保健室は傷を癒やすところです
「…どうしたの?」
保健室に来た俺と桜宮を見て、茜坂先生を目を丸くしながら、そう聞いてきた。
ちなみに、俺たちの状況は、桜宮が涙目になりながら、軽く遠い目をした俺の手にしがみついているというものである。疑問に思うのも、当然だろう。
「階段でこけて、俺が腕、桜宮が膝を擦りむきました」
「あ、ホントね。…二人で同時に転んだの?」
「説明メンドイんで、黙秘します」
「あ、うん、そっか。とりあえず、手当てするからここ座って」
ものすごく釈然としない顔をしながらも、保険医としての職務を全うすることにしたらしい。
「…桜宮、手、いい加減に離してくんない」
「え、あ、うん、そうだね。ごめんね」
何故か、茜坂先生がしゃべりだした時から、一層強くしがみついてきた手を離すように頼むと、一瞬、泣きそうな顔してからそろそろと手を離した。
本当になんなんだ。
「はい! じゃあ、レディファーストで、桜宮さんよね?から手当てするわね」
「え、いいです、いいです! むしろ、絆創膏くれたら自分でなんとかして戻りますから、私じゃなくて篠山君を手当てしてください!」
見るからに全力で拒否する桜宮に、茜坂先生が首を傾げた。
そして、俺の何したんだという視線に、首を横に振る。
「ん~、そうね。手当てするのは、私の仕事だから、そんなこと言われちゃうと先生困っちゃうわ。ね、ここ座ってくれない? とりあえず、靴下脱いで手当てさせてくれたら、靴下も洗ってあげるわ。染みになっちゃうわよ」
優しくにっこり笑いかける茜坂先生に、桜宮が少し怯えながらもそろそろと座った。
それを見て、茜坂先生が苦笑する。
そして、手際よく手当てしながらその間にも、ビクビクしている桜宮に尋ねる。
「ねえ、桜宮さん。私、何かしちゃったかなぁ? ひどいことをしてしまったなら謝りたいのだけど」
「いえ。何もしていませんよ…」
そっかあ、と言いながらも、明らかに困った顔をしている。
その数秒後、桜宮が意を決したかのように顔を上げた。
「あの!」
「ん、何かしら?」
「私、教師は好きにならないんで!」
「…は?」
いきなりの宣言に、茜坂先生が明らかに面食らったような顔をした。
ぶっちゃけ言って、俺も意味わからない。何言ってんのコイツ。
「あ、うん、そうね。確かに、学生と教師の恋って教師に対する風あたりが強いから、そうしてくれると教師としてありがたいかな」
「だから、落ち着いてくださいね!」
「あなたが、まず落ち着いてくれる?!」
茜坂先生が思いっきり、混乱していた。
深く息をついて、向き直る。
「えーと、三股修羅場、ライバル撲滅、ヤンデレ騒動、どの話を聞いたのかしら?」
は?
桜宮も、驚いたような顔をしている。
「全部、事実無根の噂だから。聞いてくれたら、なんでそんな噂がたったのか、しっかり説明してあげるわ」
「え、えっと、あの、」
「あー、やっぱその辺か」
ため息ついて、髪を払った。
「昔っから、顔立ち派手だからか、変な噂たてられるのよね。その噂知ってたら、怖いわよね」
はあー、とため息ついた茜坂先生は、さっきと変わって随分大人っぽい。
それを見て、桜宮がびっくりしたような顔をしている。
「えっと、設て…、いえ、噂と性格が大分違うんですけど…」
「常日頃から、猫かぶってるからね。言っとくけど、いまだに彼氏いない歴イコール年齢よ。職場恋愛なんざ面倒くさいものする気ないから。それで、噂ではどんな性格だったのかしら?」
「え、え、えっと、ヤンデレで高飛車…」
「とりあえず、ヤンデレは心底否定させていただくわ」
真顔だった。それはもう、全力で言っているのがわかる声色だった。
そんなにイヤか、ヤンデレ扱い。…いや、うん、イヤだな。
「はい、手当て終わり。靴下、保健室の貸し出すから、洗濯しとくわ。明日、取りに来てね」
「あ、ありがとうございます。えっと、」
俺の方をチラリと伺う。
「桜宮、俺大丈夫だから、帰っていいよ」
「あ、うん。その、ごめんね…」
「気にしてないから。また明日」
「あ、うん、さよなら。えっと、茜坂先生、ごめんなさい」
そう言って、ぺこりとお辞儀して出て行った。
「なんか、思ったよりも、普通にいい子なんだけど…」
ぼそりと呟いた声に、俺がはい?と聞き返すと、なんでもないと返された。
「じゃあ、篠山君も手当てするわね。遅くなっちゃうから、さっさと済ますわ」
そう言って、手際よく手当てしてくれる。
うーん、さっきは桜宮いたから聞けなかったけど、今なら聞いても大丈夫そうだな。
「えーと、茜坂先生。前々から、気になっていたんですけど、前の講演会の件、なんでわかったんですか?」
そう言うと、茜坂先生はふわりと綺麗に笑った。
「私ね、昔散々いろいろあったから情報収集が趣味なのよ」
「いや、そんなレベルじゃなかったですよね?」
軽く怖くなる程度にはいろいろ知ってそうだったけど!
そう言うと、一層笑顔を深める。スッゴく綺麗なんだけど、見た瞬間ぞわっとした。
「この学園ってね、新学年が始まってから一月半ほどで学園長の監査が入るの。新学年を上手くまわせてるかっていうチェックね。嫌いな先生に何か仕掛けるんだったらこの時期なのよ。…まあ、リスクも大きいけどね」
淡々と、笑顔を変えずに続ける茜坂先生に一層恐怖が募る。
「職員の人間関係と性格は大体把握しているし、ファイルが無いだけで結構予想できるものよ。私も、結構遅くまで保健室にいるから、誰か残ってるかとか結構わかるし。と、なると、簡単な推理な訳でして」
「えっと、先生って確か新任だった筈じゃ…」
「ええ、そうよ。あなたと同じで、先生一年生よ」
普通、この短期間でそこまで把握出来ませんけど!
「あ、それとね。篠山君。猫被りは置いとくにしても、爪はしっかり隠すものよ。あなた、結構わかりやすいわ」
ちょっ! え、何?!
「まあ、私、面倒事は嫌いだけど、おもしろいことは大好きなの。だから、三年間よろしくね」
聞いたら貸し一つとして何でも教えてあげるわ、そう言って笑う茜坂先生に引きつった愛想笑いを向けた。
おーい、桜宮。これ、ヤンデレとどっちがたちが悪いと思う?
篠山君は、校内情報屋(魔女)との繋がりを手に入れた!




