか?良かったらナガシマに寄っていこう」と、コーヒーショップのチェーン店に誘った。あそこなら、ハンバーガーショップや、ファミレスよりも落ち着いて話ができるからだ。
美穂子はそれに承諾した。二人で体育館を出ると、駅近くのコーヒーショップに入る。注文を終え、コーヒーが二人掛けのテーブルに置かれるのを待って、河嶋は切り出す。
「小山、好きな人ができたのか?」なるべく深刻すぎないように、なおかつ和やかに。
美穂子は、「そう、だと思います」と答えた。本人も、それが恋なのかまだ分からないのだ。
「そっか、どんな子なの?もしかして、話題のあの子かな?」と、ここは冗談っぽく言う。運動部の中でも、通称「妖精」の話は有名なものになっている。
美穂子は、分かりやすく顔を真っ赤にして、「そうです」と、蚊の鳴くような声で答えた。
これもまたかわいいな、と河嶋は思う。さほど事態は深刻なものではないな、と踏む。そして、「あたしはその子のこと見たことないんだけど、かなり可愛いの?」と、美穂子から答えを引き出すために質問をする。美穂子のような真面目な子には、決めつけるより質問を重ねて擦り合わせをしていくのがいいと感じる。
美穂子は、「可愛いです。それに、とても優しいです」とはにかみながら答える。
河嶋は、(容姿が良くて優しい?そんな子ほんとに存在するのかな?)と思いながら、「そうなんだ。そんないい子がマネージャーになってくれたら、部員数が倍増しそうだな!」と軽口を叩く。
何気なく言った一言だったが、美穂子はそこに食いついた。
「マネージャー、なってもらうように先輩から頼んでもらえませんか?」
この発言には河嶋も驚いた。そして同時に、(これは小山の悩みを解決して、その子にマネージャーになって貰えればバスケ部の士気までうなぎ登りなのでは?)と考える。
バスケ部の士気が上がれば今より強くなるだろう。今より少し強くなれれば、全国制覇だって夢ではないのだ、戦力的には。
そして、全国制覇を成し遂げれば当然、実業団や名門大学のスカウトの目にも留まりやすくなるだろう。
将来は実業団でプレイヤーとして身を立てたいと思っている河嶋にとって、短絡的ではあるが魅力的な提案に思えた。
少し考え、「分かった。ちょっと本気で取り組んでみるよ」と答え、「あたしも、そのかわい子ちゃんを拝見してみたいし」と、今度は笑いながら言う。
美穂子は、「よろしくお願いします!」と頭を下げた。
可愛い後輩の頼みだし、バスケ部にとっても、あたしにとってもいい話だ。単純に、可愛い男の子ってのも見てみたいし。
ここは一つ頑張ってみよう。と、河嶋は作戦を練り始めた。
この時点では、河嶋は件のかわい子ちゃんの争奪戦がまさに壮絶に行われていることを全く知らなかった。
楽しいけど、このネタも二、三日たてば忘れるんだろうな、俺は。




