第二十八章 たまたま その二
「降穂さんは、天の階教会はご存知ですか?」とマクガイアは降穂に話を振った。
「あぁ、最近、世間を騒がせているカルト教団ですね。マクガイアさんにとって敵と言っても過言ではない」と少し声を落として言う。
「ええ」とマクガイア。
「わたしは、仕事柄、海外に出向くことが多いのですが、彼らは、海外でも布教しているようですね」と降穂。
天の階教会は、修行を終えた信者達を10人一組にして海外へ布教に送り出している。布教先では、物騒な輩とも接触していると噂されていた。
「そうなのですか?わたしは日本に来て初めて知りました」とマクガイア。
「それは仕方のないことでしょう。ごく最近の事ですから・・・彼らの教典であるシン聖書が外国語に翻訳されてから海外での布教が盛んになったと聞いています」と降穂は言った。
「シン聖書ですか?」とマクガイアが問い返す。
「確かそうです、シン聖書。わたしも少し目を通したことがあるのですが・・・よくできたSFといった感じで、そういうところが若者に受けているんでしょうか」と言って両手を上げて肩をすくませる。
「天の階教会に興味がおありなんですか?」と降穂がマクガイアに尋ねる。
マクガイアが「興味というか・・・」と語尾を濁す。マクガイアは知り合って間もない彼にどこまで話していいのか躊躇した。
その様子を察した降穂は、話さなくてもいいんですというように微笑んだ。降穂の微笑みは雄弁かつ心地いい。
その降穂がなにかに気付いたように「まさか・・・彼らが教会の焼失に関わっているのですか?」と言った。
「いえ、まだなんとも・・・教区長は関係ないと考えていらっしゃるようなのですが・・・まあ、教会の焼失の件は別としても、いずれ彼らとは向き合うことになると思っています」とマクガイアが言う。
「と言うと?」と降穂。
「降穂さん覚えていますよね、わたしと一緒にいた女子高生のことですが・・・」とマクガイア。
「ええ、確かユリアさんとおっしゃいませんでしたか。聡明な娘さんでした」と、出会ったときのことを思い出したのか、降穂は笑った。
「実は彼女、今、うちの教会で保護しているんです」とマクガイアは事情を話した。
「それは穏やかではありませんね」と降穂。
「穏やかではありません」とマクガイア。
「マクガイアさんご自身は、天の階教会と接触されたことはあるのですか?」と降穂が尋ねる。
「ええ、天の階教会の本部に乗り込みました」
「ええぇ」と降穂が眉をしかめて「それはイエズス会の指示で?」と聞いてくる。
「いえ、わたしの独断です」とマクガイア。
「乗り込んで、そのぉ・・・なにもなかったのですか?」と降穂が危険すぎると言う。
「ええ、その場では何もありませんでした。ユリアの母親に伝言を残して帰っただけです」とマクガイアが言うのを聞いて、降穂はユリアが襲われたのはマクガイアの所為なのではと思ったが「それはよかった」と言って微笑んだ。
「しかし、カルトに、排外主義者。駄目になる国に現れる2つの特徴ですね。この2つが蔓延っている日本はもう終わっているのかもしれません」とドライに降穂は言った。
「排外主義者?」とマクガイア。
「ええ、先日の万博での爆発騒ぎですよ。あの事件を起こしたのが、赤心党という極右団体ということです」と降穂が説明する。
「なるほど、カルトと排外主義者ですか」とマクガイア。続けて「しかし、それは世界中で起こっていますね」と降穂に問いかける。
「そして、終わっているという終末的雰囲気は、彼らの養分となります。彼らはクソに舞うハエのようなものです。降穂さん、我々がその終末的雰囲気に飲まれてはいけません。我々は慈愛と信仰と希望とを以て、正道に立ち戻る必要があるのです」マクガイアは正統なキリスト教的態度を示す。
「確かに、仰るとおりです。わたしの発言は軽率でした」と降穂は反省してみせた。
「降穂さんの仕事はなんですか?」とマクガイアが話題を降穂に向ける。
「あ、お伝えしていませんでしたか。失礼しました」と降穂が名刺を取り出そうとすると「いや、名刺は以前にいただきました。名前と電話番号しかなかった」とマクガイア。
「貿易商」と言って降穂は一拍置いて「の、ようなことをしております」と意味深な笑みを向けてきた。
「どんなものを取り扱っているんですか?」と興味をそそられてマクガイアは尋ねた。
「ありとあらゆるものです。お客様が望まれるものをお届けしています」と降穂。
それを聞いてマクガイアは降穂を試すように言った。
「Mini UZIを2丁、25発マガジンを20、それとAT4をと言ったら?」
「サブマシンガンにロケットランチャーですか・・・」と降穂は淀みなく答える。
「そうですね、700万、ご用意いただければなんとかなります。同じサブマシンガンとロケットランチャーでも米軍のものならだいぶ安くできます」と言ってマクガイアにウィンクしてみせる。
「降穂さん、あなたは大した貿易商のようだ」とマクガイアは笑った。
「お金が溜まったら連絡しますよ」と名刺にある電話番号を指でさっとなぞってみせた。
降穂はマクガイアが会った人物の中でもとびきり感じの良い部類に入る。
きちっとした身なり、落ち着いた声、そして何より包容力のようなものがこちらに向けてくる目線や仕草から感じられ、自然とリラックスできるのだ。
その後も、彼との会話は弾み、楽しい空の旅となった。
到着口を出たところで、ようこそマクガイア神父と書かれたボードを持った青年の姿があった。
浦上天主堂から迎えに使わされたのだろう。そのボードに気付いて「それでは、また、どこかで。マクガイアさん」と降穂が右手を差し出してきた。
「また、あなたには、お会い出来そうな気がします」と降穂は別れ際に言った。
ボードを持った男がマクガイアに向かって駆けて来た。
「浦上天主堂の信者で、佐倉と言います。高梨神父にお迎え役を仰せつかりました」
と言ってお辞儀をし、鈴にもこんにちはと笑顔を向ける。
マクガイアの荷物を運ぼうと「お荷物は?」と佐倉が尋ねる。マクガイアは肩から掛けた袋だけだと答え、礼を言うと、佐倉青年の肩を叩き、さあ行こうと歩きはじめる。




