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第十章 凸る その二

 マクガイアは店を出ると、真っ直ぐ(てん)階教会(きざはしきょうかい)本部へと向かった。


 住宅街を20分ほど歩いて、線路を渡ると、倉庫と工場が立ち並ぶ一角に強大なドームを持った白い建物が見えた。(てん)階教会(きざはしきょうかい)の本部である。


 近づくと建物は高い塀に囲まれていた。


 その塀に沿って左回りに歩いていく、塀の上には有刺鉄線が見える、それでもまだ足りないと思ったのか有刺鉄線の上にワイヤーが張られていた。触れば電流が流れるのだろう。


 10メートルおきに監視カメラも設置されている。顔認証できるAIカメラがどうかは外見から判断できない。100メートルほど進み、左に折れ30メートル進んだところで正門らしき前に来た。


 外開きの大きな鉄でできた門の両脇には太い柱があり、柱の上部にマリンランプのような門柱灯が付いている。


 右の門柱に、幅50センチ、縦2メートルほどの額がかかっており、(てん)階教会(きざはしきょうかい)と大書されていた。


 教会というより、ヤクザの事務所の門構えである。人を迎える門ではなく、内と外を閉ざす門である。開くことではなく、閉ざすことを目的にここに置かれている。


 このような門を持つ施設が、人々を救う教会であって良い訳がないとマクガイアは思った。


 左の門柱の脇に鉄柵でできた通常口が設けられており、呼び鈴が付いている。マクガイアは呼び鈴を押し、返事を待った。


 左右を見渡す、人通りも、車の通りも(ほとんど)ど無い。


 (てん)階教会(きざはしきょうかい)本部の前はブロック塀に囲まれた倉庫で、そのブロック塀には”出ていけカルト!”とスプレーで落書きされている。


「何か御用でしょうか?」とインターフォンから女性の声がして、マクガイアは向き直る。


「倉棚里美さんにお会いするために伺いました」と簡単に来意を告げる。


「失礼ですが、どちら様ですか?」と女の声が尋ねる。


「里美さんの娘ユリアさんの友人です。ユリアさんについてお話ししなくてはいけないことがあって伺いました」と先ほどより詳しく来意を伝える。


「アポイントは取っていますか?」と事務的に女が尋ねる。


「いえ、アポイントは取っていません。急な事情がありまして。里美さんにお取次ぎ下さい」とマクガイアが知っているフォーマルな日本語で言った。


「少々、お待ち下さい」とあくまで事務的な調子を崩さず女が言った。


 マクガイアから小さなため息が出た。マクガイアはこのような事態を想定していなかった。


 教会というからには中には入れるだろうと思っていた。まさか門前で立ち往生するとは考えていなかった。


 中にさえ入れれば、ユリアの母親に会うことが出来なくても、ユリアの友人を名乗るマクガイアが来たという痕跡を残すことができただろう。


 それは里美に届くはずだと、そして、それは母である倉棚里美から何らかのアクションを引き出すだろうとマクガイアは考えていた。


 ユリアは無関心や放置ではなく、何らかの動きを求めている、母からのアクションに飢えているとマクガイアは思う。


 そのことを、倉棚里美に伝えたかったのだ。また、自分も(てん)階教会(きざはしきょうかい)に名乗りを上げておくべきと考えていた。


 アントン・モーヴェ教区長は教会の焼失に(てん)階協会(きざはしきょうかい)は関わっていないと見ているようだが、マクガイアは疑っていた。


 お前らを見ているものがいるという事を知らしめておく必要がある。中に入れれば、それができる。しかし、門前払いでは、どうにもならない。


「倉棚里美さんは、あなたとお会いできません。お帰りください」と先程の女性ではない、男の声がインターフォン越しにそう告げた。


「いや、待ってください!ユリアさんに関して大切なお話があるんです!」とマクガイアは食い下がったが、返事はない。再度、呼び鈴を押した。やはり返事はなかった。


 マクガイアは門を見る。越えようと思えば超えられる。しかし、不法侵入か何かで訴えられるだろう。

 

 どうしたものかと辺りを見渡す。すると、一台のタクシーがこちらに向かってくるのが見えた。


 タクシーは門の少し前でハザードを点け、ゆっくりと門の前で止まった。


 タクシーの後部座席のドアが開くと黒革のアタッシュケースを持った若い男が降りてきて脇に控えるように立った。安物の背広だが、きちんと着こなしている。


 若い男は、マクガイアに(いぶか)しそうな目を向ける。


 運賃のやり取りを終え、もう一人の男がタクシーから降りてきた。

 男が車外に降り立つと先に居た若い男は、その男の影にすっぽりと収まり見えなくなった。


 若者よりも少し仕立ての良いダークブルーのスーツを着た男は、180センチほどの身長で僧帽筋と大胸筋が発達しており、腕周りもパンパンに張っていた。


 両耳がカリフラワーのように潰れている。ラグビー日本代表と紹介されれば信じただろう。


 タクシーを見送った男と目があった。マクガイアは男に微笑みかけた。男もマクガイアに微笑み返した。


「こんにちは」とマクガイアは声を掛けた。

「こんにちは」と男が返す。


「私はニコラス・マクガイアといいます。イエズス会の宣教師です」


「イエズス会?アントン・モーヴェ教区長のところ?」と男の声が明るくなる。


「ええ、そうです。モーヴェ教区長をご存知ですか?」とマクガイアが問い返す。


「もちろんです。私は彼から洗礼を受けましたから」と言って笑った。


 マクガイアは神のお導きに感謝した。


「いや、失礼。私は大藪悌悟(おおやぶていご)といいます。弁護士をしています」と言って男は名刺を差し出した。


「弁護士?」と名刺を受取りマクガイアが問い返す。

「ええ、弁護士です。天の階教会と交渉事を抱えてましてね」とその交渉ごとの多さを示すように両手を広げた。


 マクガイアは神のお導きに改めて感謝し、大藪弁護士に右手を差し出した。大藪弁護士が握り返してくる。


「大藪さん、お願いがあります」握る手に力を込めて言う。

「なんですか?」と大藪弁護士はマクガイアの力に臆せず笑顔で応じる。


「同行させてください」と瞳に力を込めて言った。

「なぜ?」と言う大藪弁護士から笑顔が消える。

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