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第二十章 たんぽぽのようなひまわり その二

 階段から人が降りて来る音がして、食堂にマクガイアが顔を出した。

 シスター杉山が「なにか御用ですか?マクガイア神父」と声をかけた。

「シスター杉山、ユリアに話がありまして、いいかな?」とマクガイア。

「ええ、勿論」とシスター杉山。

「ユリア、アントン・モーヴェ教区長と大藪(おおやぶ)弁護士が話をしたいと・・・」と声をかける。

 ユリアが頷くのを見て、マクガイアが言う。

「シスター杉山も一緒にきていただけますか?」

「ええ、ええ分かりました」とシスター杉山。


 3人がアントン・モーヴェ教区長の部屋に入る。

「モーヴェ教区長から話が来る前に、マクガイア神父からあなたの事を聞いていました」と大藪(おおやぶ)弁護士と紹介された男性が言う。

「だから、ある程度、前調べは終わっているんです」と安心してとユリアに笑顔を向けてくる。

「わたしは、こちらのイエズス会の信者で、(てん)階教会(きざはしきょうかい)の被害者の弁護もしているんです」と大藪弁護士は言った。


「ユリアさん、話しにくいかもしれないけれど、できるだけ質問に答えてもらえるかな」と大藪弁護士。

「はい」とユリアは答えた。

「ユリアさんのお母さんは、今、天の階教会で出家信者となっているね?」

「わかりません。母が何をしているのか、天の階教会のこともよく知らないんです」とユリアは心許(こころもと)ない様子で言う。


「お母さんは、君に天の階教会に入るように言ったりしなかった?」と大藪弁護士。

「それは会えばいつも言われます。昨日の夜は無理矢理連れて行かれそうになりました」とユリア。

「お母さんは、ほとんど家に帰っていないんじゃないかな?君は今、一人で暮らしているんじゃないか?」

 ユリアは黙って、頷いた。


「それはいつから?」と大藪弁護士。

「中学2年生の頃からです。千葉から東京に引っ越してから」とユリアが答える。

「3年以上も一人で、大変だったろう。生活費はどうしていたのかな?」と大藪弁護士が尋ねる。

「初めのうちはお母さんがいくらか生活費をくれました。家賃も払っていたようです。中学3年からは私がアルバイトをして、なんとかやっています」とユリアが問題ないといった感じで答える。


「家賃も光熱費も自分で支払っているの?」と大藪弁護士。

「はい」とユリアが返事する。

「ユリアさん、話を聞かせてもらえるかな。君の生い立ちについて」長くても構わない、できるだけ詳しく話してほしいと大藪弁護士は言った。


 ユリアは()われるままに話し始めた。

「わたしが生まれたのは、千葉県の佐倉市なんですけど、おじいちゃんの代から土建業をやってて、お父さんが二代目で、結構、お金持ちだったと思います。色々、習い事させてもらってて、ピアノにお習字、スイミングにバレエ、毎日凄く忙しかったんです」


「お父さんは大きくて、豪快な人でした。声も大きくて、荒っぽい口調なんだけど、私には凄く優しくて、わたしのユリアっていう名前はお父さんが付けたんですよね。そう、北斗の拳?お父さんが好きだった漫画のヒロインなんですけど、私も一度、読んだことあるんですけど、ユリアって不幸じゃないですか?なんだかなぁって」とユリアが言うと、皆から小さな笑いが起こる。


「お母さんは、お父さんの高校の後輩で、野球部のマネージャーだったんです。いいですよね、そういうの、青春の鉄板っていう感じ」とユリアは微笑む。

「そうだね」と大藪弁護士も微笑む。部屋にいた全員が笑顔になる。


「でもね、お母さんには問題があって、弱い人なんです。で、宗教に走っちゃったんです」とユリアは言って、ハッとする。

「すみません。そういうつもりじゃなくて、宗教が悪いものだとかそんなことをいうつもりはなくて」と自分の発言に他意のないことを伝えようとする。

「大丈夫だよ。ユリア、気にしなくていい」とモーヴェ教区長が言う。


「わたしが物心ついたときには、お母さんはおかしな宗教にはまってて、お務めだとか言って、家に帰ってこないこともありました。そんな、お母さんに、お父さんは何も言えなかったんです。お母さんに対して後ろめたい事があったんです。お父さん、よそに女の人つくってたみたいなんです」とユリアが悲しそうに言う。

「うん」と大藪弁護士が悲しみのこもった相槌を打つ。


「わたしもお父さんに、愛人がいることを知ってから、お父さんとそれまで通りに接する事ができなくなっちゃった。何だろう、凄く嫌だった、嫌で嫌で仕方なかくて・・・」とユリアが顔をしかめる。

「うん」と大藪弁護士も顔をしかめる。


「それで、わたしは小さい頃からおじいちゃんとおばあちゃんに預けられることが多かったんです。家にいるとお母さんがわたしをその宗教団体のところへ連れて行こうとするから」と寂しそうに言う。

「うん」と大藪弁護士が寂しそうに相槌を打つ。


「で、おじいちゃんとおばあちゃんのこと本当にわたし好きだったんだけど、たまにね、たまになんだけどお母さんの悪口みたいなこと、それは凄く分厚いオブラートに包まれているんだけど、小さかったわたしにも分かりました。おじいちゃんとおばあちゃんがお母さんのことよく思っていないことが、だから、おじいちゃんとおばあちゃんが大好きだったけど大好きになれなくて・・・」と悲しそうにユリアが言う。

「うん」と大藪弁護士がその悲しみを受け取るように頷く。


「東京の私立の女子校の小学校に入学しました。お父さんが、どうしてもそこの学校に通わせたかったみたいです」とユリア。

「うん」と先を促すように頷く大藪弁護士。


「中学の2年生になった時、お父さんとおじいちゃんとおばあちゃんが事故で死んじゃいました。私の知らない親戚の法事に参加しての帰りで、居眠り運転のトラックに衝突されて。あっけなく・・・」とユリアは平然を(よそお)って言う。

「うん」と大藪弁護士が重大事だと頷く。




 そこからの転落は早かった。お葬式が終り、遺産やあれやこれやの手続きが済むと、ユリアの母親はすべてをお布施として教団に注ぎ込んだ。


 その功績が認められ母親は教団内で出世し、さらに教団に奉仕するため、当時の教団本部があった東京にユリアを連れて引っ越した。


 東京に引っ越すと聞いた時、学校も近くなるし、何と言っても東京である、ユリアに嬉しいと思う気持ちがなかったとは言えないが、父や祖父母が死んだばかりで、少しはしゃいでみえる母親を(いぶか)しくも思った。


 母親に「これから、ここに住むから」と連れてこられたアパートは羽田空港に近い、築50年のオンボロアパートだった。そのアパートの2階、201号室が一家の新たな住処(すみか)となった。和室の二間。ユニットバスがついているのが不思議だったが、シャワーの水圧は弱くぼたぼたと落ちる代物だった。洗濯機はベランダにあり2層式。手前の部屋にテーブルと椅子が2脚、冷蔵庫、レンジといった最低限の家電のほか何もなかった。勉強机はない。父や祖父母の位牌を供える仏壇もない。

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