第17話 勇者の呪い
『勇者』の凶行は間違いなく、あの靄――呪いが原因だ。
黒い靄は多分、普通の人間には見えていないだろう。
おそらく他の人には、『勇者』アーベルの気が触れたとしか見えていないはずだ。
何故、自分が見えるかは私は説明できない。
ただ前世の頃から見えていて、神様は元々私が持っていた肉体の特徴と話していた。
呪いを払う方法は、1つ。聖女の魔法だ。
私も前世において何度か呪いを受けた人間を祓ってきた。
今回もそれを実行すればいい。
幸いにも魔鉱石には魔素が残っている。
足りるかどうかわからないけど、もうこれにかけるしかない。
「君、どこかで見たことがあるなあ。……そうだ。思い出した。王都の書店だ。あそこで出会ったんだっけ?」
「覚えていて下さって光栄です、『勇者』様」
「あそこで何をしていたの?」
「道を聞こうと思って入っただけです」
「道を聞こうとして、なんで書店なんかに入ったんだい? 他にも王都には店があるのに。そもそもあの店、君がいた時には店主がいなかったよね」
「さっきから『勇者』様が何を言いたいのかわかりかねるのですが」
「じゃあ、単刀直入に聞くよ。あそこはスパイが情報交換を行うセーフハウスなんじゃないかな?」
え? スパイ?? セーフハウス??
わ、私が???
いや、落ち着け、私。
たぶん『呪い』の影響で、『勇者』様が変な事を口走ってるだけだ。
「ああそうだ。あそこの書店にも立ち入り調査をしないと」
「止めて下さい。書店は関係ありません」
「書店を調べられたら何かまずいわけ?」
「そ、そんなんじゃありません」
否定したが、『勇者』様の疑心は私が喋れば喋るほど深まっていくようだった。
四の五を言ってる場合じゃない。『勇者』様の呪いを解かなければ……。
(呪いを解く……??)
ふと頭に閃いた可能性に、私は首を捻った。
(確かコーダ記の魔術書って……。なら、どうして?)
いや、ここからは考えてもしかたないことだ。
今はこの状況を収めるしかない。
「今、解放しますから、『勇者』様」
「解放? 何のことだい」
私は黙って『勇者』様に突っ込んだ。
手をかざし、魔法の有効範囲に踏み込む。
虚を突かれた『勇者』様は慌てて構えを取った。私に向かって、風の刃を放つ。
それを紙一重のところで躱して、さらに加速した。
そして、私は『勇者』様の視界から消える。
「ほう……。【纏速】を使えるのか。あの魔術は簡単ではあるけど、扱いに難しいのに。ますます君のことを知らなければならないね。いや、聞く事が多そうだ」
はいはい。そうですか。
その前に、あなたの呪いを解かせてもらいますよ。
私は『勇者』様の後ろに踊り出る。
完璧だ。完璧な状態で、『勇者』の背後を取った。
「今、楽にしてあげますからね」
私が手の平を掲げると、光が講堂に閃いた。
寒気がするような緊張感に包まれていた空間に、温かく煌びやかな光が満ちる。
その中で黒い点のように残っていたのは、『勇者』アーベルの背後で燃える炎のような靄だった。
何か苦しむように燃えさかっている。
(よし……)
心の中でガッツポーズを取った時、不意に魔力が閃いた。
一瞬、怖気を感じ、私は手を引っ込める。
直後、見えない風の刃が私の目の前を通り過ぎていった。
「え……?」
慌てて私は距離を取る。
顔を上げると、今まさに『勇者』アーベルから離れようとしていた呪いが、まるでその『勇者』様と手を繋ぐように、その肉体の中に戻っていった。
「え? なんで? 『勇者』様、呪いを解きたくないの?」
そう考えずにいられない。
今確かに呪いからではなく、『勇者』アーベルの方から呪いを引き戻したように見えた。
「どういうこと?」
「それは僕の台詞だよ、ミレニア。君…………イッタイボクニナニヲシタ?」
声音が変わる。
まずい。呪いに心まで支配され始めている。
かなり危険だ。このまま呪いに飲み込まれれば、聖女の力でも引き離せなくなる。
でも、なんで? 『勇者』様は元に戻りたくないの??
「考えている暇はない。もう1度――――」
と思ったが、魔鉱石から光が失われていた。
ここに来て、魔素切れ……。
いよいよ万事休すだ。
「コタエナイノカ? ナラ――――」
死ヌガイイ……。
『勇者』アーベルは手を振り払うと、黒い靄を纏った風が唸る。
特大にして、最上級の風属性魔術が私に襲いかかった。




