第二十一章 同伴登校とつながるスマホ その五
少し離れた席からユリアが「へ〜マクガイア、ナポリタン好きなんだ?」と聞いてくる。
「いや、食べたことはない」とマクガイア。
「食べたことないっておかしくない?そっちの料理じゃん?」と不思議そうにユリアが言う。
「いや、ユリアちゃんナポリタンは日本オリジナルなんだよ」と食材を準備しながらマスターが言う。
「えっそうなの、スパゲッティなのに?」とユリア。
マスターは頷いて、マクガイアに向き直って、少々お待ちをと言って調理にかかった。
「じゃあマクガイアはどこでナポリタンを知ったの?」とユリア。
「天の階教会に行った帰りに、美味しそうにナポリタンを食べている人を見たんだ」とマクガイア。
「えっ!マクガイア、天の階教会に行ったの?何しに行ったの?」とユリアは急に早口になって尋ねる。
マクガイアは何を言っているんだ、と眉根を寄せてユリアを見て「決まってるだろ、ユリアのお母さんを取り戻しに行ったんだ」と言った。
「えっ本当に?」とユリアが息を飲む。
「本当だよ。お母さんには会えなかったし、追い出されたけどね。今度、行ったら必ず連れ戻してみせる」とマクガイアは調理するマスターの動きを目で追いながら言った。
「本当にお母さんを取り戻しに行ってくれたんだ・・・」と言ってユリアはマクガイアを見つめる。
マクガイアはマスターの動きを目で追いながら、ユリアに尋ねた。
「なあ、ユリア。今日、一緒に学校に行って思ったんだが、いい雰囲気じゃないか。前に聞いた話では敵ばかりみたいなこと言ってたろ?」
「違うよ、あそこは・・・あそこはシェルターみたいなもんだから、避難民の収容所だから。教室はそうじゃないんだよ」とユリアが言う。
「はい、お待たせしました。ナポリタンになります」とマスターが皿をマクガイアの前に置く。
「ありがとう」と皿を受け取って「話してくれ、ユリア」とマクガイアが言う。
「う〜ん」とユリアがどこから話そうか迷っていると、ナポリタンを一口食べたマクガイアが手を上げてユリアに待ったを掛けた。
「ユリア、すまん。ナポリタンを食べ終わるまで待ってもらっていいか?」と言ってきた。
「いいよ。美味しかったんだね。ナポリタン。いいよいいよ」ユリアは、ちょっとむっとしながら返した。マクガイアはとても美味しそうにナポリタンを啜ることなく食べている。
ユリアはマクガイアが何か食べているところを何度が見ていたが、いつも美味しそうに食べるマクガイアに感心していた。
マクガイアがナポリタンを食べ終わるまで早かった。あっと言う間だった。
「どうです。うちのナポリタンは美味しかったですか?」とマスターが尋ねる。
「美味しかったです。私は、フランスでも、イタリアでもパスタを食べましたが、このナポリタンはそれらパスタに匹敵します。酸味と甘味が感じられて、パスタの食感はもちもち、とてもユニークだ。すばらしい」と賛辞を送るマクガイアに対して、ユリアが不思議そうに尋ねる。
「イギリスは?マクガイアはイギリス人でしょ、イギリスにはあるの?もっと美味しいパスタが?」
「ユリア、私はアイルランド人だ。そして、イギリスには美味いものなどない」マクガイアは言い切った。
「え〜っ、イギリスって紅茶とビスケットみたいななんか美味しいものがあるような感じなのに?」
「ははは、私のシンガポールの友人がジョークでこんなこと言ってました」とマスターが語り出した。
「イギリス人は幾千里の海を超えて、東南アジアから香辛料を山程持って返ったが、レシピを持って変えるのを忘れたって、はははは」と一人で言って、一人で笑っている。
「そこまで言われるって俄然、興味が湧いてくるんですけど」とユリア。
「ユリア、こう覚えておくといい、カトリックの飯は美味い、プロテスタントの飯はまずい」
「それは、真理だなぁ」とマスターが感心して言った。
「では、ユリア、話を聞こうか」と紙ナプキンで口元を拭ってマクガイアが言った。
「この流れで、かなり難しいんだけど・・・」と言うユリア。
「では、気分を変えて」とマスターがコーヒーゼリーを出してくれた。
ユリアが手を叩いて喜んでいる横で、マクガイアが「コーヒー・・・ゼリー・・・」と不思議なものでも見るように呟く。そのマクガイアの様子を嬉しそうに見ながらマスターが言った。
「これも日本オリジナルのデザートになります。ナポリタンをあれだけ美味しそうに食べるのを見たら、ぜひこっちも試してもらいたくなっちゃって」とマスターが目を細めて言う。
コーヒーをゼリーにする必要などあるのだろうか、と疑問に思いつつマクガイアは上に乗っているホイップクリームとゼリーをスプーンで掬って口に運ぶ。
あっと声が出そうになる。美味しい。ゼリーはしっかりとコーヒーの味がした。それが口の中でホイップクリームと混じり合う。プルプルの舌触りで味わうコーヒー、これはありだとマクガイアは思った。それにしてもとマクガイアは思う、なぜ、日本人は違う味覚のものを合わせるのだろう。
甘塩っぱい、または甘辛い料理をミカエル荘で食べてきた。
コーヒーゼリーはなんだ?甘苦い、違う、そこまで苦みはない。
マクガイアは甘渋いという感覚が近いのではと思う。渋甘いの方が妥当かもしれないと思考が進んで、マクガイアはこの感覚は初めて抹茶を飲んだ時の感覚に似ていることに気付いた。
「どうですか?」と感想を求めるマスター。
「美味しいです!渋甘です」とマクガイアがサムズアップする。なにそれとユリア。
マスターは笑って「渋甘っていいですね。そう、大人のデザートです」と言った。




