第二十七章 田中!四面楚歌
マクガイアが京都へと旅立った頃、田中最高導師は、人払いをして、一人部屋に籠もっていた。
陽の光が入らぬよう窓を閉じきった謁見の間で、田中最高導師の瞳はランランと輝いている。
彼の額には、筋肉増強剤の副作用でニキビが吹き出している。そのニキビを脂汗が覆う。
教団への風当たりが日に日に強くなっている。陽に影に教団がギリギリと締め上げられるいる。
週刊リークというゴシップ雑誌で取り上げられたことをきっかけに、マスコミが騒ぎ出した。
大藪悌悟という弁護士が、雲上で修行する信者達の家族をまとめ教団に対する被害者の会を結成すると伝えてきた。
そのような状況下で、つながりのあった政界関係者が、反旗を翻し始めている。
内部では、シン聖書の解釈、救済とはなにか、救世主は現れるのかで対立が顕著となっており、教団運営上、無視できない段階にまで達している。
田中最高導師が掌握しているのは、教会本部の従者たちと出家し雲上で修行している伝師、練師合わせて千数百人といったところだろう。
少なすぎるだけでなく、田中最高導師への崇拝の念も弱いことは明らかであった。
教祖を名乗らず、教団トップにもならずに来たことが裏目に出たのだ。
田中最高導師にはカリスマが欠けていた。田中最高導師はカリスマというものは生まれついて持って生まれた資質だと信じていた。自分がカリスマを得ることないだろうと思っていた。
先日、その思い込みを覆す事件が起きた。
倉棚ユリア拉致計画が失敗した日・・・
田中最高導師は、半狂乱となった倉棚里美を奈落の間に落とし、萩尾伝師から事の顛末を聞いていた。
田中最高導師が、絶対に連れてこいと命じた拉致案件を、萩尾伝師がしくじっただけでなく、おめおめと帰って来て、言い訳を始めたのだ。
それだけではなかった、萩尾伝師に罰を与えるために、従者に萩尾伝師への鞭打ちを命じたところ、従者は怯んで応じなかった。
田中最高導師は自分が舐められていることに激怒した。「悔い改めよ!」と叫ぶと自分の命に従わなかった従者を殴りつけた。
筋肉ダルマとなっている田中最高導師に打ち据えられた従者は部屋の隅まで吹っ飛んで動かなくなった。
謁見の間に異様な空気が充満する。部屋にいる信者達は息を殺して成り行きを見守っている。
田中最高導師は、秋月伝師を側に呼ぶと秋月伝師に萩尾伝師の口をガムテープで封じることを命じる。
それくらいならといった様子で秋月伝師が萩尾伝師の口にガムテープを貼り付ける。
一人の従者に鎖を持って越させて、それを萩尾伝師の首に巻くよう命じる。従者は何をする気なのかと訝しみながらも従った。
もう一人の従者に外にいる従者を目隠しした状態で4人連れてくるようにと命じた。
目隠しされた4人が列になって入ってくる。
田中最高導師は謁見の間にいる全員に、これから声を出すことを禁ずると告げた。
先に中にいた二人の従者に目隠しされている6人の従者を2人づつに分けて、鎖の両側を持たせるように命じた。二人の従者はこれから起こることを予想しながら、まさかと思いながらも命令に従った。
準備が整ったと見て、田中最高導師はそこにいる信者達の口に自らカプセルを一つづつ含ませた。
そして皆に祈りを捧げるように命じる。
「互いに慈しみ、互いに支え合い、貧しさに耐え、祈ります。最後の裁きが訪れるその日まで希望を失うことなく祈ります。どうか、悪しきカルマから逃れることができますように」
もっと大きな声で!もっと!もっと!だと田中最高導師が煽り、祈りを十回ほど唱えた頃、謁見の間は奇妙な興奮状態となっていた。
祈りを唱える叫びが響き渡り、興奮が最高潮に達する。「鎖を引けぇ!」と田中最高導師の大号令のもと4人の従者が綱引きの要領で鎖を一気に引いた。
萩尾伝師の首からボキっという音がしてだらりと垂れ下がる。皮一枚で繫がった首が右左に揺れ、くるりと回転する。
その場にいた全員が共犯者となった。
それから、秋月伝師をはじめ従者達の自分への態度ががらりと変わったことを田中最高導師は感じていた。彼らは田中最高導師を畏れはじめたのだった。
田中最高導師は閉じきった謁見の間で闇を見つめている。
”なにを見ているのか?”と声がする。
「闇を見ている」と田中最高導師は答える。
”ほんとうに・・・ちがう、お前には闇の向こうが見えている”と声が言う。
「闇の向こう?」と田中最高導師が問い返す。
”そう・・・闇の向こう・・・栄光の国・・・黄金の玉座”
「見えない・・・わたしには・・・見えない・・・」肩を落とす田中最高導師。
”おおおっ労しい・・・お前が望みさえすれば、目に見、手に触れることができるというのに・・・”
「あの指導者はそれを望み滅んだ・・・わたしに、できるはずがない・・・」
”あの指導者?あれはただの道化。お前が進むための大道を掃く小坊主。お前はあの指導者を超越する存在。シン聖書はお前の宝具、10万の信者はお前の軍隊・・・さあ、力を世に知らしめせ・・・”
「・・・わたしには・・・」
「なぜ・・・なぜ、お前はわたしを
あの指導者と同じ運命へと誘うのか・・・
萩尾伝師を殺させたのはお前だ・・・わたしじゃない・・・
しかも・・・教団を武装させるなど、わたしは望んでいない・・・」
”いや、すべてお前が望んだことだ・・・お前の望みだ、できるぞ、できる。今のお前なら、なんだってできる”
「なんだってできる?本当に?・・・幼稚園の時にズボンが前後ろだったこと・・・小学校の時に好きな女の子の歯磨きセットを盗んだこと、遠足のバスでゲロを吐いたこと、有名私立の中学受験に失敗したこととか、全部なかったことにできるのか」
”なかったことにはならない。ただ、意味を変えられる。ことの重さを変えられる。お前が偉大になりさえすれば、些末な過去の過ちなど矮小化され忘れ去られる”
「本当か?」
”本当だ、俺に任せろ。すべてがうまくいく。お前が望んだ通りに・・・さあ、俺に委ねろ”
暗い部屋の中で田中最高導師は「わかった」と呟いた。
謁見の間にノックが響いた。
「我孫子さんが来られたか?」と田中最高導師が声をかける。
「はい、お見えになられました」とドアの向こうで秋月伝師が言う。
「入ってもらえ」と声をかけ、田中最高導師はカーテンを開ける。
我孫子は部屋に入ってチープカシオに目をやってから田中最高導師に挨拶した。
田中最高導師がシラフであることに我孫子は安堵した。
「急にお呼びだてして申し訳ない」と田中最高導師が言う。
「いえいえ、いいお話だろうと・・・わたくしの第六感がですね、ピンと来まして、へへへ」と我孫子が言う。
続けて我孫子が「萩尾伝師は今日は・・・」いらっしゃらないのですかと聞いてくる。
「萩尾伝師には地方を回ってもらっています」と田中最高導師。
田中最高導師の方から早々に本題に入る。
「何でも調達できる、調達屋さんの我孫子さん」と微笑みながら真剣な目を我孫子に向ける。
「1億用意しますよ。武器、兵器を調達できいますか」と田中最高導師は言った。
「ほほぉ〜」と我孫子は戯けながら驚いてみせる。
「で、どうですか?できますか?」と田中最高導師。
「できますが・・・どうでしょう・・・武器、兵器とは小さなものから大きなものまでありまして、これがまた、使うにあたっては訓練が必要なものがほとんどなのですね、ね。なので、どの程度ものをご用意していいのやら」と言って揉み手しながら仕様を尋ねる。
「ああ〜、言っていませんでしたか・・・これは失敬」と田中最高導師は微笑んで「雲上の人間をロシアに50人、アメリカに50人、中東に50人、東南アジアに50人派遣して武器の扱いを学ばせています」と言った。
「200人!すごい」と我孫子。続けて「なるほど4個小隊1個中隊規模の装備を用意する」と我孫子。
「戦車、車両はいらない。歩兵の装備で1億円。どう、お願いできるかな?」と田中最高導師。
「もちろんです。ただ大きなお取引ですので・・・手付をいただけませんと・・・」と我孫子。
うん、と田中最高導師は立ち上がり、奥の部屋に引っ込んだ。札束を抱えて戻って来る。
「手付だ。我孫子さん」と三千万円はあるだろう札束を我孫子の前に広げて見せた。
これが田中最高導師との最後の仕事だと我孫子は思い定める。
「田中最高導師。少しお時間をいただくことになりますよ」頭を掻きながら我孫子は言った。
この、天性の事務屋であり、小物の男が果たして何を企んでいるのか。
田中最高導師は以前に属した教団の教祖が辿った運命と、自分自身を重ねているに違いないと我孫子は思う。




