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第二十九章 戒と律と言 その四

 マクガイアが連れて来られたのは教会の裏手の墓地であった。

 

「こちらが先程のシスターの祖父の姉であるシスター麻美(あさみ)のお墓です」と一基の墓の前で高梨神父が言った。


 墓碑には1945年12月6日帰天と記されていた。

 その横に片山の神父の墓があり1985年12月5日帰天と記されている。


「死因は原爆症とされております・・・」と高梨神父。


「自殺だったのではないのですか・・・」とマクガイア。


カトリック教会が自ら命を絶った者に対して、慈悲を示すようになったのは1960年意向のことである。


それ以前であれば、自殺は大罪と見做され、教会での葬儀も埋葬も行われることはなかった。


今でも教会によっては厳しい姿勢を崩さないところもある。


 高梨神父は口を引き結んでいる。

 二人は沈黙のまま教会へと戻る。


 高梨教父とマクガイアは再び聖堂で二人になった。

「わたくしと一緒に祈ってもらえますか」と高梨教父が言う。二人でキリストの前に跪き祈りを捧げた。


 祈り終わると「わたくし、告解をしたいのですが、お願いできますか」と高梨神父が言う。


 マクガイアは頷いて、二人は告解室に入った。


 高梨神父が語り始める「片山神父が死に至る前に、わたくしは片山神父の告解をお聞きしました・・・1970年11月26日のことです・・・」


 「1970年?すみません、高梨神父・・・高梨神父はおいくつなのですか?」驚いて尋ねた。


「ははは、わたくしは85になりました。ですから当時は30歳ということになりますかね」と高梨神父。


「片山神父はハッキリと申されました。自分は禁を破ったと・・・シスター麻美(あさみ)は自殺であったと・・・」そう言って高梨神父は肩を落とす。


 「片山神父に告解されるまでもなく、わたくしはその事実を存じ上げておりました・・・わたくしは久賀島の生まれでキリシタンでしたので、幼くはありましたが浦上天主堂を訪れたことも幾度かあり、シスター麻美(あさみ)を見かけたことも覚えています」


「幼かったわたくしが記憶するほどにシスター麻美(あさみ)は美しい女性でした・・・彼女が15になったころ親の意向で嫁がされそうになったのでした・・・その婚姻から逃げるために彼女はシスターになったと噂されておりました」


「彼女は22歳の時に被爆します。崩れた建物と建物が丁度支え合うような形になって死なずに済んだのだと片山神父はもうしておりました」


「幾日経っても教会に姿を現さないシスター麻美(あさみ)のことを、片山神父は死んだものと思っていたそうです」


「戦争が終わって、幾日もたったある日、信者の一人がシスター麻美(あさみ)は被爆して親族の所で療養中であるという話を片山神父に知らせたのです」


「片山神父は彼女の下に向かいましたが、会っては貰えなかった・・・幾度も通ったと申されてました。手紙も書いたと」


「シスター麻美(あさみ)が片山神父と会っても良いという手紙を受け取ったのが12月3日、手紙にはもう以前のわたしではないので心して来て欲しいと書かれていたそうです」


「片山神父は5日にシスター麻美に会いに行かれたそうです・・・」


「彼女は片山神父に向き合うことなく、ずっと横を向いたままだったそうです・・・」


「その彼女に片山神父はもう一度教会で共に働こうと話されたと・・・できる、できないと問答があって・・・シスター麻美(あさみ)は突然、片山神父に正面から向き直ったと・・・」


「シスター麻美(あさみ)の顔右半分が火傷(やけど)で・・・溶けてしまっていたと・・・片山神父はほんの数秒を目を逸らしてしまったと・・・その数秒で彼女を大きく傷つけたと・・・仰っていました・・・」


「翌日、彼女が首を括った姿で発見されます」


「長崎の人間は誰でもキリスト教徒が自殺したものに葬儀を行わないことは知っています」


「ですから、シスター麻美(あさみ)の親族は、仏式の葬儀を行おうとしたのです・・・シスター麻美(あさみ)の親族にキリシタンはいませんでしたから・・・」


 分かってくださいますよねマクガイア神父とは高梨神父は言わない。


 日本人の状況だけ説明して、分かってくださいという申開きに対して、どう対処するのが正解なのだろうと思いながらマクガイアは告解を締める。


自殺に関して教会は確かに以前より寛容になった。


だからと言って、片山神父の行いを立派ですねと讃えることはマクガイアにはできない。


しかし、もし当時の教理に乗っ取る形で処理されておればキリストに帰依したシスター麻美(あさみ)は仏教徒として葬られたのだ。


キリスト教がマイノリティである世界がどういったものであるのかをマクガイアは身を以て知った。


告解室から出た二人は深い沈黙の中にあった。


キリスト者としての正しき姿を己に問いかけていたのだった。


廊下からバタバタと足音がしたかと思うと、鈴が聖堂に飛び込んできた。

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