第二十二章 マクガイア幼少期を語る
「ユリア君!」と叫ぶ、アントン・モーヴェ教区長の声が聞こえる、階段を駆け下りる足音がして、食堂にユリアが顔を出す。その顔は涙でぐしょぐしょだった。
ユリアは、嗚咽を漏らしながら切羽詰まった瞳でマクガイアを見つめる。
「マクガイア、お願い・・バイクで・・バイクでどっかに連れてって・・」としゃくりあげながら言った。
そうして、二人は今、芝公園近くの歩道にカブを乗り入れて、ベンチに腰掛けて東京タワーを見ていた。
マクガイアは近くの自動販売機で缶コーヒーとミルクティーを買った。
ミルクティーをユリアに手渡し、自分は缶コーヒーのプルタグを引いて飲んだ。
ユリアはもう泣いてはいない。頬には涙の跡がしっかりと残っている。鼻の先も赤い。ユリアは、両手を温めるようにホットのミルクティーを両手で包み込みながら、体を前後に揺らしている。
ユリアはハァ~と息を吐くと、ミルクティーを一口飲んだ。
「何があったか聞かないの?」とユリア。
「何があった?」とマクガイア。
「・・・まだ、話したくない・・・」とユリアが言う。
「構わない」とマクガイア。
ユリアは少し落ち着いた声で、マクガイアの家族の話を聞かせてほしいと言った。「わたしの家族?」と問い返すマクガイアに、涙の跡を残した笑顔で頷くユリア。
「ユリアのお父さんとお母さんは、高校時代に知り合ったって話だったな?わたしの両親もそうだった」とマクガイアが語り始める。
「北アイルランドの小さな町で生まれた二人は、その町で出会って、高校生の時に母が身籠った・・・わたしを身籠った。
父も母も貧しい家の子だったから、二人共学校を辞めて働き出したんだ。5年後に弟が生まれた。4人家族なんだ」とマクガイアが言うと「マクガイアはお兄ちゃんなんだね」とユリア。
ああとマクガイアはユリアに答え「家では、レッドゼッペリンや、ディープパープルの曲がいつも流れてた。多分、あのカセットデッキは日本のものだったんだと思う・・・お父さんとお母さんはロックが、特に激しいやつが大好きだったんだ」と話を続けた。
「で、弟が幼稚園に行く頃になると、家には車もあってね。それで、ロンドンのロックフェスに家族で出かけることになったんだ。フェスにつくまでの道のりは楽しかったよ、車でフェリーに乗ってね」とマクガイアがユリアに微笑みかける。
「いいね・・・なんか映画みたいな風景が浮かんでくるよ」とユリア。
「でも、そのロックフェスで駄目になるんだ・・・」と言ってマクガイアが両肩をクイッと上げる。
「駄目?」とユリアが問い返す。
「そう、駄目になる・・・ユリアはお母さんが悪い宗教に嵌ったって言ったね?
わたしのお父さんとお母さんが嵌ったのはドラッグだった・・・」と言って手元の缶コーヒーを見つめた。
「ヤバいね・・・」とユリアが相槌を打つ。
「うんヤバい。ユリアはドラッグに手を出しちゃ駄目だよ」と真剣な表情でユリアの目を見て言った。
「うん、わたし絶対やらない。あれは駄目だってわかってる」とユリアはきっぱりと答える。
「うん」と笑顔でユリアに頷くマクガイア。
「でも、わたしのお父さん、お母さんは嵌ってしまった・・・ロックフェスが終わっても家に戻ることはなかった・・・ロンドンの郊外の廃墟、そこに居着くことになったんだ」
「そこは、もうジャンキーの巣窟で、わたしと弟のような幼い子供がいていい場所じゃないんだ、お父さんもお母さんも薬のせいでもうわかんなくなってたんだ」
「その廃墟には屋根裏部屋があったんだ、梯子で上がるんだ・・・平らな床も真っ直ぐ歩けないようなジャンキーには登れない梯子でね、弟のテオとわたしはその屋根裏部屋で息を潜めて暮らしてたんだよ・・・」とマクガイアが言う。
「えっ、お風呂とかトイレはどうしてたの?」とユリア。
「お風呂には入らなかった。トイレは屋根裏部屋の窓からしてた」
「うえぇ、めちゃハードモードじゃん」とユリアが言う。
「ああ、テオには絶対に下に降りるなって言ってたんだ・・・
わたしは、食料を調達しに下におりて、食べ残しを掻っ攫ってテオに届けていたんだ」
「ある日、なぜ、テオが下に降りてたのか、なぜ火事になったのか全く記憶になんだが・・・廃墟が火事になってお父さんとお母さんはジャンキーたちと一緒に焼け死んでしまった」とマクガイア。
「えっ」とユリアが驚いてマクガイアに向き直る。
「なぜかわたしとテオは生き残ったんだ・・・」とマクガイアは両親の死を悲しむでもなく、自分たちが生き残ったことに対して不思議そうに言う。
「そして、わたしと弟はは孤児院に預けられたんだ」とマクガイアは話を終えた。
「えっ・・・ごめんなさい。マクガイア・・・」とユリアはなぜかマクガイアに謝って「弟のテオ?テオはどうしているの?」と聞く。
「テオはねぇ・・・」とマクガイアは身を起こして、胸を張るようにして言った。
「コンピューターをやって、大成功したんだ。テオは自慢の弟なんだ」
「へぇ、凄いじゃん!・・・わたしにも弟か妹がいたら、なにか違ってたのかなぁ・・・」
「んっ」とマクガイアがユリアに言葉の真意を問う。
「わたし一人っ子だからさ、両親と一対一じゃん・・・だからどうしてもさ・・・お父さんにもね・・・お母さんにもね、自分を見ててほしいなと思っちゃうんだよね・・・」とユリアが言う。
「弟がさ・・・妹がさ・・・いたらさ・・・もうちょっと余裕を持てたのかなぁ」とユリア。
「わたしね・・・お母さんは・・・わたしを思ってくれているとね・・・信じてたんだ・・・それがね・・・それがね」と言ってユリアは「違った!」と言って泣いた。
マクガイアはユリアの肩に手を回して言った。
「家族って、色々だよ、ユリア・・・
世間では理想の家族像や、理想の親子関係なんてものが出回っているが、それって意味があるとは思えないんだ・・・」
「子は親を選べないし、親も子を選べない・・・100の家族があれば、家族のあり様は100通りだとわたしは思うんだ。100の家族にはそれぞれに幸福と不幸があって、愛があって憎しみがある・・・
だからって、それに馴染めともいえない」
「親子関係で言えば、子どもの方が圧倒的に弱い立場だからね。だから子どもたちを救う手や、人や、団体や、制度が必要になる」とマクガイア。
「ところが、そんなものをいくら用意しても、子どもたちを救うことになるのだろうか?ならないね」とマクガイアは言い切る。
「愛が必要なんだ・・・愛が」
「だから、わたしは世間で不幸と言われる家に生まれたものが、不幸な人生を歩むなんて認めたくないんだよ・・・
世間で言われる不幸な家に生まれても、幸福な人生を送ることができる、そういう世界でわたしは生きていたい・・・そういう世界のために自分の人生を捧げたいと思っているんだ」とマクガイア。
「そう思っている人がいる世界にいるんだね。わたし・・・」とユリア。




