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第十六章 プレハブ教会と麦畑 その一

 仮の教会は、プレハブだが、思ったより早くできた。


 信者の中に建設会社を経営している者がおり、率先して再建を手伝ってくれ、多くの信者が寄付を寄せてくれたのだ。


 二階建てくらいの高さがあり、正面にはなんと原寸大の最後の晩餐のパネルが掲げられている。


 どこからか寄せ集めてきたのだろう色とりどりのプラスチックのベンチが横4列、縦に10列並んでおり、十分な人が収容できる。


 箱と言ってしまえば元も子もないが、マクガイアはこの教会から始められることを喜んだ。


 ただ、教会建物ができる前には一悶着(ひともんちゃく)あった。

 仮の建物とはいえ、作業にあたって地鎮祭(じちんさい)を行うというのだ。


 これにはマクガイア、最後まで反対した。地鎮祭をぶち壊そうとまでした。


 暴れるマクガイアをパウロが()め落として、地鎮祭は無事終わったのだが、マクガイアの左耳はパウロの絞め技をもろにくらい潰れてカリフラワーのようになった。


 マクガイアの左耳は潰れたが、兄弟喧嘩のようなものでマクガイアとパウロとの間に禍根(かこん)を残すようなことはなかった。


 このプレハブ教会での初めてのミサの日、続々と集まる信者を目にしてマクガイアは胸が熱くなる。


 ”どこに隠れていたのか、信者たちよ。迫害を逃れ、心休まることもなく、それでも神の愛を忘れず、集えし信者たちよ”もちろん現在の日本においてキリスト教徒への迫害などない。


 ”何が沼か!一面の麦畑ではないか!見ろ、黄金に実った麦の穂が風に揺れている。(めし)いいた老婆にも見えるであろう、金色(こんじき)の野ではないか!”マクガイアは胸いっぱいになる。


 そしてアントン・モーヴェ教区長の説教が始まった。


 アントン・モーヴェ教区長の説教は、まず教会の再建を神と信者に感謝することから始まった。


 そして静かに聖書の朗読へと入る。

「主イエス・キリストは各地で多くの民衆の病気や(わずら)いを癒やされました。

 主イエス・キリストのもとに多くの民衆が集まります。

 そして主イエス・キリストは群衆を従えて山に登られます。

 聖書をお持ちの方はマタイによる福音書 第5章を開いて下さい」と告げた。


 マクガイアはアントン・モーヴェ教区長の選択に(もっと)もだと思った。

 教会の再始動にあたって山上の説教ほどふさわしいものは無いように思われた。

 なぜならば、この章こそキリスト教倫理の核心を成す部分だからである。


「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。

 悲しむ人々は幸いである、その人たちは慰められる・・・・」


 アントン・モーヴェ教区長によって八つの幸福が読み上げられていく。


「わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである」アントン・モーヴェ教区長のバリトンの声が心地よく響く。


「あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである」


 ここには天国で報われる人々の姿が示されている。逆境や苦難の中でも神の祝福と慰めがあることが示されている。


「あなたがたは地の塩である・・・・あなたがたは世の光である・・・」


 主イエス・キリストは信者に対し、真理や愛をもって世に影響を与えることを求めてる。


「わたしが来たのは立法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。

 廃止するためではなく、完成するためである・・・」


 主イエス・キリストは旧約の律法に愛を加え完成されたのだ。愛から(ゆる)しが生まれるのだ。


「腹を立ててはならない・・・姦淫(かんいん)してはならない・・・

 わたしは言っておく。みだらな思いで他人の妻を見る者はだれでも、

 既に心のなかでその女を犯したのである。

 もし右の目があなたをつまずかせるなら、えぐり出して捨ててしまいなさい。

 体の一部がなくなっても、全身が地獄に投げ込まれない方がましである」


 主イエス・キリストは行為や行動だけでなく、その行為や行動を引き起こす、心の清らかさこそ肝心であることを示される。


「悪人に手向(てむ)かってはならない。誰かがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい・・・・敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」


 キリスト教をキリスト教たらしめる一説。真の神の慈愛を示す。


「あなたがたが祈るときは、異邦人(いほうじん)のようにくどくどと述べてはならない。異邦人は言葉数が多ければ、聞き入れられると思い込んでいる。彼らの真似をしてはならない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 とここまで朗読してアントン・モーヴェ教区長は顔を上げて言った。

「みなさん、一緒に祈りましょう」


「天におられるわたしたちの父よ、

 御名(みな)(あが)められますように。

 御国(みくに)が来ますように。

 御心(みこころ)が行われますように、天におけるように地の上にも。

 わたしたちに必要な(かて)を今日与えてください。

 わたしたちの()い目を(ゆる)して下さい、

 わたしたちも自分に負い目のある人を赦しましたように。

 わたしたちを誘惑に()わせず、悪いものから救ってください」


 信者たちがホスチアを口に含み、アントン・モーヴェ教区長が聖水をかけて回る。


 再びアントン・モーヴェ教区長が演台に立ち説教を続けた。


「今日、この時をみなさんと過ごせたことを神に感謝いたします。

 今日、朗読しました山上の説教では真のキリスト教徒にとって必要なことが示されています。

 つまり、神への愛、他者への愛です。それは謙遜(けんそん)となって現れるのです。

 寛容として現れるのです。清き心によって行われる行為は正義です。

 あなたが振る舞うように他者も振る舞うであろうことを信頼し、良き人でありましょう」

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