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第十一章 シスター杉山

 昼過ぎの暇な時刻を見計らって、マクガイアはシスター杉山に声を掛けた。


「シスター杉山、あなたが洗礼を受けたのはストリッケル総長ではないですか?」


 マクガイアは宣教地を言い渡された後に、ストリッケル総長が日本で洗礼を授けた日本人は4人だけと聞いて、驚いた時のことを思い出していた。


 シスター杉山は静かに微笑み「そうです。ストリッケル総長がわたしを導いてくださいました」と言った。


「よろしければ、お話を聞かせていただけませんか?」


 シスター杉山は語った。


 わたしの前半生は決して真面目なものではありませんでした。

 わたしの10代はイケイケだったんですよ。今は、もうおばあちゃんですけど・・・


 わたしが若い頃は、暴走族が全盛期で、わたしもよくバイクや車に乗せてもらいました。


 父は国鉄、今のJRですね、で運転手をしていました。母親は主婦でした。


 何に不満があったのか、今ではよく分からないんですが、中学生になった辺りで真面目な両親に嫌気が差しました。


 わたしが、息苦しいのはあんたらのせいだ、みたいな。


 で、不良の先輩たちとつるむようになったんだけど、何とか高校には進学して、でも、全然、面白くなくて。


 今から思えば馬鹿なことしてたなって思うんですけど、当時はね、正直、皆で、つるんで走るのは楽しかったなぁ。


 で、憧れの先輩と付き合うことになったんです。硬派な人で、お互い好きだってことはわかっていたのに、付き合うまでは時間がかかりました。


 で、付き合うようになってからは、彼のアパートに入り浸りになって、子供ができちゃって、学校を辞めて、もう親からも勘当されて、それでも幸せだったんですよ。本当に。


 彼も、子供を授かったことを喜んでくれて、わたしと生まれてくる子供のために、ビッグになってやるなんて言ってすごく張り切って・・・


 でも、なかなかうまくいかなくて、彼にとってわたしと娘が(つまづ)きの原因みたいに思えたんでしょうね。で、彼がわたしにあたることが多くなって、そのうち暴力を振るわれるようになりました。


 わたしは、彼の憤りの原因がわたしにあるんだと思っていたので、これは、()えなくてはいけないことなんだと、()えていたんです。


 彼の暴力はどんどんエスカレートして、娘にも危険が及びそうになったので、家を出たんです。


 行くところもなくて娘の手を引いて歩いていたら、声が聞こえたんです。ストリッケル神父が道で説教されていました。


 聞いているうちに、頭に来てしまいました。なに綺麗事言ってるんだって。


 で、お恥ずかしいことに、ストリッケル神父に食って掛かったんです。泣きながら、ふざけるなって。


 そしたら、ストリッケル神父がわたし達親子を教会で引き取ってくれたんです。


 その頃は、まだシェルターがなくて、一時、教会の空き部屋で娘と過ごしました。


 信者さんのツテで仕事も、アパートも見つけてもらって新生活が始まりました。


 日曜日には教会に通って、洗礼は受けていませんでした。


 ある日娘が、イエス様とマリア様ともっともっと仲良しになりたいと言い出して、一緒に洗礼を受けることにしました。


 娘は本当に喜んで、洗礼を受けた後、飛び跳ねて喜んでいたんです。


 飛び跳ねて、くるっと回って、スカートが(ひるがえ)って、その姿が可愛くて、愛らしくて、娘の名を呼んで、両手を広げたら、娘は飛び込んで来てくれました。


 彼女を抱きしめて、ギュッと抱きしめて、娘の体の柔らかさ、幼い匂い、覚えています。

 

 忘れられる訳ありません。本当に幸せでした。


 娘は、突然、いなくなりました・・・


 ある日、娘が子猫を拾って帰って来たんです。アパートで飼うことができなかったので子猫を元いた場所に戻しなさいって娘に言ったんです。


 娘は、いやいやとなかなか言うことを聞いてくれませんでした。

 娘を外に出して子猫を戻してこないと、家に入れませんって言ったんです。


 とぼとぼ泣きながら娘は歩いて行きました。


 抱いていた子猫が、娘の胸から飛び出しでもしたんでしょうか、子猫を追いかけて道路に飛び出た娘は車に轢かれて、あっけなく死んでしまいました。


 わたしは・・・わたしは・・・悲しいとか、そんなことどうでもよくて・・・娘が死んでしまった・・・そんなこと受け入れられるはずないじゃないですか・・・


 わたしは教会にも行くことができませんでした。怖かったんです。教会に行って、皆から慰められるのが・・・


「神様が、愛されたから娘を側にお(めし)になった」とか、言われるのが怖くてしかったなかたのです。


 ストリッケル神父が家に来られて、ただ、ただ、一緒に泣いてくれました。


 ほんとにびっくりするくらい一緒に、泣いてくれました声が枯れるほどの時間を一緒に泣いてくれました。一緒に泣いてくださいました・・・一緒に・・・


(しゅ)(ひど)いことをなさいます」って、ストリッケル神父が仰って、続けて、娘が洗礼を受けた日のことを覚えていますかって、聞かれたんです。


「彼女は今、主の前であの時のままですよ。わたしたちもあの時の姿を大事にしませんか」って言われたんです。


 あれほど恐れていた信仰の言葉を、その時、何の疑いもなく信じることができました。娘は主のもとで幸せに過ごしているんだと信じることができました。


 それでも、わたしの罪は残ります。娘に猫を戻しなさいと追い立てたことを、それが原因なのだと、ストリッケル神父に告白しました。


 足りないと思いました。わたしは赦されたと思えなかったのです。修道女になりたいとストリッケル神父に申し出たのです。

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