第二十九章 戒と律と言 その六
天照の像と出会うことなく、マクガイアと鈴は開けた場所に出た。
何やら土産物屋のようなものがある。更に先に進むと、社務所の前に出た。
このまま、進めば最初に通って来た大鳥居につながる道に出ることは容易に想像できた。
マクガイアはどうやら天照を祀っている内宮を見過ごしてしまったようだと気付いて、社務所の中に入る。
神宮の関係者と思われる男性に声をかけて、内宮への案内を請うた。
男は気持ちよく応じてくれ、マクガイアと鈴に着いてくるように言った。
男の後に着いていく、もと来た道を戻るように進んでいく。
そして、あの石段の前にやってきた。
それでは、参りましょうと男に促されて再び石段を登る。
石段を登り終えると、男は一礼し鳥居をくぐり、こちらへとマクガイアに声をかける。
「こちらが伊勢神宮の内宮です」と言った。
「待ってください。ここには先程、通って来ました。小屋があるだけで、何もありませんよね。何も祀られていない」とマクガイアが言う。
「はあ、いや、こちらには天照大神が祀られています」と男は言う。
マクガイアは言葉がないといった表情で両手を広げてみせた。
男は、少し困ったなという表情のあと「今日はお見えになりませんでしたか?」と少しおどけてマクガイアに言った。
「いつもは居るのですか?」と、マクガイアは真顔で問い返す。
「いえ・・・」と困ったなと男が言う。
マクガイアは、何を言っているのかと男の顔を覗き込む。
その目を受けて、男が微笑み返す。マクガイアは重ねて問う。
「天照の像や、絵はないのですか?」
マクガイアの言葉に驚いた表情で男が言った「そんな、畏れ多い・・・」
「えっ」とマクガイアは声を上げた。
畏れ多い、神を崇める言葉として最も相応しい言葉が異教徒の男から出たことにマクガイアは驚いた。
異教徒が、異教の神を偶像として拝むことを”畏れ多い”と憚っている。
「天照の像も、絵もないのですね」とマクガイアは男に確認する。
「はい。ありません」と男が応える。
マクガイアは参拝者を指差し、「彼らは何に対して祈りを捧げているのですか?」
男は応える「神です。天照大神です」
マクガイアは息を呑む。偶像も絵もない。何もない。
「天照の偶像や絵を飾ってはいけないという決まりがあるのでしょうか?」
「えっ」今度は男が何を言っているか分からないとマクガイアの顔を覗き込む。
「いや、だから、あなたがたの教えを教えてほしいんです」
「いやぁ・・・うぅん・・・」と男の表情が淀む。
少し恥じ入るような感じで「いやぁ、教理?教理ですか・・・うぅん、無いんですよぉ・・・すみません」と謝った。
「いや、何かあるでしょ」とマクガイアには男の言葉が信じられない。
「困ったな・・・神道には、聖典もないし、教理もないんです・・・
あったのに忘れてしまったのか、初めから無かったのか分かりませんが・・・
こうしちゃいけないとかこうしなきゃいけないだとか、ないんです」と済まなさそうに笑う。
「あなたは、畏れ多いと言いましたよね。それは何故ですか、それは畏れ多いことだという教えがあるからですよね」とマクガイアが問いただす。
「いやぁ・・・教えがあってのことではなくて、当たり前というか・・・どうでしょう、なんて言っていいのか分かりませんが、感覚として、良くないと感じるんです”畏れ多い”って」
「感覚として?聖典があるからでもなく、教理があるわけでもなく、日本人には”神は畏れ多い”という感覚が共有されているのですか?」
「いや、日本人全体がどうかは、わたしには分かりませんよ。でも、感覚はあると思いますよ、多分、きっと」と言って、力なくははっと笑った。
しばらく、何も言わず、参拝客を二人して眺めた。
「誰も天照の名を口にしませんね」とマクガイアが呟く。
「ええ、参拝の仕方は二拝二拍手一拝です。天照大御神の名を唱えるとかは、ないんです」と男が答える。
「神の名を、みだらに唱えるな。と、いう決まりもないのですね」
「ええ、ありません。と、いうか言葉で取り決められたことは何もないんです」と済まなさそうに笑う。
「手を合わせている人たちは、家内安全や健康長寿、商売繁盛を祈願しているのですね」とマクガイアは聞きかじりの神社に関する知識を確認した。
「いえ、違います」と男が初めてハッキリと言い切った。
「違う?」とマクガイアは聞き返す。
「はい、違います」と男は説明できることがあったことを喜ぶように返事した。
「伊勢神宮は一般の神社とは違うんです。伊勢神宮をお参りすることを、古くから日本人はお蔭参りと言って来ました」と一度区切って、マクガイアが理解しているか確認した。
「参拝者の方々は”お陰様で”と神様にお礼を言って、お帰りになるんです」と言って頷いた。
「お陰様で・・・」とマクガイアの口から言葉が漏れる。
”あなたがたが祈るときは、異邦人のようにくどくどと述べてはならない。
異邦人は言葉数が多ければ、聞き入れられると思い込んでいる。
彼らの真似をしてはならない。
あなたがたの父は、願う前から、あなたがたに必要ものをご存じなのだ”
それを”お陰様で”の一言で・・・
マクガイアは衝撃で動けない。
男は仕事があるからと去っていった。
マクガイアはその場に残り、内宮を参拝する日本人を見ていた。
何もない小屋に、天照大神を見ているのだろうか。
それとも、神の似姿を思い描くことなく祈っているのだろうか。
教理や聖典が無い中で、何を信じるのか。
神との契約もなく、何を祈るのか。
日本に来た宣教師が、仏僧と論争を交わす話は数多あるが、神主との論争は皆無と言っていい。
論争の場があったとして、何をイシューにすればよいのか。
偶像を拝むことの是非を問うことはできない、偶像を拝んでいないのだから。
教理の矛盾を突くこともできない、教理がないのだから。
それどころか、その祈りの姿だけをとってみれば良きキリスト者のそれではないかとマクガイアは思う。
飽いた鈴がマクガイアの服の裾を引っ張って、ここを出ようと促す。
マクガイアは、まだ思索を続けたいと思ったが、鈴の手を取ってその場を去ろうとして気付いた。
今まで見た寺や神社にあった賽銭箱がなかったのだ。
マクガイアは気づけば大鳥居の場所まで戻っていた。鈴が人混みの方へマクガイアを誘う。
おかげ横丁と呼ばれる通りは店が軒を連ねている。
マクガイアと鈴はソフトクリームを買い互いに分け合って食べた。
鮑の串焼きを食べて、赤福を食べた。そしてお土産に赤福を二箱買った。
お腹がいっぱいになったのか鈴が眠たげだ。
鈴を抱っこして東京行き夜行バスに乗り込んだ。
マクガイアは東京へ向かう夜行バスでなかなか寝付くことが出来なかった。




