第二十一章 同伴登校とつながるスマホ その八
大藪弁護士のもとに、鈴がやってきて画用紙を広げて見せる。
「んっ、鈴ちゃん。なになに、これはなんだろう?」と画用紙を手にとって眺める。
「それ、大阪万博の絵なんですよ。あのモニュメント」とユリア。
「ああ、ああ、それだ鈴ちゃん、これ科学の二柱像だ。よく描けてるねぇ」と鈴の頭を撫でる。嬉しそうに鈴が跳ねる。
「鈴ちゃん、大阪万博に行くんだよねぇ。いいなぁ、お姉ちゃんもいきたかったなぁ」とユリアが言うと、はにかみながら得意げに微笑む鈴。
「えっ、鈴ちゃん大阪万博行くの?」と大藪弁護士が大げさに驚いてみせる。
「実は、そうなんです。マクガイア神父をバチカン特使のもとに使いに出すのですが、それに鈴が同行することになりまして」とアントン・モーヴェ教区長が事情を話す。
「宿取れますか?」と大藪弁護士。
アントン・モーヴェ教区長は首を振り「とても困っています」と言った。
「わたしの弟が京都にいます。弟の下宿でよければ直ぐに手配しますよ。マクガイア神父、狭いですけど、どうでしょう?」と大藪弁護士が宿の手配を買って出てくれる。
「全く、問題ありません」とマクガイア。
では、と大藪弁護士はスマートフォンを取り出して、弟に電話した。
「おう仁か、俺だ。今、ちょっといいか?」
「いや、来月なんだけど、俺がお世話になっている方が大阪万博に行くんだ、宿がなくて困っててな」しごく簡単に告げる。
「そうか、物分りがよくて助かる」と弟の承諾が得られて「いつでしたっけ?」と日にちを確認する。
「8日からがいいかな、8日に京都に入って、9日に万博、10日はお仕事、2泊させてもらえればありがたい」と日程を調整する。
「8日と9日、8日はお前、京都駅に迎えに来い、で、京都をご案内して、9日は万博、10日はお仕事だそうだから、分かったか?」と段取りまでつけてくれる。
「うん、うん、それでいい。頼むよ。また、知らせる」と、言ってスマホを切ると、「宿の手配はできました。大学生の狭い下宿になりますけど」と大藪弁護士が申し訳なさそうに言う。
「ありがとう」とモーヴェ教区長とマクガイアは頭を下げる。
「さて、モーヴェ教区長、ユリアさん。少しいいですか。できたら教区長のお部屋で3人で」と大藪弁護士。
「もちろん、構いません。ユリア君もいいね?では」と3人が席を立つ。
アントン・モーヴェ教区長の部屋に入ると「まあ、なんとかなりました」と大藪弁護士が切り出した。
「さすが、大藪弁護士」とアントン・モーヴェ教区長が感謝を伝える。
「いえいえ」と大藪弁護士が答える。二人の会話をよそにユリアの顔には不安が浮かんでいる。
「では端的に、ユリアさんに対する倉棚里美さんの親権が一時停止されました。わたしがユリアさんの後見人となりました」これによりユリアの母親は、親子であることを楯にとってユリアを教会に連れて行くことができなくなるという。
「このことは書面でユリアさんのお母さんである倉棚里美さんに通知しています。書留で昨日付けで送っています」と大藪弁護士。
まだ浮かない顔のユリアに大藪弁護士は「ここからが本題です」と切り出した。
「さて、ユリアさん。ユリアさんが使っているスマートフォンの通信料金のの引き落としについて調べていたら、とんでもない事実に行き着きました」と大藪弁護士は明るい表情で、ユリアに期待を持たせるように言った。
「あなたのスマートフォンの通話料は、お父さんがあなた名義で作っていた銀行口座から引き落とされていることがわかりました」と大藪弁護士が言う。
「えっ」とユリア。
「しかも、お父さんはあなたが生まれてから、その口座に月々入金されていてその額4,600万円程になっています」すごいでしょと大藪弁護士。
大藪弁護士は続ける。
「そして、お父さんの死亡保険金が1億円。合わせて1億4,600万円がその口座にあることが分かりました。ユリアさん!もう生活に追われることはないんです!本当に良かったですね」と大藪弁護士。
それを、聞くとユリアはポケットからスマートフォンを取り出して、床に激しく投げつけた。ユリアの顔はくしゃくしゃである。
「お母さん!!お母さん!お母さん・・・」とユリアが嗚咽を上げる。母親が自分といつでも通話できるように支払いをしてくれていると思っていた。違った、思い違いだった。
ユリアは母からの着信をいつも待っていたのだった。いつか戻って来てくれると信じて・・・
アントン・モーヴェ教区長は立ち上がって、ユリアのスマートフォンを拾う。
スマートフォンの画面はひび割れていた。待ち受け画面は幼いユリアを抱き上げる母親とそれを見守る父親が写っている。
アントン・モーヴェ教区長が優しくユリアの肩に手をかけ、抱き寄せた。
ユリアの気持を察することができなかったばかりか、得意げに語ってしまった大藪弁護士は、両手で目頭を抑え顔を伏せた。大藪弁護士は、浅はかな自分を恥じた。




