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第十六章 プレハブ教会と麦畑 その二

 説教の最後に、アントン・モーヴェ教区長から信者へマクガイアの紹介があった。


 マクガイアは信者たちに暖かく迎えられ、ミサの後、多くの信者たちと話すことができた。


 信者に囲まれる形になり、マクガイアだけ昼食をとるのが遅くなった。


 ミカエル荘の食堂で立ったままおにぎりを頬張っているとチャイムがなった。

 インターフォンを取らずに玄関に向かい、戸を開けると一人青年が立っている。


「どうも、郵便局の佐川です。あっ、この間まで郵便局に(つと)めていた佐川です。パウロ神父はいらっしゃいますか?」と佐川くんが言う。


「あっ、パウロですか、ちょっと今、バタバタしててね。ご用はなんですか?」とマクガイアが尋ねる。


「パウロさんに、バイクを(ゆず)る約束をしてたんで、今日、お持ちしたんです」と前の通りを指差すと、そこに赤いカブが停めてある。


「あのバイク?」とマクガイアは玄関を出て佐川くんとバイクの方へ歩き出した。


 郵便局仕様の赤いカブを前から横から眺め回してマクガイアが尋ねる。


「これ排気量は?」

「90ccです」と佐川くん。


「これ、カブでしょ。クラッチは遠心クラッチ?」とマクガイア。

「はい、遠心クラッチで5速です」と佐川くん。


「うんうん、どのくらい走ってますか?」ととても肝心(かんじん)だという風にマクガイアが尋ねる。


「いや、もうわかんないですね。メーター一周回ってるんじゃないかな」と正直に答える佐川くん。


「うん、そう、カブは潰れないけどね。距離は気になるよね」と眉をしかめるマクガイア。


「自分はこいつに3年乗ってましたけど、問題なかったですね」と佐川くんが太鼓判を押す。


「そう、でもねぇ」と疑わしそうにマクガイアが言う。


「ちょっとエンジンかけてもらってもいい?」とマクガイア。

「ええ、いいですよ」快く返事して佐川くんがエンジンをかけた。


「セルついてるんだね」とマクガイア。

「ええ、キックペダルも付いてますけど、今まで使ったことないですね。調子いいいですよ」と佐川くん。


「ちょっといい」とマクガイアがアクセルに手を伸ばして、一回しする。


「フケがどうかなぁ」とエンジン音を確かめてマクガイアが言う。

「まあ、スピードを出すために作られてませんからね」と佐川くん。


「パウロはこれにいくら出したの?」とマクガイアがさり()なさを装って尋ねる。

「えっ」と驚いた表情を浮かべる佐川くん。


「あいつケチだから、安く値切られたんじゃないの?」と同情するようにマクガイアが言う。


「いえいえ、これタダでパウロさんにお譲りするんですよ」と佐川くんが真顔で言う。


「えっ」驚いたのはマクガイアだった。


「書類は?」とマクガイア。

「こちらです。前のカバンに入れてます。ヘルメットも付けときますんで」と佐川くん。


「で、すみません。私、予定があってすぐに行かなきゃいけなくて、パウロさんに渡してもらっていいですか?」と佐川くんが()まなさそうに言う。


「OK、OK、全然問題ないよ、急いで、急いで」とマクガイアは言った。


「じゃあ、お願いしますね」と佐川くんが駅の方へ走って行く。

「はい、ありがとね。よい一日を」とマクガイアは佐川くんを見送った。


 佐川くんの姿が見えなくなったところで、おもむろにヘルメットをかぶり再度エンジンをかけた。


 その時、視線を感じた。”パウロか!”

 玄関に目を向けると、鈴がこちらを見つめていた。胸を撫で下ろすマクガイア。


 鈴を手招きすると(かぶ)っていたヘルメットを鈴に(かぶ)せ、玄関に置いていた工事用のヘルメットを自分が(かぶ)る。


 鈴を後部座席に乗せてから、自分もバイクにまたがると「いいか鈴。しっかり掴まるんだよ」と言って、鈴の両手を自分の(どう)(から)ませて走り出した。


 佐川くんの言った通り、赤カブは(なめ)らかに走る。マクガイアは楽しいのはもちろん、鈴も興奮していた。


 鈴にとって、バイクに乗るのは初めての経験だ。


 鈴は、怖いが楽しい、楽しいが怖い、ドキドキとワクワクを同時に感じていた。


 楽しいのがグーンと来て、クラッチやブレーキでガクガクする時にちょっと怖くて、またグーンと来る時に振り落とされそうですごく怖くて、大丈夫となった瞬間、楽しさが爆発する。


 スピードに流れる景色が好き。

 心臓の鼓動のように、機械が動いている振動が好き。


 頬にあたる風が好き。

 ヘルメット越しに聞こえる風の音、エンジンの音が好き。


 信号待ちの時に振り返って声をかけてくれるマクガイアが好き。

 バイクには好きがいっぱい詰まっていた。


 やがてバイクは速度を緩め、歩道に乗り上げて止まった。

 プレハブ教会の前だ。


「マクガイア!」と声がする。パウロの声だった。

「おまえ、これ!」とパウロが顔を赤くして言う。

「これ!俺んだろ!」とマクガイアを責めるように叫ぶ。


「そう、お前のだパウロ。佐川くんから預かった」とマクガイアは鍵を渡す。


 鈴を降ろして、ヘルメットを取ってやり、そのヘルメットをバックミラーにかける。


「違う!違うだろマクガイア!なんで俺より先に、あんたが俺のバイクに乗ってんだよ!」叫ぶパウロ。


「慣らしておいた」と平然と答えるマクガイア。

「ふざけんな、おい、ふざけんなよ!」とパウロは怒りが収まらない。


「ニコラス・マクガイア!!!」


 パウロの絶叫を背に、マクガイアは鈴を片手で抱きかかえ教会に入って行った。

 夕方のミサで説教をするのはニコラス・マクガイア神父、その人である。

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