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第十三章 田中最高導師 その二

 田中最高導師は前に帰依していた教団の指導者を思った。


 カルト紛争の元凶である教団を率いた指導者、彼のような最期は迎えたくないと心から思っていた。


 だからこそ、教祖を名乗らず、教団の代表にもならずにできるだけ目立つことなくやってきた。


 テレビ局から「現代を生きる我々は心の問題にどう向き合うべきか」といった天の階教会に対しフラットな視点、言い換えると教団の宣伝に使えそうな出演依頼や取材の話があっても、すべて断ってきた。


 選挙に出るために政党を立ち上げることはせず、既存の政党の選挙活動を支援する形で政治的影響力を持とうとした。


 田中最高導師は、以前の教団の指導者、彼の轍は踏まないと誓っていた。であるのに、田中最高導師の名前と経歴が雑誌に載ってしまった。


 このままでは、幼稚園の時にズボンを前後ろに履いて皆に笑われたことや、小学校の時に好きな女の子の歯磨きセットを盗んで学級会にかけられたこと、遠足のバスでゲロを吐いたこと、有名私立の中学受験に失敗したことなども雑誌に記事にされてしまうかもしれない。それだけは避けたい。


 担当記者は教団の活動をどこまで(つか)んでいるのかと田中最高導師は思う。対処しなければならない。


 まず手始めに、パソコンの履歴は消しておくべきだろうか、それよりハードディスクを物理的に破壊すべきかもしれないと田中最高導師の意識は矮小(わいしょう)な方向に向かう。


 田中最高導師は、違う違うと自分を叱咤(しった)し、教団の存続のために何をすべきかを考えようとする。


 田中最高導師はポケットから取り出した数錠のカプセルを、口に放り込み、噛み砕いた。


 田中最高導師は効きを待って首が小さく左右に振る。

 暫くして、田中最高導師は顎を突き上げ天井に顔を向けると、目と口がかっと開かれた。


 田中最高導師を飲み込んでいた不安が嘘のように霧散している。田中最高導師の体の奥深くから万能感が込み上げてくる。


 たかがケチな雑誌の記事だ、記者は何人もいないだろう、突き止めてやる。お前は俺を追い詰めていると思っているかもしれないが、追い詰められているのはお前だ。


 俺には力がある。絶大な力だ。小学校の頃とは違うのだ。お前は俺に許しを請うだろう、しかし、俺は許さない。(ひざまづ)くお前を踏み潰してやろう。


 お前は俺に捧げられた(にえ)なのだ・・・・


「最高導師・・・」自分を呼ぶ声がする。

 田中最高導師はすくっと立ち上がり、声の方へ一歩踏み出す。


 すると、声をかけてきた白い僧服の男、萩尾(はぎお)伝師はたじろいで一歩下がり、(こうべ)()れる。


 伝師というのは教団内の階級である。階級は上から統帥、導師、伝師、練師となっている。最上位の統帥は教祖である鈴木よねの甥鈴木(たすく)である。


 萩尾伝師をぼんやりと眺めるように見て、田中最高導師は「なんだ」と問い返す。


「最高導師。ルシファー様がお見えですが、お通ししてよろしいでしょうか?」


 かしこまっている萩尾伝師に大仰(おおぎょう)に頷く。

 萩尾伝師が一礼して下がり、部屋の扉が閉まる。


 閉まった扉が大きな音を立てて蹴り開かれる。ルシファーと呼ばれる男が連れを従えて入ってきた。


 長身に異様に長い手足を持つ自らルシファーと名乗る男は、80年代のハードロックバンドから抜け出してきたような()で立ちだ。


 顔から首、そして胸へと蛇の入れ墨を入れている。

 右目の下に、ガラガラヘビを思わせる尾が施されている。


 ルシファーの感情が高ぶると、敵に警告を告げるようにその入れ墨が揺れるということだ。顔に入れ墨を入れるなど、どうかしていると田中最高導師は思う。


 ルシファー脇にはこれも長身の派手な女、実は女ではない、ニューハーフを連れている。輪郭のくっきりした目鼻立ちに派手な化粧が映え美しい。


 男なら、その顔と波打つ(つや)やかな髪に見とれ、豊満な胸に目がゆくだろう、そして警告するように尖った喉仏を発見することになる。


 ルシファーと連れの二人は挨拶もなく、田中最高導師の許しも待たず応接セットのソファーにどかっと腰を下ろした。


 ハニーがルシファーの胸により掛かる。ルシファーは連れをハニーと呼んでいた。

 ルシファーがハニーの髪を撫でる、目の前に田中最高導師がいることを無視していちゃつき始める。


「用件はなんですか?ルシファーさん」堪りかねて田中最高導師が声をかける。


 ルシファーはハニーの体を離し、田中最高導師にゆっくり向き直る。


 20代の半ばとは思えない貫禄である。

 ルシファーが長い足に長い腕を乗せ、両手を組んで、こちらを覗き込む。


「入信してぇんだよ・・・」とルシファーは静かに言った。

「なっ」と驚いて、田中最高導師がソファーから身を起こす。


 それを見て、ルシファーが、大げさに手を叩いて、声を上げて笑った。

「ねぇよ、田中ちゃん。それは、ねぇ」と笑いを抑え込んで言う。


 そして革ジャンの内ポケットからタバコを取り出して火を点け、大きく一服吸い込む。


 ソファーにのけぞって鼻から長い煙を吐いた。煙が形を保ちながらゆっくりと漂う。


 ハニーがルシファーにしなだれかかる。

 ルシファーはハニーの肩に腕を回し、田中最高導師を見る。


「田中ちゃん、リストを回してくれよ、リストを」とルシファーは簡単に言う。「なんでもいいよ。長くて分厚い一冊でも、薄い数冊でもかまわねぇから。なっ」と薄ら笑いを浮かべている。


「そんなに都合よくあるわけないだろう」と田中最高導師が答える。


「冷たいこと言うなよ。あるんだろ?知ってるぜ、うち以外にもリスト流してるって」とルシファーがサングラス越しにこちらの顔色を伺ってくる。


「内部で融通しているだけだ」と田中最高導師が答える。

「それをちょっと回してくれよ」とルシファーが言う。


「ルシファーさん、あなたは簡単に言うが、このリストを手にするのに結構な手間がかかっているんですよ。


 ご存知でしょ?そんな簡単に出せるもんじゃない。今月分、規定の数は既に渡してあるはずだ。


 旨味があるならまだしも、あなたのところに回した分からの上がりが、少なくなってきてる。

 その状況でわたしがあなたにリストを渡すと?」と田中最高導師は余計なことを言った。


「んっ、聞き捨てならねぇな。田中ちゃん・・・」と余計なことを見逃さないルシファー。

 歪めた目元で入れ墨の尾が揺れる。


「うちがちょろまかしてるとでも言うのかよ。こりゃ、驚いたね・・・驚いたよ」と難癖を付けられたという態度でルシファーが言う。


「うちはしっかりやってるよ。あんたらからストップがかかったら、そこで、手を引く。あんたらからストップがかかるまで、うちらは追い込みをかける。そういう約束だったよな」とルシファーが声を落として言う。


「あんたらの取り分が少ないってのは、あんたらが手を回すのが遅えってことで、それをうちらのせいにされちゃたまらんぜ」とルシファーは言う。道理ではない、その場の形勢がルシファーに傾く。


 ルシファーはサングラス越しに田中を睨み、タバコをテーブルでもみ消した。

「あんたのために、他にもいろいろやってやったろ?どうなんだよ、うちらが悪いのか?」と恩を着せた上で、脅してくる。


「いや、つまらないことを言ってしまった」と田中最高導師は折れた。

「なあ、俺等、うまくやってきたじゃんよ。そうだろ?教会もこんだけデカくなって、な?」とハニーに同意を求める。頷くハニーの頭を撫でて言う。


「お互い様だろ?持ちつ持たれつでやってきじゃない、一蓮托生(いちれんたくしょう)ってやつだろうよ」とルシファーは田中最高導師に笑いかける。

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