第二十章 たんぽぽのようなひまわり その三
「中学3年生の一学期が終わる頃に職員室に呼び出されました。先生から学費の支払いが滞っていることを知らされて・・・もう、お母さんはどっぷり宗教に嵌っちゃって、わたしの学費どころじゃなくなってました・・・」ユリアの口調が重くなる。
「生活費は?」と大藪弁護士が尋ねる。
「それは5万円とか、3万円とか封筒でもらってました。中学卒業くらいまで・・・」
「それで学費はどうしたの?」とシスター杉山が言う。
「はい。だから、わたし、歳を誤魔化して夏休みバイトをしまくりました。中学2年の時に身長が20センチも伸びたから、大人に見えたのか、バイトを見つけるのは難しくありませんでした。なんとか一学期分の学費を稼いだんだけど、残った金額を工面することはどうしたって無理で・・・」と当時のことを思い出し、ユリアの表情が曇る。
「うん」と大藪弁護士が励ますように相槌を打った。
「で、思い出したんです。おばあちゃんが、あなたのために貯金をしているんだよって、持っておきなさいって郵便貯金の通帳を渡されていたんです。なにかあったらこれを使えばいいよって」ユリアは顔をパッと明るくして言った。
「で、郵便局に行ってATMに通帳を入れたんだけど、問題は暗証番号。凄く緊張して。4桁の番号なんだけど、何回か間違うと引き落とせなくなるって聞いてたから。おばあちゃんの誕生日を入れてみたら、駄目で、もうほんとに焦りました」とどこか楽しそうにユリアは話す。
「次に、わたしの誕生日を入れたら、開いたの。残高の額よりも、自分の誕生日を暗証番号にしてくれてたことにが嬉しかったなぁ・・・で、金額も残りの学費を払っても少し残るだけの額だったんです」と凄く嬉しそうなユリア。
「うん」と笑顔で大藪弁護士が頷く。
「でも、その通っていた学校の高等部の学費を払うのは無理・・・だから、担任の先生に、高校は公立の学校に行きます。受験しますって言いました」と残念そうにユリアが言う。
「先生は、なにか察していたみたいで、公立高校の受験について説明してくれて・・・別になにか希望があるわけでもなかったので、家から一番近い、歩いて通える高校を受験することにして・・・受験の手続きも、入学の手続きも全部自分でやったんですよ」と言って、ユリアは無理して笑顔をみせた。
「でも、もうおばあちゃんの貯金も残りが少なくなってって、制服とか教科書とかどうしようと思うと胸が詰まって息ができなくなっちゃって、過呼吸っていうの?そんな感じで、死んじゃうかもって思った・・・」肩を落とすユリア。シスター杉山が目尻を拭う。
「次の日から日払いのバイトを入れてお金を作って、制服や体操服、教科書を買ったんだけど、体育館シューズは買えなかった。まあ、なんとかなるだろうと」とユリアは胸の前で拳を握った。
「揃えた制服や教科書をテーブルの上に広げて見ていると、なんか、ちょっと誇らしかったりして」と微笑むユリア。うんうんと頷くシスター杉山。
「よく頑張ったね」と大藪弁護士が言う。
「そしたら、部屋のチャイムが鳴ったんです。誰かが訪ねてくるなんてなかったから、驚いちゃって、すぐに出れなくて。そしたら、またチャイムが鳴って”倉棚さん、いらっしゃいますか、大家です”って」
話の雲行きが怪しくなり、部屋にいた皆が眉をよせた。
「ドアを開けると、年配の女性がいて、家賃が3ヶ月滞ってるって言われて、また、目の前が真っ暗になりました。取り敢えず、一月分だけでも払ってくれないかって言われて、すみません、すみませんって謝って、何とか一週間待ってもらえることになったんです・・・」とユリアが項垂れる。
「で、そこから一週間、また、日払いのバイトをしたんだ。高額バイトってあるの知ってます?すごい魅力的で、ヤバイの分かってるのに真剣に悩みました、楽になれるかもって」とユリアの話を聞いて、ダメダメと首を横にふるシスター杉山。
「それで、どうしたの?」と大藪弁護士。
「なんとか踏みとどまって、いつもの日雇いで働きました。入学式を休んで、続けて三日休みました。仕方ないですよね、お金が必要だったから」とユリア。
「で、なんとか一月分の家賃を払って、さあ、明日から高校生活が始まるぞって思ったら、楽しみにしていたはずなのに、ぜんぜん駄目なの、入学式から3日も休んで、どんな顔して学校生活を始めたらいいのかわかんない。もうみんな仲良くなってるかもしれないし、私の席はないんじゃないかとか、それに通う学校には男の子がいるし、不安でしかたなかった。女子校の小学校に入ってから、身近に同い年の男の子がいることはなかったから。もう、ごちゃごちゃになっちゃって、揃えた制服とか教科書とかゴミ袋に突っ込んだんだ・・・」そこまでユリアの話を聞いて、部屋にいた全員が同時に溜息をついた。
当時、ユリアは制服と教科書をゴミ袋に突っ込むと、膝から崩れ落ち声を出さずに泣いた。泣いて泣いてふと気付くともう涙は出ていなかった。空っぽになった感じがした。
「よく立ち直ったわね、偉いね・・・」と涙声でシスター杉山が言った。
「ぜんぜんエラくなくって、屋台のチャルメラの音を聞いたとたん、お腹がグーって鳴っちゃって・・・」と恥ずかしそうに笑うユリアにつられて皆の顔も笑顔になった。
「そう、そうです。そこの屋台のおじいさんに励まされたんです」とユリアは明るさを取り戻して続けた。
「チャルメラの音を聞いて、財布持ってダッシュで外に出たんです。古い屋台を見つけて、ラーメンを注文しました。屋台はお爺さんがやってて、鶏ガラ醤油ラーメンです。美味しかったなぁ、すごくシンプルなんですけど、ネギとナルトとメンマとチャーシューがのってました。今までで、一番おいしいラーメンでしたね。あれを超えるものはないんじゃないかな・・・」と舌なめずりする勢いでユリアが言うと「その屋台はまだやっているのか?」とマクガイアが食いついた。そのマクガイアのの肩をパウロが諌めるように叩く。
「どうだろ?あの日以来見かけないなぁ・・・すいません、思い出しちゃって・・・」と言うユリア。
「いいのよ。ラーメン、素敵ね。落ち込んでる時のご馳走はなにものにも替え難いわよね」シスター杉山の言葉にユリアは微笑みながら頷いた。その後、それだけじゃないんですと話し始めた。
「その屋台のお爺さんの手のここんとこ、左手の指の付け根に入れ墨がしてあったんですよ。私、近くで入れ墨見るの初めてで、失礼なんですけどじっと見ちゃってたんだと思います・・・そしたらお爺ちゃん、入れ墨の説明をしてくれたんです。これは将棋の角将だよって」と面白そうにユリアが話す。
「角将っていうのは、まっすぐに進めないんですよね?」将棋に詳しくないのか、ユリアが大藪弁護士に尋ねた。
「そうだね、正面には進めない、前に行こうと思ったら斜めにしか進めない」と大藪弁護士が答える。
「お爺ちゃんも、そう言っていました。まっすぐに進めない、斜めにしか進めない、斜に構えなきゃ生きられなかった昔の自分にそっくりだって話してくれました」とユリアからは笑みがこぼれる。
「で、角将って敵陣に入ると、成り上がって?まっすぐに進めるようになるんだって」と言うユリアに間違ってないと頷く大藪弁護士。
「で、お爺さんが言ったんです。俺もいつか成り上がってお天道さんの下、まっすぐ歩いてやるんだって」話すユリアの瞳に光が宿る。
「よぼよぼのお爺さんがそれ言うんですよ。私、ちょっと笑っちゃって、いけないんですけど・・」とユリアは頭に手をやって笑った。
「そしたら、お爺さんも笑って、しばらくして言ったんです。お嬢ちゃん、でもまだ終わっちゃいねぇだろって、このまま終わるわけにはいかないんだって、終わらせられねぇって」
「それ聞いて、私、熱くなりました。頑張ろうって思ったんです。しかも、お爺ちゃん、ラーメン奢ってくれたんですよ」とユリアは拳を強く握って言う。
「わたし言っちゃったんです。そんなことするから成り上がれないんだよって・・・そしたら、ナメんなよって言われました」と笑う。
「俺は成金になりたいんじゃないって。俺はお天道さんの下を真っ直ぐ歩きたいんだ。そのために意地張ってんだって」とユリアは少し身を乗り出して続けた。
「わたし余計なこと言っちゃうクセがあって、格好いいけど、しんどそうって言っちゃったんです」と言ってまた、頭に手をやって笑った。
「そしたら、お爺ちゃんが、格好つけるために我慢するのが本物の男ってもんさって、天知り、地知り、我が知る。人にどう思われるかなんて関係ねえって」とユリアは嬉しそうに言う。
「お爺ちゃんの言葉、カロリー高すぎて・・・」とユリアは眉をハの字にして笑う。




