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第二十五章 バチカン特使 その二

  28階に着き、部屋の前まで行くとヴァチカン特使の従者一人がドアの前で待っていた。


 彼に来訪を告げると、一団は中に通された。


 そこには、若く正装に身を包んだ神父が一人立っていた。


「お待ちしておりました、マクガイア神父。特使に随行しております駐日ローマ教皇庁大使館員のアルフォンソ・ロドリゴです」と右手を差し出す。


 その右手を取って「はじめまして、イエズス会修道士ニコラス・マクガイアです」と挨拶した。


「お噂はかねがね聞き及んでおります」とアルフォンソ神父が言う。

「良い話だといいのですが」とマクガイア。


「こちらの美しいレディーは?」とアルフォンソ神父。

「わたしに随行しておりますレディー・鈴です」と鈴を紹介する。


「これはこれはレディー・鈴。よろしくお願いします」と流暢な日本語で鈴に右手を差し出す。


 鈴は照れてマクガイアの後ろに隠れる。アルフォンソは肩をすくめて「これから仲良くなりましょうね」と微笑みかけた。


 マクガイアはアルフォンソに好意を抱く、後ろに続く議員連中とは品格が違うのだ。


「こちらが、特使にご紹介したい宇津奈(うつな)議員です」とマクガイアが取り次ぐ。

「駐日ローマ教皇庁大使館員のアルフォンソ・ロドリゴと申します。お目にかかれて光栄です」と右手を差し出す。


「宇津奈です。特使にお取次ぎいただけますか」と右手を握る。


 アルフォンソ神父は小さく頷き、奥の間のドアの前まで先導する。

 

 アルフォンソ神父がドアをノックし「イエズス会アントン・モーヴェ日本教区長の使者ニコラス・マクガイア神父とそのお連れが到着されました」と告げる。


 内側からドアが開き、中にいた従者が招き入れる。


 アルフォンソ神父、マクガイアと手を引かれた鈴、宇津奈議員、続いて岡野たちが入ろうとすると従者が行く手を遮って「そちらでお待ち下さい」と落ち着いた声で言い、静かにドアを閉めた。


 そのドアが閉まる音を、とても心地の良いものとしてマクガイアは聞いた。


 特使との間で、簡単で形式的な挨拶が終わる。

 特使が宇津奈議員に席を勧め二人は向き合って座った。


 宇津奈議員の後ろでマクガイア、特使の後ろでアルフォンソ神父は立ったまま控える。


 従者が鈴に椅子とお菓子を出してくれた。


 特使と宇津奈議員の対談は、直接、英語で行われた。宇津奈議員の英語はとても美しいハイクラスのものだった。


 彼は、現在日本に蔓延(はびこ)るカルトの状況について説明する。


 カルト追放の法案を議会に通そうとしているが、カルトの金と力が議会を(むしば)んでおり、このままでは法案を議会に上げても否決されかねない状況であることを正直に話した。


 事態を変えるためにバチカンから日本に対し、キリスト教を(かた)るカルト教団に関して警告してほしい、バチカンからの後押しがあれば状況を変えられると訴えた。


 宇津奈議員が「どうでしょう、お力をお貸しいただけませんか」と特使に問いかける。


「やりましょう!」と力強くマクガイアが答えた。


 あっけにとられる特使と宇津奈議員。アルフォンソ神父は、特使の後ろで笑いを(こら)えている。


 特使が「宇津奈議員、お話は分かりました・・・ただ、気になることがあるのです。バチカンは日本に大使館を置いております。しかし、今回のお話は、大使館、正式ルートを通さず、イエズス会を通してお話が来ております」特使はアントン・モーヴェ教区長と同じ点で疑問を感じているようだ。


「つまり、正式ルートを通す事ができない案件であると考えてよろしいんですよね。ただ、しっかり確認しておきたいんですが、これは誰から、誰への依頼となるのでしょうか。日本政府では、ないのでしょうか?」と特使が宇津奈議員を見つめる。


「正直に申し上げます。現在の段階では、わたし個人からのバチカン公国への依頼となります。貴国に、お応えいただけたなら、わたしへの大きな貸しとして考えていただいて結構です」と宇津奈議員が言う。


 宇津奈議員を値踏みするように特使は見て「わかりました」と静かに言った。


 結局、バチカンで宇津奈議員の申し出に関する審議官を任命し、日本のカルトに関し調査を行い、その結果を待って、バチカンとしての態度を決定するということになった。


 特使と宇津奈議員の面談を終え、お役御免となったマクガイアはエレベーターが1階に着くと、議員団に「それでは、これで」と声をかけ、走るようにロビーを横切って出口へと向かった。


 彼らと過ごすことで、自分の霊性を汚すことが耐え難かったのだ。鈴もスキップするように付いてくる。


 そこへ「マクガイアさん」と宇津奈議員に声をかけらた。そのまま立ち去るわけにはいかない。


 振り向くと、宇津奈議員はマクガイアの前に来て右手を差し出し礼を言った。


「マクガイア神父。本日のご尽力に心から感謝します。ありがとうございました」と宇津奈議員はマクガイアの右手を握りながら頭を下げた。


「いえいえ、お礼ならモーヴェ教区長に行って下さい。わたしはただの使いです」とマクガイア。


「もちろんです。モーヴェ教区長にはしっかりお礼をするつもりです。ただ、あなたにも伝えておきたかった。また、うちのスタッフがあなたに対して少し礼を欠いたことも謝罪したい」と宇津奈議員が再度、頭を下げる。


「いえいえ、なにも気にしていません。それより、日本からカルトが一掃されることをお祈りしております」とマクガイアは言った。これは嘘ではない。


「ありがとう」とマクガイアの言葉を受け取って宇津奈議員は、鈴に目線を合わせるようにしゃがむ。


 マクガイアの後ろに隠れる鈴に「おやおや、嫌われてしまったかな?マミさんから鈴ちゃんはアーモンド・キャラメルが好きだとお聞きしたんだ」と言ってポケットから箱を取り出して、どうぞと言った。


 鈴はマクガイアの影に隠れたまま箱を受け取って小さく頭を下げた。


 それではと別れを告げて、やっとホテルの外に出られた。

 マクガイアと鈴が深呼吸するのが同時だった。二人は顔を見合わせて笑った。


 宇津奈議員の一団が去った特使の部屋では、ティーカップに新たに茶を注いでいた。


「アルフォンソ神父、あなたは確か、以前に教理省に配属されていましたよね」と特使が尋ねる。


「ええ、今の配属先になるまで3年ほどおりました」

「そして、今は列聖省付け駐日本大使館員ということだね」と特使が確認する。


「そうです」

「なるほど、君ほど、本件の審議官にふさわしい人物もないと思うのだが、どうだろう?」


「お任せください。しっかり努めます」とアルフォンソ神父は背筋を伸ばす。


「うん、長官には私の方から話を通しておこう。準備を進めておいてくれ」

「分かりました」


 すると、アルフォンソ神父の携帯に着信が入る。特使に失礼と声を掛け、取次の間に場所を移して電話に出る。


「どうした。そちらは、今、早朝だろ?」と気取らない声でアルフォンソ審議官が電話に出る。


「ああ、アルフォンソ神父。そちらはお昼ごろでしょうか。お元気で?」電話の主はブラジル教区のサントス神父だった。


「ありがとう。何とかやっているよ。今度はなんだ、天使か、聖母かどちらの目撃談だ?」二人は現在、列聖省で働いており、聖人の申請や、天使や聖母の目撃談などを日々審議している。


「天使の方ですよ。アルフォンソ神父。覚えていますか、昨年の7月にブラジルに現れた、大天使ガブリエルから言葉を預かったといい出した男の話を?」


「ああ、覚えているよ」とアルフォンソ神父。


「その男が日本に行くと言い出しまして、男が言うには預言者として日本にいかなければならないと、自分が日本でキリスト教を完成させると言いいだしまして・・・」


「で、なに?」アルフォンソ神父は、サントス神父が語る、よくある与太話に半ばうんざりしながら問い返す。


「日本で何か起こってませんか?」とサントス神父が声を潜めて聞いてくる。


「どうした?サントス神父。入れ込み過ぎじゃないか」と眉根に皺を寄せて言った。

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