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【二章】5. シオンからの相談


 ……魔術学園に王国騎士団の人員が派遣された日から二日後。


 植物魔術を教えるリナ・レスティアは、普段通りに自分の授業と研究に精を出していた。


 実戦訓練の授業とは縁遠い彼女は、教員会議の日以降も王国騎士団のユリウス・リードベルクと交流することはなかった。


 日常の延長線上でいつも通りに授業を終わらせ、教材や資料を両手で抱えて学園の通路を歩くレスティア。


 胸元まで積み上がった少し多めの本や資料が落ちてしまわないように、レスティアはバランスに気を配りながら植物学準備室へ向かった。


 そんな折。

 レスティアが通路を右に曲がろうとしたタイミングで、丁度正面に反対側から曲がって来た人影が。


「わっ……!」

 

 レスティアは人影が見えた瞬間に反応して咄嗟に後ずさったが、その際に手元の本や資料が落ちないように無理な体勢で身を引いたためにバランスを崩してしまった。


「……っ!」

「おっと! ……大丈夫ですか?」

「……! あ、は、はいっ。す、すみません、大丈夫ですっ……」


 後ろにこけてしまいそうになったレスティアの背中に手を回し、その体を支えたのは噂のユリウス・リードベルクだった。


「すみません、こちらの不注意で……。足、挫いたりしてませんか?」

「い、いえ! 全然、大丈夫ですっ。私の方こそ、すみませんっ……!」


 心配そうな顔を浮かべるユリウスに対して、レスティアはさっと距離を置くとペコペコと何度も頭を下げた。

 予想だにしていなかった人物との突然の接触に、レスティアは少々落ち着きがなくなってる様子だった。


「重そうですね。手伝いますよ」

「えっ⁉ あ、そんな、大丈夫ですよ……! ──あ、ありがとうございます……」


 遠慮するレスティアに構うことなく、ユリウスは彼女が持つ資料類の半分ほどの分量をさっと手に取った。


 ユリウスの申し出を断ろうとしたレスティアだが、それよりも早く動いたユリウスにされるがままとなってしまった。


「そ、それでは、お言葉に甘えて……っ」

「いえいえ、これくらいお構いなく」


 有難いというよりも、どちらかというと気まずさが勝る状態でレスティアは申し訳なさそうにペコペコと頭を下げた。


 そうして、レスティアの目的地である植物準備室に向かって再び廊下を歩き出した二人。


 美しい亜麻色のロングヘアのレスティアと、ブルーがかった綺麗な金髪のユリウス。

 レスティアが身長167センチメートルで、ユリウスは187センチメートルといったところだろうか。

 共にスラリとした高身長で、色白の美男美女。

 

 レスティアがやや先導する形ではあるが、ほぼ横並びで歩く二人は誰もが羨むようなお似合いの男女のようだった。


「──おっと、失礼。私は王国騎士団のユリウス・リードベルクと申します」

「あ、す、すみませんっ! 植物魔術を教えているリナ・レスティアですっ! あ、ここの、教師ですっ」


 レスティアが妙な気まずさを感じていたところ、その僅かな沈黙を破るように声を掛けたユリウス。

 それに対して、レスティアも焦った様子で自己紹介を返した。


「レスティア先生ですね、よろしくお願いします。……と言っても、実は貴女のお名前は知っていたんですけどね」


「へっ⁉ そ、そうなんですかっ?」


クスっと、ユリウスは笑った。


「先日の職員会議の際にお見掛けして、とても綺麗な方だったので他の先生にお名前を教えて頂いたんですよ」


「え、え~~~⁉」


「それはまあ、ジョークですけど」


「えええええっ⁉──あわわっ」


 ワタワタと慌てふためきながら再び荷物を落としそうになるレスティアを見て、「ほら、危ないですよ」とユリウスはくすくすと笑った。


 ……そうこうしながら廊下を進むと、二人は植物学準備室に到着した。

 

「今、開けますねっ」


 片手で資料類を抱えつつ、レスティアはポケットから鍵を取り出して準備室を開錠した。


「どこに置きましょうか」


「あっ、それじゃあ、こちらにお願いしますっ。すみませんっ」

「はい、了解です」

 

 レスティアが入って近場のテーブルに資料類を置くと、ユリウスもその側に資料類の山を置いた。

 

「お手数お掛けしてすみません、ありがとうございましたっ……!」


「いえいえ、これくらい何でもありませんよ。……むしろ、少し貴女とお話がしたいと思ってたので丁度良いタイミングでした」


「えっ、私に話、ですか……?」


「ええ……。是非とも二人で少しゆっくり話たいのですが、明日の放課後など空いていますでしょうか?」


 そのように、レスティアに対して問いかけたユリウス。

 それはとても自然で、優しく紳士的な声色だった。


 ──ルックス、実力、地位、名誉。

 どれをとっても国内最高水準でありつつ、加えて王都の一等地で贅沢な暮らしも容易な経済力。


 先日の他の女性教師達のように、国内外問わず多くの女性がその伴侶の座に憧れる男、ユリウス・リードベルク。


 そんな人物との、二人っきりの時間の誘い。

 今のユリウスの声色や表情から、それはきっとデートの誘いに違いないと多くの人が判断するだろう。

 仮にそうでなくとも、ユリウス・リードベルクと〝お近づき〟になれる千載一遇のチャンス。断る方が勿体ないと、多くの女性が考えるはずだ。


 しかし、いざそれを受けたレスティアの返答は──。


「──ごめんなさいっ。最近は研究が忙しくて、放課後も手が空かないんですっ」


 ……と、彼女は迷う様子もなく断った。

 この手の誘いを断る機会は多いものの、それでも他者からの誘いを断る罪悪感には慣れることが出来ないレスティア。彼女は心底申し訳なく感じながらぺこぺこと深く頭を下げた。


「……そうですか。すみません、お忙しい中無理を言ってしまって」


 それを受けて少し残念そうにしながらも、ユリウスは大人しく引き下がった。


「い、いいえっ。とんでもないですっ。あ、そうだ! 折角なのでここで紅茶でも……、あっ、これから授業の準備をしなくちゃでした……っ」


「いえ、お構いなく。私もこのあと授業がありますので」


 焦った様子で室内をウロウロするレスティアに対して、ユリウスはニコリとほほ笑んだ。


「す、すみませんっ。お手伝い頂いたのになんのおもてなしも出来なくて……」


「いいえ、本当に大したことはしてませんから」


 左右に小さく首を振ると、「それでは、私はこれで」とユリウスは準備室を後にした。


 廊下まで出て「ありがとうございました……!」と、ユリウスの後ろ姿に対して深々と頭を下げながら見送るレスティア。


 ──このとき彼が一体どのような表情を浮かべていたのかを、レスティアが知る由はなかった……。

 


 ◆

 


 ……数時間後の放課後。

 レスティアのいる植物学準備室に教え子のシオンが訪れ、いつものように翌日以降の授業の準備を手伝っていた。


 室内の端にいるリリィは先程までシオンとレスティアと沢山お喋りをしていたが、今は気持ちの良い寝息を立てている。


「(シオン君とリリィと過ごすこの空間、本当に幸せです……。まるで夫婦とその子供みたいで……。シオン君が私の……だ、旦那様……)」


 種子と鉢植えのセットを作る作業をしながら、もわもわと妄想を膨らませるレスティア。


「え、えへへへ……」

 

 妄想に入り込むあまり、レスティアは無意識にニヤケ面を浮かべた。


「? 先生、どうかしましたか?」

 

「──えっ⁉ い、いま結婚しようって言いましたか⁉」


「言ってないですよ。急に笑った?ようだったので、どうかしたのかと」


「えっ! 私、笑ってましたか……? き、気にしないで下さいっ……」


「……? はい、分かりました」

 

「(多分、にやけ顔見られちゃいましたよね……。は、恥ずかしい……)」


「(最近忙しそうだし、疲れてるんだろうか?)」

 

 少し不思議そうにしながらも、シオンもまたレスティアと同様に種子と鉢植えのセットを作る作業を再開した。


 ……そうして数分ほど二人が静かに作業をしていたとき、シオンがふと思い出したようにレスティアに声を掛けた。

  

「──あ、そうでした。すみません、実は……、先生に私用のご相談がありまして……」


「えっ! ……えっ⁉ なんですか⁉ どうしたんですかっ?」


 少し申し訳なさそうな口調のシオンとは対称に、レスティアはオーバーな食いつきを見せた。


 先日の騎士学園との対抗戦を含め、レスティアは日頃からいつもシオンに助けられてばかりいると感じている。

 しかし逆に、シオンがレスティアに何か頼るということはこれまでにないことだった。


 一体に自分に何を相談するのだろうと、彼女はドキリとして作業中の手が止まった。


 ドギマギとしながら、シオンの方を凝視して続く言葉を待つレスティア。

 そんな彼女に対して、シオンは申し訳なさそうに切り出した。


「最近はリリィの研究や論文作りでお忙しいのは分かっているんですが……。明日の放課後、個人的な理由でこちらにお邪魔出来ないかなと」


「────‼」 


「もし都合が良くないようでしたら、明日以降でも全然──」


「明日の放課後⁉ 勿論大丈夫に決まってるじゃないですかっ‼ 時間なんていくらでも作りますから! 是非来てください‼」


 ぐいーん!と、レスティアは息を荒くしながらシオンに近づいた。


「あ、ありがとうございます……?」


 言いかけだった言葉をレスティアによって遮られたシオンは、お礼の言葉を述べながらも困惑の表情を浮かべた。

 シオンのすぐ近くに来たレスティアは目をキラキラと輝かせながら胸の前で両手を握り締め、まるで嬉しさが爆発しているようだった。


「(俺、まだ用件も言ってないよな……?)」


 事情を聞くまでもなく快諾したレスティアと、用件さえ伝える前に許可を得てしまったシオン。


 一体何がそんなに嬉しいのか、レスティアの想定外のテンションにシオンは僅かに面食らうのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 2年前に完全に終わった思ってた 昔のブクマ遡ってたらまさかの続きが更新されててビックリだわ 今度はどういった話になるのか楽しみだなぁ
[一言] タイプ違いの金持ちイケメン二人から言い寄られるとか、これは乙女ゲー始まった……?
[良い点] やったー!更新だァー!!!
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