表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/21

14 : 四人の忠臣

 それはあまりにも無情に、私の手の届かないところで悲劇は始まっていた。




 物語は終盤に入っていることを、否が応にも実感させられる魔王城。こんな辺境の地に誰が魔王のために城なんて建てたの?という可愛げのない私の質問に、かつて滅んだ国の城なのだとアルフォンスが答えた。その国を滅ぼしたのが一体誰であるかなんて質問は、さすがに愚問だろう。


 大学も春休みに入り、堕落した生活が始まった。しかし一人で暮らしていた頃とは比べるまでもないほど、規則正しい上等な生活を送っていることは言うまでもない。

 相変わらず、朝はアルフォンスに起こされて線香を上げ、アルフォンスの作ってくれた温かいご飯を食べて、アルフォンスが整えてくれている炬燵に潜り込み、だらだらと惰眠を貪る。ひとしきりだらだらし終えると、ようやくその日のバイトか、ゲームというノルマを開始するのだった。




 ストーリーがとうとう魔王城に入る事をリカちゃんに告げると『魔王城入ると長くなるから、次の日が休みの日がいいですよぉ。』とアドバイスをもらった。じゃあ次の休み前にでもやるかーっとシフト表を見ると、見事にしばらくの間休みが見当たらなかった。

 バイト仲間たちは皆春休みに帰省したり、自動車学校に通ったりしている為、どうしてもその他の人間の負担が増えるのだ。皆のように張り切って就職活動もせず、自動車学校にも行き終わり、実家も車で1時間と言う近距離の為帰省の必要を感じない私は、まさに『その他の人間代表』と言えた。

 去年は私も随分とお世話になったのだ。ここら辺はお互い様なので、文句の一つも言えない。


 連日勤務予定のあるシフト表を見て沈黙している私に、『早くクリアしてほしいのでぇ貸し一ってことでぇ!今度海野のCD聴いてくださいよぅ』と、リカちゃんが提案してくれた。私にとってリスクがあるのかないのかわからない条件でシフトを代わってくれたリカちゃんには、とりあえずハーゲンダッツを奢っておいた。


 “最果ての町”という最後の町で武器を揃え、回復剤を買い込み、アルフォンスのお許しが出るまでレベルを引き上げた。最後の町の人間全てに話しかけて、『この世界を救ってください』という旨の言葉を散々受けると、さぁ出発だと意気揚々と出陣した。




 魔王城は孤島の上のような場所にあり、その周りは谷で覆われており、その深い空洞は底の地面が見えなかった。

 魔王城に繋がる橋は大きかった。橋の下は千尋の谷と言う名がこれ以上ないほど相応しい、凄まじい大自然に圧倒されるような谷だった。そんな谷の上にあると言うのに、現代のように科学の結集で作り上げられた吊り橋ではなく、木の板とロープと言う、初期装備も真っ青な材料だ。魔王よりもこちらの方がラスボスに違いない。私だったらこの橋を渡れと言われた時点で魂が抜けている。

 こんな所で武器なんて振り回したら一大事だよねーなんてアルフォンスと笑っている、その時のことだった。


 橋の手前で魔物に襲われた。

 いつものようにアルフォンスの的確な指示の元、矢継ぎ早に倒していく。新調した武器と底上げしたレベルのおかげで戦闘はサクサク進み、魔物の最後の遠吠えと共に迎えた勝利にアルフォンスと手を合わせて喜んだ。


 いつもの様に、戦闘後何事もなく進もうとすると、そこでイベントが起きた。大事な場面などでは、こうして映像流れるのだ。見せ場の演出として使われる映像は力を入れて作っており、そんじょそこらの下手なアニメの映画以上の迫力があった。

 映像が流れている間、コントローラーは指示を出せない。私たちは何の手出しもできずに、画面の向こう側の世界を眺めているしかない。



 全員が吊り橋を慎重に渡り終えようとしている時に、けたたましい咆哮が聞こえた。


 慌てて全員が対岸に着くと、オーディンが最後列に素早く回った。魔物の最後の遠吠えに呼ばれたのだろう。私たちが通ってきた道から、途轍もない速さで駆けてくる魔物と対峙したのだ。

 その魔物は三つの頭に一つの胴体。私ですら知っている、ケルベロスという地獄の門番だった。ケルベロスの姿を認めたオーディンは、大きな太い斧を握り締めて対峙した。


『冥府の番犬か。―――仁の為ここを通りたい。』

『承知しかねる』


 オーディンの言葉に、低く唸るような返答があった。

 魔物は基本的に言葉を話すことが出来ない。動物と同じだ。感情の昂りなどで吼え方等に違いはあっても、それが意味のある言葉となって発せられることも、こちらの言ったことを理解することもできない。ただ、例外もいる。

 以前にも一度だけ出てきたことがある、言葉を解する魔物。

 その魔物は非常に強力で、全員が瀕死の状態になりながらやっとこさ勝てた相手であった。その名前も忘れた魔物とは違い、今度はこれだけ有名な魔物だ。きっとその比では無いほどに強いのだろうと、どれほどの戦力が犠牲になるか頭の中で計算した。

 この先に、瀕死になったキャラクターを生き返らせたり、傷を負ったキャラクターを回復できるような施設は望めないだろう。しょっぱなからなんてこったと冷や汗を流す私の横で、アルフォンスが厳しい声を発した。


「―――まずい」

「? なにが?」

 今までにないほど緊迫した声に、知らず知らずに私の声も硬くなる。


「このままではまずい。翠様、何か介入を」

「え?映像だし、戦闘になるのは避けれないと思うけど―――」

「戦闘になれば僥倖。ですがオーディンはきっと最も犠牲の少ない方法を」


 選ぶ、というアルフォンスの言葉は続けられなかった。



 画面から、この場にいるアルフォンスと同じ声が聞こえる。


『オーディン!ならぬ!下がれ!』

『アルフォンス殿下。貴方は光です。その光を持ってこの世をあまねく照らし、人々に安寧をお与えください。』

『ならぬ!退け!形勢を立て直す!』

『ロイ、コンラート。殿下を頼んだぞ』

『御意に』

『御武運を!』

『ならぬ!ならぬ!離せ、今は撤退だ!オーディン!言うことを―――』

『殿下』


 オーディンの声が、スピーカーから低く響く。私は、頬に伝っていく鳥肌を止めることが出来なかった。この先は、私でもわかる。

 隣にいたアルフォンスが立ち上がり声を荒げた。



「ならぬ!戻れ!」



『我が身の最たる幸運は、貴方にお仕え出来たことでした。どうぞ、お強くあられよ。』



 オーディンが、私が買ってあげた雷撃の斧を奮った。

 けたたましい音が鳴り響いた。吊り橋は揺れ、木の板が音を立てて崩れてゆく。吊り橋の中腹にいたケルベロスは必死に足場を確保しようとするが、既に遅い。

 ケルベロスは成す術無く谷へ落ちていく。分厚い鎧を身に纏った、オーディンと共に。


「オーディン!」『オーディン!』


 全く同じ声、全く同じ発音の、悲痛な叫びが響いた。





 しばらく茫然と画面を見つめていた。映像はオーディンが奈落の底へ落ちていく場面で終わってしまった。今からは今まで通りキャラクターが吹き出しでしゃべるゲーム展開だ。けれど、私は次の会話に進むために○ボタンを押せずにいた。

 このゲームは、戦闘でキャラクターが負けても瀕死状態になるだけで、死亡ではない。瀕死状態のキャラクターは、特別なイベントでしか手に入らないような貴重なアイテムか、大きな街等にある施設でお金を払って復活させてもらう。つまり、戦闘で討ち合いに負けたとしても、彼らは死んでしまう訳ではないのだ。

 そう、こんな風に、特別なイベントが起きない限りは。


 これが、物語なら、アニメなら、ドラマなら、映画なら。

 これほどまで、衝撃は喰らわなかっただろう。

 だけど、このキャラクターたちは皆、アルフォンスの仲間なのだ。今、私の隣で無言で葛藤している、アルフォンスが信頼する仲間たちなのだ。


 ほぼ放心状態のまま、私はアルフォンスを見上げた。ねぇ、これって、オーディンは。思い浮かぶ言葉はどれも発することは出来なかった。アルフォンスから伝わってくる震えが、全てを物語っているように思えたからだ。


 彼は歯軋りしそうなほど強く歯を食いしばり、画面に穴が開きそうなほど睨みつけていた。震えている。その震えの先を辿れば、強く握られた拳が見えた。力を入れすぎて震えている人間を、初めて見た。真っ白な手に、対照的なほど真っ赤な線が流れた。ポタリとカーペットに血が滴り落ちる。あまりにも強く握りしめていた為、爪で手の平を傷つけたのだろう。


 アルフォンスはそっと目を閉じた。あまりにも悲痛な面持ちだった。私は何一つ声をかけれずに、そんなアルフォンスを見守る。


 時間にして、30秒ほどたった頃。アルフォンスはゆっくりと目を開いた。体の震えは収まっていた。


「翠様、続きを。」

 その清涼とした声に、一瞬内容を疑った。


「そんな、だって」

 今日はこのままテレビをつけたまま眠ってもいい。気持ちの整理がついていないはずなのに、こんな時まで急ぐ必要はない。そう思った私の心情が伝わったのか、アルフォンスは真顔のまま私を見据えた。


「戦場に出れば、全員無事での帰還など、よほど稀なこと。元より、命を散らす覚悟で皆出陣しております。」

 その言葉はわかる、わかるが、今片腕を失ったばかりのアルフォンスに言わせる言葉ではなかった。私は己の不甲斐なさに、言葉を詰まらせる。

 そんな私に、アルフォンスは鷹揚に頷く。


「大丈夫です、翠様。さぁ、続きを。」


 その目は冷淡でも無感情でもなかった。

 ただ、16歳という幼さには似合わない、覚悟を秘めた熱い眼差しがテレビに向けられていた。




***




『貴方様は、大事な、癒し手―――失くす、訳には…』

 次に、フリクリがカチュアを庇って倒れた。


『―――兄様、そこにいらっしゃるのですね…あぁ…ロザリアも、今そちらへ参ります…』

 そして、ロイが。


『オーディン様…ご下命を、果たす、ことが出来ず…―――殿下…どうか、太平の世を…』

 コンラートが。


 最初に出陣した仲間達が、次々と散って行った。




 私は耐え切れなくなり、斜め前に座るアルフォンスの目を両手で覆った。


「翠様?」

 その声は平淡で、動揺を一切見せない。それがまた、辛くて歯がゆい。


「もう、見ないで。ごめん。ごめん。」

 これが、例え本当に預言書だとしても、どうしても許せなかった。



 このゲームを作った人たちの意図がなんであろうと、アルフォンスにとってどれほどの苦痛かを考えれば決して許せる所業ではなかった。

 そう、このゲームはトコヨの人間が娯楽のために作ったゲームなのだ。

 本当は、アルフォンスの未来には関係ないかもしれない。そう告げるべきなのかもしれない。だけど、こんな場面で一体どれほどの慰めになるだろうか。これほど、数えきれないほどアルフォンスの知っている人間たち、単語が出てくる世界観のゲームを、貴方達とは無関係だとどうやったら言い切れるだろうか。むしろ、アルフォンスが私達の娯楽のために作られたキャラクターなのだと、絶望を付加するだけではないだろうか。


「翠様のせいではございません。これが未来と言うのなら、私たちはこれを受け入れ、乗り越えなければなりません。」

「ごめん、アルフォンス。ごめん。」

 アルフォンスが、自身の両目を覆っていた私の手にそっと触れた。その手が、信じられないほど冷たくて私は堪えていた涙が零れた。どれだけ冷静を装っていても、覚悟したと言っていても、16歳のただの少年なのだ。仲間たちの死は、私よりもずっとずっとずっと辛いだろう。なのに今彼は、王族としての在り方のため、涙を流すことさえできない。歯を食いしばって、前を向くことしか。


「どんな未来でも受け止める。私はこの預言書が始まった時にそう覚悟しました。…―――続きを。」


 私は涙を乱暴に拭った。アルフォンスが泣いていないのに、これ以上泣く訳にはいかない。

 コントローラーに触れた。私が握りしめていたコントローラーは、アルフォンスの冷え切った手よりも随分と温かかった。




***




 ストーリーは、駆け足で進んだ。

 どんな未来でも受け入れる、と言ったアルフォンスを嘲笑うかのように、魔王城の中では激戦に次ぐ激戦が続いた。ほぼ固定スタメンだった4人が散り、戦力的に苦境に立たされているというのに、敵の猛攻は止まない。

 多くの仲間たちが瀕死状態のまま、戦場に出られずにベンチで待機していた。魔王城には、復活させるための施設はない。戦場に出場できる人数ギリギリのところで、私たちは必死に戦っていた。


 私はぴったりとアルフォンスに寄り添っていた。離れていたら、このままアルフォンスが消えてしまいそうなほど不安だったのだ。

 既に、ゲームを始めてから4時間。日付はとうの昔に変わっていた。それでも、私からもアルフォンスからも、もうここまでにしようと言う一言は出なかった。


 魔王の玉座に通じるという長い廊下が開かれた。画面版アルフォンスの足を、慎重に進める。


「翠様!せーぶ!せーぶぽいんとを発見致しました!」

「はい!全力で、セーーーーッブ!」


 聖女様よりも女神様よりも頼りになるセーブポイントに飛び込むと、大慌てでセーブした。リカちゃんの助言にしたがい、セーブデータは常に2つほどとっている。


 画面の中には、奇妙な蛇が絡み合う様が彫られた趣味の悪い大きな扉が鎮座している。この向こうに、アルフォンスの世界を混乱に陥れ、人々を恐怖の底に叩き落としているという魔王がいるのだろう。だけど、100年前に一度彼は人間である勇者に倒されている。それを思い出せば、倒せない相手ではないはずだ。実際に、画面版アルフォンスは聖女の祝福も受けている。


「―――…行くよ」

「はい。」


 ごくりと呑み込んだ生唾の音が、狭い部屋にいやに響いた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ