第三十章 蝙蝠を焼く その一
マクガイアが宇津奈議員をバチカン特使に紹介したことで、審議官に任命されたアルフォンソ・ロドリゴ神父は、東京に戻っていた。
アルフォンソ審議官は、天の階教会に関するデスク・リサーチを終え、イエズス会のパウロ・ガウェインを訪れた。
パウロは「どうですか、調査の具合は?」と快くスペイン語で迎えてくれた。
「お陰様で、着々と進んでいます」とアルフォンソ審議官。
「それは良かった」そう言って、パウロはお茶を出し、茶菓子に羊羹も付けた。
「近くに居るにも関わらず、ご無沙汰してしまって、申し訳ない」と言うアルフォンソ審議官に「お互い様です」と返すパウロ。
アルフォンソ審議官は、教会が焼け落ちたことに対してお悔やみを言い、何かできることがあるかと聞いた。パウロはその気遣いにお礼を言うに留める。
「放火の疑いもあると聞いていますが?」とアルフォンソ審議官。
「まだ、調査結果がでておりませんので、確かな事は言えません。が、不審な点があるのも確かです」
「天の階教会が、関わっている可能性はどうですか?」
「アントン・モーヴェ教区長はその可能性はないと言っておられましたね」
「そうですね。憶測で判断することは避けなくてはなりません」
「パウロ神父は、天の階教会と直接、接触されたことはありますか?」
「信者と接触したことはあります。いま、シェルターで保護している者の中にも元信者がいますから」
「ほお、元信者の方とどのように知り合われたのですか?」
「教会の信者で弁護士をしている方がいらっしゃいまして
大藪さんと言うんですが、その方がシェルターに連れてこられたのです。
天の階教会で出家した20代の女性なのですが、家族に相談を受けて、救出して
洗脳を解いて、うちに連れてこられたんです。実家では危ないと。
うちに来てから、少しづつ笑顔が戻って来ましたよ」
「大藪さんという方は、カルトバスターとして活躍しておられるのでしょうか?」とアルフォンソ審議官が興味あり気に聞いてくる。
「そうですね。使命だと仰ってましたよ」
「大藪さんをご紹介いただけますか?是非、お話を伺いたい」と言うアルフォンソ審議官の申し出に、パウロは大藪を紹介することを約束した。
アルフォンソ審議官は礼を言い、パウロに天の階教会の印象を尋ねる。
「カルトです。人間の欲望と不安につけ込んで、金をかき集めています」とパウロは眉をしかめて言った。
「信者を洗脳し、洗脳した信者に犯罪まがいのこともさせているようです。その辺は大藪さんが詳しいのでお会いになった時にお聞きください」
「半年前に彼らがシェルターにいる元信者を取り戻しに来たことがあったんです。
正確に言うと天の階教会が関与していたかは分かっていないのですが・・・
どこで、シェルターの所在地が漏れたのか・・・
場所を移さなければならないのですが適当な場所が見つからなくて・・・」
「で、その取り戻しに来た連中ですが
信者ではなく、日当5万で闇バイトで知り合った男たちだったんです。
丁度、わたしと教区長がいたので、撃退しましたが・・・
ワゴン車で乗り付け、バールでドアを破壊し、侵入してきました。
話も何もあったもんじゃない。全員、警察に突き出しました。
警察で、彼らは元信者を攫うように言われたと証言したようですが
誰の依頼なのかは分からないと言うことでした」
「天の階教会が、犯罪に加担しているとお考えですか?」
「まず、間違いないと思ます」とパウロは言い切った。
「彼らの教義についてはどうお考えですか?」とアルフォンソ審議官は話題を変える。
「彼らは自らをシン聖書に基づく、最終預言者を待つ者だと言っています。
シン聖書の中では、イエス・キリストは預言者の一人に過ぎません。
その教義は魂の救済ではなく、現世利益を説くものです。
良く言っても自己啓発セミナーの域を出るものではありません。
人をより飢えさせ、渇かせるものです」
アルフォンソ審議官は自身の見立てと同じ見解をパウロから得られたことに満足した。
そして、話を変えて言う。
「大阪でマクガイア神父とお会いしましたよ。ガウェイン神父は、マクガイア神父と長いお付き合いだそうですね。マクガイア神父はなんというか、面白いという言葉では足りない、なんというか・・・」とアルフォンソ審議官はマクガイアを形容する言葉を探す。
「傲慢」とパウロが言う。
「いえいえ、そんな。そんな風には思っていませんよ。全く」とアルフォンソ審議官が笑う。
「アルフォンソ審議官、正直に語っていただいて結構ですよ。わたしは彼についてよく知っている。彼に借りがあり、貸しがある人間です。もう、30年近くになります、腐れ縁です。神父になる前からですからね」
「そうでしたね、お二人がコソボ紛争で戦っておられたのは存じ上げております」と言ってアルフォンソ審議官は続けた。
「なぜ、今、お二人が日本にいるのか、ガウェイン神父はどうお考えですか?イエズス会が実戦経験のある神父をこの地に集めている理由についてですが」
「わたしとマクガイア神父が日本にいることが、イエズス会としての何らかの意図があると、アルフォンソ審議官は考えておられる」と眉を上げてパウロはアルフォンソ審議官の顔を覗き込む。
そして「うむ」と間を取ってからパウロは言った。
「いや、イエズス会で軍歴のある神父はそれほど珍しくありません。
ただ、日本語ができる人間となると限られる。
それだけのことではないでしょうか。
私達、スペイン語が話せる人間にとって日本語の習得、会話に限ってですが難しくありませんよね、それは聖ザビエルを持ち出すまでもなく」
「そこで、1つ疑問が、アイルランド人であるマクガイア宣教師にとって日本語習得は困難であったはずです。なぜ彼は、その困難をおして日本語を習得し、日本での宣教を望んだのでしょう?」




