第十七章 迷える子羊とマクガイアの説教 その一
マクガイアが片手で鈴を抱きかかえ教会の中に入ると、朝のミサと同様、教会の中は大勢の人で埋まっていた。
皆がマクガイアを振り返る。
マクガイアはその視線を真っ向から受けて、颯爽と中央を進んで行く。
「マクガイア!」と声がする方を見ると、ユリアがいた。
マクガイアはユリアに空いている方の手を上げてみせる。
壇上のアントン・モーヴェ教区長が「皆さん、お待たせしました。どうやら、ニコラス・マクガイア神父が現れたようです」と告げる。
彼は、マクガイアが現れるまで場を繋いでくれていたようだ。「どこへ行っていたんだ。早くこちらへ」とマイクを通してマクガイアを叱る。
マクガイアは鈴を抱いたまま壇上に上がる。
目でアントン・モーヴェ教区長に詫びを入れる。
マイクの前に立ち「皆さん、大変おまたせして申し訳ありません」と謝罪して「私がニコラス・マクガイアです」と名乗る。
「この子は、ミカエル荘で預かっている鈴です」鈴は照れて顔を背ける。
「朝から姿が見えなかったので、探しておりました」嘘である。
「見失った一匹の羊を、連れ帰りました」と九十九匹の羊と一匹の羊の例え話を思い起こさせるようなことを言う。
「このことを、皆さん、共に喜んでいただけますか?」と問いかける。
ユリアが手を叩いて賛同すると、集まった信者からも拍手が沸き起こった。
歩み寄ってきたシスター杉山に、鈴を託し、信者たちに改めて向き直る。
「では、改めまして。みなさん、こんにちは。先月、日本に着任いたしましたニコラス・マクガイアです」信者たちが親密さのこもった瞳でマクガイアを見ている。
「将来、教皇となる男です。どうぞよろしくお願いします」信者たちの瞳が陰り、教会内がざわつく。
アントン・モーヴェ教区長をはじめ教会の人間皆が唖然とする。
もちろん、マクガイアはそれらの反応を一顧だにしない。
「わたしは、日本のために嘆くものです」とマクガイアは話し始めた。
「今まで、多くの宣教師がこの地を訪れ、主の名を、主の言葉を伝えてきました。なのに、多くの日本人は応じようとしなかった」とマクガイアは信者の前で、項垂れて言った。
「それでは、聖書の朗読をいたします。マタイによる福音書第24章を朗読いたします」
今の日本、いや世界の状況に対し警鈴を鳴らすためにマクガイアは黙示録的内容を含んだこの章を選んだ。
「・・・・はっきり言っておく。ひとつの石もここで崩れずに他の石の上に残ることはない」
主イエス・キリストは神殿の崩壊を予告する。その後、弟子たちは主イエス・キリストに世の終わりのときにどのような徴があるのかと問う。
「わたしの名を名乗るものが大勢現れ、『わたしがメシアだ』と言って多くの人を惑わすだろう」
主イエス・キリストは弟子たちが迫害され、信仰を捨てる者や偽預言者に惑わされる者が出てくることを予見される。
「戦争のうわさを聞くだろうが、慌てないように気をつけなさい。
そういうことは起こるに決まっているが、まだ世の終わりではない・・・・
方々に飢饉や地震が起こる。
しかし、これらはすべて産みの苦しみの始まりである」
主イエス・キリストは戦争や飢饉や地震は起こるべくして起こり、これを世の終わりと思ってはならないと説く。
「そのとき、多くの人がつまずき、互いに裏切り、憎み合うようになる。
偽預言者も大勢現れ、多くの人を惑わす。
不法がはびこるので、多くの人の愛が冷える。
しかし、最後まで耐え忍ぶものは救われる」
主イエス・キリストは世の中から愛が失われることを予告し、それでも神への愛、隣人への愛を灯し続けなさいと弟子たちを励ました。
「そのとき、人の子の徴が天に現れる・・・・
その日、その時は、誰も知らない。天使たちも、子も知らない・・・・
だから、目を覚ましていなさい。
いつの日、自分の主が帰って来られるのか
あなたがたにはわからないのだから・・・」
主イエス・キリストはその苦難の日々の後、再臨することを約束する。
そのときは、いつやってくるかはわからないので常に準備しておくことを弟子たちに求めた。
ここまで朗読してマクガイアは聖書を閉じる。
「主イエスの言われた通り、戦争も災害も絶えることがありません。
それだけでなく、日々の暮らしの中で溢れる情報に惑わされ、互いに歯向かい、諍いを起こしているのです。
ご自身とご自身の周りを見て、真偽の定かでない情報に惑わされている人はいませんか?自分が賢いと思い上がって他人を罵る人はいませんか?
今、多くの人の愛が冷えかかっています」と言ってマクガイアは信者達に目をやる。
皆の瞳に憂いの色が浮かんでいる。
「この状況に抗いましょう。
そのために、わたしたちは霊的な目を開き、神とのつながりを大切にしましょう。われわれだけになっても愛を灯し続けていきましょう。
いつからではなく今から、どこからでではなくここから、誰かがではなくわたしたちが、誰かにではなく皆に、愛を灯し続けましょう。
わたしは、この教会で、みなさんとそれを始められることを心より喜び、神に感謝したいと思います」とマクガイアが話し終えたとき、信者達の瞳に熱く燃える光があった。
ユリアなどは飛び跳ねそうになっている。
終わり良ければすべて良しというようにアントン・モーヴェ教区長は頷いていた。




