第二十三章 GO WEST 大阪万博 その五
爆破騒ぎの万博会場を去り、仁の部屋の前に着いたのは、夕暮れ時だった。
アパートの階段を上り、廊下に出たところで、仁が足を止めた。鈴が仁の尻にぶつかって立ち止まる。
何かあったかとマクガイアが仁の肩越しに前方を確認する。
仁の部屋の前でうずくまっている男がいる。
「紫紋先輩?」と仁が呼びかけると、男はゆっくりと顔を向け「よっ」と左手を上げた。
彫りの深い顔に、浅黒い肌、疲れてはいるが眼光は鋭く、ポロシャツにジーンズという出で立ちで肩まである長髪を掻き上げながら立ち上がる。
「お久しぶりです!先輩。どうされてたんですか?また、急に」紫紋先輩と呼ばれた男は、「近くまで来たから、寄らしてもろたんや」と笑顔で応え、「そちらは」と顎をマクガイアの方へしゃくった。
「ああこちらは、兄の知り合いで、イエズス会宣教師のマクガイアさんです。東京にお住まいなのですが、大阪に用があって、昨日からうちにお泊りになってるんですよ」
「そら、間の悪いときに来てもうたな。近くまで来たんで、積もる話やら懐かしい話やら語り明かそう思っとってんけども、しゃあない・・・他あたるとするわ。これ、土産や」と酒とつまみの入ったコンビニ袋を仁の方に差し出した。
仁がその袋を受け取ると、「ほなな」と仁の肩を叩き、マクガイアに会釈しながら脇を通り抜けようとする。
「紫紋先輩」と声をかけたのはマクガイアだった。
「いや、ちゃいますよ、僕はあんたの先輩やないし・・・おもろい人やね」と人懐っこい笑顔を向けてくる。
「いや、紫紋先輩。どうか私達のことはお気になさらず、仁君とお過ごしください」そう言って、どこへ行くつもりなのか鈴の手をとってアパートを出ていこうとする。
紫紋先輩とマクガイアが自分が出ていくと押し問答をはじめると、仁の顔に苦笑いが漏れる。「あの〜、三人共、中に入りません?狭いですけど」
部屋に入り、仁と紫紋先輩、マクガイアの3人はビールで、鈴はジュースで乾杯し、改めて自己紹介し合った。
紫紋先輩は仁と同じ大学に通っており、仁より2個上とのことだったが、3度留年しており、今では仁の後輩になっていると言って笑った。
「それで、マクガイア神父は、なんで、神父さんになりはったんですか?神父さんになる前は、なんかしてはったんですか?」
紫紋先輩の関西弁はマクガイアには聞き取りにくかったが、何を言っているのかは凡そ検討がついた。
「フランスの外国人部隊にいまいした。軍人です」軍人と聞いて、仁と紫紋先輩は驚きと好奇の目をマクガイアに向けて「戦場に出たことはあるんですか」と聞いてきた。
疲れていたのだろう鈴がマクガイアにもたれ掛かってうとうとしている。
鈴の頭を優しく撫でるマクガイアを見て、子供の前で戦場の話はまずかったと仁と紫紋先輩はマクガイアに小さく頭を下げる。
仁が鈴のためにベッドを譲ってくれた。マクガイアは鈴を抱き上げてベットに運んだ。
「そうだ、今日の万博での爆破事件はどうなりましたか?」とマクガイアが言う。
「ちょっとテレビつけましょうか、ちょうどニュースの時間だし」と言って仁がテレビを点けた。
仁が寝ている鈴を気遣って音量を落としながらチャンネルをニュース番組に合わせる。
ちょうど万博での爆破事件が取り上げられていた。
「凄い音でしたもんね、少し揺れませんでした?」と仁が言う。
マクガイアが頷き返す。
「えっ、二人とも万博行ってたん?」
「ええ、鈴ちゃんと三人で」
「なんもなくて良かったなぁ」と紫紋先輩。「ほんま良かった」と肩を落として溜息をついた。
ニュースによると万博会場の3箇所にプラスティック爆弾が4つ、5つ仕掛けられており、最も人手の多い昼時に一斉に爆破されたとのこと。
死者十一人、負傷者は軽症者を含めると300人に及ぶ、子どもたちの遊び場となっている科学の二柱像には爆弾が仕掛けられていなかったのが不幸中の幸いであった。
事件の背後に、反グローバリズムを掲げる赤心党の関与が疑われていると結ばれていた。
「う〜ん」と事件の経緯に納得のいかない仁が唸る。紫紋先輩はチューハイに口をつける。
ニュース画面を見て「軍隊の姿が見えませんね?」テロが疑われる事件であれば、ヨーロッパでは軍隊が出動するのが当たり前なので、不思議そうにマクガイアが言う。
「ええ、日本に軍隊はありませんからね」と紫紋先輩が答える。
他のニュースに切り替わったところで仁はテレビを切った。
「日本に軍隊はない?自衛隊は?」とマクガイア。
「自衛隊は軍隊ではないということになっています。せやから、国内で自衛隊が武力行使するなんてことは絶対にないんです」
「いや、自衛隊は立派な武力です。それを武力ではないという根拠はなんですか?」とマクガイア。
「根拠は日本国憲法9条です。9条にはいかなる武力も持たないと宣言されています。なので、日本には軍隊はありません」と紫紋先輩。
議論好きの紫紋先輩はわざと論議になるような物言いをすることがあった。
今日は元軍人の神父を相手に戦争と平和でも論じようとしているのだろうか、と仁が面白そうに二人の話を聞いている。




