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第八章 戦地にて その六 後日談

 除隊後、パウロは南仏プロバンスで羽を休めることにした。

 海岸で陽の光を浴びながらデッキチェアーで寝そべり、これからのことを考えるのも悪くないと思ったのだった。


 パウロは、マクガイアと語り合った日から、アンジェリカのために教会を設立することが自分の生きる目的ではないのかと思い始めていた。


 それでも、聖職者になると言うのは勇気のいることだ、なかなか踏ん切りがつかない。


 場所を変えて考えてみようと思ったのだった。


 幾日かのんびり過ごし、少し飽きてきた頃、ホテルのバーで一人酒を飲んでいると声をかけられた。


「パウロ・ガウェイン」と名前を呼ばれ振り向くと、前に任地で一緒になったムールードが立っていた。

 二人は抱き合って再会を喜んだ。


 近況を一通り語り終えるとムールードが「除隊して、これからどうするかは決まってるのか?」と尋ねてきた。


「いや、なにも決まってないんだ」とパウロ。まだ聖職者になる決心がつかない。

「ゆっくり考えりゃいいさ、お前は頭もいいんだからよ。軍隊にいるほうがおかしかったんだ、そうだろ」とムールードがパウロの肩を揺さぶった。


「そうだ」と何かを思い出したようにムールードが言う。

「お前、さっきマクガイア分隊長のとこにいたって言ってたよな?」


「ああ」

「じゃあ、この話は知ってるか?雷槍マクガイアは天使か悪魔か論争」と含み笑いを浮かべてムールードが言う。


 ムールードの言葉に眉をしかめるパウロ。確かに、マクガイアに心酔した兵士の中には彼に天使が憑いてるだの、悪魔が憑いてるだの言うものはあったが、論争ってなんだとパウロは思った。


「まあ、噂話に過ぎないんだけどな・・」と目を見開いて顎を上げてムールードはそう言った。

「もったいぶらずに話せよ」とパウロ。


 そう言われてムールードは空のグラスを握って悲しそうな顔をしてみせた。

 わかったよとパウロが一杯奢ってやる。


「あくまで噂だ、どこまで真実か、俺は知らない。だから、聞いたままを話すぜ」と前置きしてムールードは語り始めた。


 彼の話では、マクガイアの隊は戦犯容疑のかかった人物の捕縛を命じられたらしい。その容疑者がいるという建物に押し入ると部屋の隅で裸で震える少女たちが数人いた。


 そこまで話して、ムールードは「分かるだろ」と言った。ああとパウロは答えた。マクガイアは少女たちの姿を見て、激怒したらしい。


 そして、その建物にいた容疑者と数人の部下を皆殺しにしたと言うことだった。

 しかも、その時、マクガイアの体が光っていたと言う奴まで出て、今、雷槍マクガイアは天使か悪魔かと論争を呼んでいると言うのだ。


「面白い話だが、よくある与太話だろ。ムールード、そんな話は軍にいりゃいくらでも聞く話だぞ」とパウロ。


「あくまで噂話って言ったろ」とムールード。それでこの話は終わった。


「そうだ、パウロ。クルーズ船には乗ったか?」とムールードが聞いてきた。

「いや、乗ってない」と興味なさげにパウロが言う。


「乗ってみろ、俺は今日乗った。最高だぞ、サンセットクルーズがおすすめだ」と言ってクルーズ船のパンフレットをカウンターに置いて席を立つ。


「まだ、話したいんだが、先約があってな」とバーの入口を指差す。そこには派手な女が立っていた。

 パウロはこっちを見ている女に手を振って挨拶する。女が気だるそうに手を振り返す。


「かまわないよ、いずれまた話そう。早く行ってやれよ、いい女を待たせるもんじゃい」いい女という言葉にムールードが機嫌を良くする。


「それじゃ、元気でな」とムールードが差し出してきた右手を、しっかり握り返し。ムールードを見送った。


 パウロは飲み直そうとバーテンに声をかける。

 飲み物が用意される間、何の気なしにムールードが置いていったパンフレットを手に取った。


 表紙には「美しい地中海を満喫しよう」と書かれており一艘の白い船の写真が載っていた。その舳先に船の名前が書かれていた。


 船の名前はAngelicaだった。


 パウロはバカンスを切り上げ、迷わずイエズス会の門を叩いた。


 修練院での暮らしにはすぐに慣れた。女と酒のない軍隊みたいなものだったからだ。ある日、新聞に載っているG7サミットの写真を見てキリスト教国でない国があることに気付き、日本に興味を持った。


 日本語を学習したいと司祭に相談すると、大いに勧められた。スペイン語が話せるパウロには学習しやすいだろうと言ってくれたのだった。


 司祭の言う通り、日本語での会話はすぐに上達した。問題は読み書きだった。特にパウロを苦しめたのは漢字である。画数の多い文字が存在するだけでなく、読み方が複数存在するのだ。これがパウロを苦しめた。


 パウロの修練所での暮らしは充実していた。アンジェリカのために教会を建てるという明確な目標に向かって邁進している実感があった。


 修行を始めてから一年が経った頃、朝の礼拝を終え、講義に向かう長廊下で「パウロ」と呼び止められた。

 振り向くとそこにマクガイアが立っていた。

「こんなところで何をしている!?」と二人は同時に言った。

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