第二十章 たんぽぽのようなひまわり その五
ユリアが店の前でまごついていると、女将さんが暖簾を仕舞いに出てきた。
「あら、まだいたの?」
「すみません・・・女将さん。わたし・・・嘘ついてました。わたし、専門学校の学生じゃなくて、高校生なんです。高校一年生なんです。どうしても、働かなきゃいけなくて、こちらで働かせてもらいたくて・・・」嘘をついたとユリアは正直に言った。
「なにか理由がありそうね」と女将さんが言う。
「でも今日は遅いから、もう家に帰りなさい。明日、話を聞かせてくれる。それでいい?」
「はい」
「お疲れ様でした」とユリアは声をかけ俯いてアパートの方へ歩きだす。
「おやすみなさい」と後ろから声をかけられた。ユリアは振り向いておやすみなさいと返した。おやすみなさいを言うのは久しぶりだった。
翌日、ユリアは学校帰りに制服のままで、割烹居酒屋「あいづ」を訪れた。
事情を正直に話し、働かせて欲しいと訴えた。
女将さんが言った「お客さんには、高校生ということは内緒にしなさい。学生って言っておけばいいから、どこの学生かって聞かれたら内緒って答えなさい。それから、学校は絶対に卒業しなさい。卒業してほしい。帰ってから勉強なんてむりでしょ、だから授業でしっかり身につけなさい。それから、勤務時間は10時まで、それでいい?」
それから、学校とバイトの毎日が始まった。土日は昼間に日雇いを入れた。
何があるかわからない、出費は徹底的に抑えた。
なんとかやって来れたのだが、割烹でのバイトは、女将さんが無事出産を終えたことで御役御免となったが、女将さんに、今働いている「エデン」を紹介された。女将さんの計らいで、賄い付きである。
「あなたが支払っていると、証明するものはありますか?」と大藪弁護士が生活費の支払いに関して尋ねてくる。
「領収書なら、あります。家計簿みたいなものをやっていて」とユリア。
「スマホは持ってる?」と大藪弁護士。
「はい、持ってます。中学生になった時に父が買ってくれて」とユリア。
「その通信料はどうしているの?」と大藪弁護士が確認する。
「母が払ってくれています」とユリアが答える。
「それは確か?」と大藪弁護士が念を押す。ユリアの顔に不快な色がさす。
「いや、君の生活について、お母さんがどれくらい責任を果たそうとしているか、とても重要なことなんだ」と弁解するように大藪弁護士が言う。
「わたしは、払ってません。でも、電話は止められてないので、お母さんがわたしと連絡を取れるように払ってくれていると思います」とユリアが毅然として言う。
「電話番号を教えてもらえる?」ユリアは大藪弁護士に電話番号を教えた。
「では、ユリアさんが一人で暮らしている、その状況を知っている人はいますか?」と大藪弁護士。
「いません。家族はもうお母さん一人なんで」とユリアが答える。
「端的に言いますね。あなたは母親からのネグレクトを受けていると言ってもいいし、カルトに嵌った親の面倒をみるヤングケアラーであると言ってもいい状況にあります」と大藪弁護士が確認するようにユリアの目を見る。
「わたしは、あなたが自分自身を母親からネグレクトを受けた者として認知していただければと思っています」と大藪弁護士。
「なぜですか?」とユリアが問いかける。
「そうすれば、虐待ということで、母親を訴えることができ、母親を天の階教会から引き離すことができるからです」と大藪弁護士が答える。
「それは、お母さんが警察に捕まってしまうと言うことですか?」とユリアがよくわからないといった表情で大藪弁護士に問い返す。
「そうですね。そうです」と大藪弁護士。
「そんなことできるわけないじゃないですか!」とユリアは大きな声を上げた。
「お母さんを犯罪者にするなんて、私はそんなこと望みません!」とユリア。
「うんうん、それでは、まず君自身を守ることから考えよう。ただ、お母さんを守る方法があるということも覚えておいてください」まあまあと両手でユリアに気を鎮めるよう促す大藪弁護士。
そう言われてもユリアは素直に頷くことはできなかった。
大藪弁護士は翌日、一緒に学校に行くということであった。すでに、高校の校長とアポイントは取っているとのことだ。学校側に状況を説明し、その後、区役所にユリアの保護申請を行い、母親の保護者の資格を失効させる手続きと、大藪弁護士が後見人となる手続きを進めるとのことだった。
ユリアは頷いて聞いていたが、それらが何を意味するのか全く理解できなかった。大藪弁護士はユリアから家計簿を預かりたいと言われ、それを手渡した。
「ユリアさん。本当に大変でしたね。でも、もう大丈夫です。生活費の心配もいりません。高校生として存分に青春を楽しんでくださいね」と大藪弁護士が話を締め括った。
そう言われても、ユリアには何の実感もなかった。
翌日、大藪弁護士とマクガイアに連れられてユリアの高校に向かった。
校長と教頭、学年主任の原田と担任の斎藤先生の4人が待っていた。
大藪弁護士が4人に倉棚ユリアの現状を話し、彼女の保護措置に対する協力を求めた。
学年主任の原田は露骨に嫌な顔をした。
他の3人も一様に面倒事に関わることを避けたいという態度を隠さなかった。
他の学生に危害が及ぶことがあってはと4人は口を揃えて渋る。
大藪弁護士は教団が狙っているのは学校ではないし、他の生徒に危害が及ぶことはないと言葉を替えて何度も説明した。
なにかあるとすれば学校の外、通学時になるだろう。その際に、彼女を守ることができるように同伴者を認めてもらいたい、必要とあれば同伴者が校内に入ることを了承してほしい、求めるのはそれだけだと学校側に言う。
それでも渋る4人に、大藪弁護士は言った。
「わたしは、彼女が置かれた状況を皆さんにお伝えしました。皆さんはその事実を知った」と言って4人を見渡す。
「わたしは、皆さんに協力をお願いしました。もしですよ、ここで皆さんが協力を拒絶して、倉棚ユリアさんに何かあったら、その責任を問われることになるでしょうね。学校側はやるべきことをやったという事実が必要だとは思いませんか?」と脅しに近いことまで言った。
事なかれ主義の4人を、大藪弁護士は根気強く説き伏せた。
4人は最後には渋々協力することを認めたが、一つ条件をつけた。
事態が収束するまでユリアは保健室登校を続けることと言うものだった。




