第十章 凸る その三
マクガイアは大藪弁護士から「なぜ同行したいのか」と問われて、ユリアとその母について話をした。
話を最後まで聞いて、大藪弁護士は頷いた。
「いいでしょう。一緒にいきましょう」そう言って、左の門柱のドアベルを鳴らした。
すぐに返事があった「大藪弁護士ですね。お待ちしておりました。通常口から入って、エントランスまでお越し下さい」と女の声が言う。
カチッと通常口が解錠される音がする。
大藪弁護士が通常口の鉄格子を開けて中に入る。その後に若者とマクガイアが続いた。
なんとか、中に入ることができたと安堵の色を浮かべるマクガイアに、大藪弁護士が声をかける。
「いつ日本にいらっしゃったんですか?」
「今日で15日目になります」
「ああ、それで」と大藪弁護士は合点がいったと頷いた。
「いや、先月、モーヴェ教区長を訪れた際にお目にかけなかったものですから・・・」
「今日、マクガイア神父がこちらに来られていることは、モーヴェ教区長はご存知なんですよね?」と大藪弁護士が確認する。
「いえ、知りません」なにか問題でもあるのかといった表情でマクガイアが言う。
大藪弁護士は足を止めて、マクガイアの顔を見た。マクガイアも足を止める。
「それは、よくありませんね」と大藪弁護士。
「よくありませんか」とマクガイア。
「よくありません。イエズス会の神父が乗り込んで来たとなると問題になるかもしれません」と表情を曇らせる大藪弁護士に、マクガイアが言う。
「大藪弁護士、御存知かと思いますが、わたし達の教会とこのカルト連中とは既に問題を抱えています。互いに顔を見せ、言葉を交わす場が必要なんです」来意を幾重にもオブラートに包んで言った。
大藪弁護士はうーんと顎に手をあてて迷っている。
「行きましょう」とマクガイアは業を煮やして大藪弁護士に声をかけ、腹を決めろとばかりにスタスタと入口へと向かって行った。
大藪弁護士は小走りでマクガイアを追い越すと、手で制して言った。
「わかりました。マクガイア神父。ですが、今日はあくまでわたしの従者として振る舞っていただけますか。それが条件です」と固い口調で言った。
「アントン・モーヴェ教区長にご迷惑をかけることになってはいけませんから・・・」とマクガイアに釘を刺すように言った。
「わかりました。問題ありません」とマクガイアは笑顔で答える。それを、聞いて大藪弁護士から幾分固さが消えた。
エントランスの階段にたどり着いたところで自動ドアが開き、30代と思しき男が大藪弁護士を迎えるために出てきた。
男は教団の僧服なのだろう金の刺繍が施された白いローブに腰縄を巻いたいでたちだった。
ウェーブのかかった髪が額に数本たれている。色は不健康に青白く、なせか頬だけが赤い。
瞳は窪んでいる。筋の通った細い鼻の下には、薄く血色の悪い唇があった。額に垂れた髪を掻き上げる指は細く関節が浮き上がっている。
神経質を標本にしたような男だった。
笑顔のつもりなのだろう口角が心持ち上に上がっているが、こちらを見下しているようにも見える。
男が言った「お待ちしておりました。大藪弁護士。天の階教会外務局長官先島と申します。よろしくお願いします」と浅く頭を下げた。
マクガイアはこの男が外務局長官と名乗ったことに驚いた。教会外部との交渉役には、もっと愛想の良い、魅力的な人物がなるべきではないかと思ったのだ。
「お電話でもお伝えしましたが、本日はこちらの教団で修行されている方のご家族からのご要望をお伝えに上がりました」と大藪弁護士が来意を改めて告げる。
先島と名乗った男は頷いてから、マクガイアに目を向け「こちらの方は?」と大藪弁護士に尋ねる。
「こちらはニコラス・マクガイアさんです。彼もご家族からのご要望を受けているということで本日同席させていただきます」大藪弁護士が、マクガイアを紹介するにあたって神父と呼ばず、イエズス会の名も出さなかったのはやはり”何らかの問題”を警戒してのことであろう。
先島はマクガイアの足元から顔へと視線を送った。何かをスキャンするかのような目線であった。
「マクガイアさんとおっしゃいましたか」とマクガイアに声を掛けた。
「はい、ニコラス・マクガイアです」マクガイアも名を名乗るだけに留めた。
「神職に就かれているのでしょうか?」何もスキャンできなかったようで、見たままの質問を投げてきた。
「ええ、イエズス会の神父です」とマクガイアは正直に答える。
大藪弁護士からの責めるような目線をマクガイアはあえて無視した。
マクガイアは先島を見切っていた。先島はプライドが高いだけの馬鹿で何かを自分で判断できるような男ではないと判断した。素性を明かした所で、同席することを拒むことはないだろう。
「たしか、大藪弁護士もイエズス会でしたよね」と先島はその事がさも重大であるかのように言う。
「ええ、イエズス会で洗礼を受けています」と大藪弁護士が言うと、大仰に先島は頷いて一人で何か納得してから、どうぞと3人を案内した。
ユリアの思いを届けるのだと、マクガイアの胸は高鳴った。
マクガイアの脳裏には、ユリアが母倉棚里美に抱かれて涙する姿がハッキリと浮かんだ。




