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番外編 イーサン・キャンベル①

 

 その男の名は、時にウィリアム、時にルーカス、時にマイケル、時にジャクソン。


 そして、現在の名はイーサン・キャンベル。


 架空の話をでっちあげて他人から金を騙し取る、"詐欺"を生業としている男だ。


 巧みな話術と演技力、相手の心理を見抜く洞察力、計算高さ、そして残酷なまでの狡猾さ。それらを以てイーサンはこれまでに複数の国と地域で数多くの詐欺を成功させてきた。


 平凡な家庭の生まれだが、彼は幼少期から並外れて賢く、学校でも常にトップの成績を叩き出す優等生だった。

 しかし、真面目な学生である反面、イーサンは人を騙すことに強い快楽を覚えるという二面性があった。

 あまりに突飛で信じられないような内容の話を、いかにも事実であるかのように整合性の取れた内容と迫真の演技で語り信じ込ませることが愉快でたまらなく、若き日のイーサンはそれを何よりの娯楽としていた。


 表向きは「真面目だがジョークの好きな人間」として振舞い学生生活を送っていたイーサンだが、次第に彼は周囲の人間の知られざる()()()()を抱くようになっていた。


 その企みこそ、"詐欺"だった。


 それがいつ頃に芽生えたものかさえ不確かなほど自然に、イーサンは自分の能力があれば他人から金を騙し取り巨万の富を築けるという確信を持っていた。


 十代半ばになったイーサンは、いつしか憑りつかれたかのように常日頃から他人の金を騙し取る計画のことばかりを考えるようになっていた。


「自分の完璧な計画を実行したい」「この優れた能力で大金を稼ぎたい」──いつしかそんな欲望に思考を支配されたイーサンは、ついに自分の練った計画を実行に移した。


 二十年前、当時まだ成人を迎える前から詐欺を始めたイーサン。


 彼は役所の職員や銀行員、保安官を装って一般人のターゲットと接触し、架空の安全性調査や投資の話を持ち掛けて金を騙し取った。


 初めての詐欺から一度の失敗もなく成功を繰り返し、わずか数年で五千万ゼニーを超える大金を得たイーサンは、その資金を基に詐欺の協力者を増やした。


 情報屋や工作員といった様々な協力者を得たことによって策略の幅が大きく広がったイーサンは、次第にターゲットを一般人から資産家や大企業といった大物へとシフトチェンジしていった。


 そして彼は資産家や企業相手に完璧なプラン作成と巧みな話術を存分に行使し、やはり一度も失敗することなく数々の大きな詐欺を世界中で成功させてきた。


 イーサン・キャンベル。

 彼は齢37にして騙し取ってきた金の総額は既に50億ゼニーをも超える稀代の天才詐欺師へと成った。


 ……そんなイーサンは本日、ギルバート王国という名の国で過去最大級の計画の最終段階を実行へと移していた。


 今回のターゲットは、ギルバート王国の中でも10本の指に入る大手商社の社長。


 イーサンは架空の広告会社の社長として、ターゲットに共同事業の話を持ち掛けていた。

 大きな共同事業のスタートの為に必要な数十億の資本金をターゲットから騙し取るという計画である。


 ターゲットとイーサンは本日が初対面ではあるが、ここからが計画の本格始動という訳ではない。


 なぜなら、共同事業の計画についてはターゲット側の担当者とイーサンで事前に話を進めており、共同事業についての話は既に確約に近い状態だからである。


 この計画は、本日この場で協議の締めとしてターゲットから共同事業と出資に関する契約書にサインを書かせる事が仕上げとなる。


 ……イーサンが人を騙す上で重要だと論じるのは、「どれだけ騙し易い状況を事前に作れるか」という点である。


 詐欺を始めた当初から、イーサンは人を騙す上で重要だとする四つの信条を持っている。


 ──一つ目は、入念なリサーチを行い騙せるターゲットを選ぶこと。


 詐欺を実行する上で、資産を多く持つ者であれば誰でもターゲットにするというわけではない。 

 警戒心の薄い人間や、判断力を欠いている人間、上手い話に食いつき易い人間など、騙し易い人間を厳選してターゲットに選ぶことから計画はスタートしなければならない。

 人を騙す上で最も初歩的であり、そして最も重要なのが「騙せるターゲット」を選ぶことだ。


 ──二つ目は、偽の情報で予めターゲットの心理状況をコントロールすること。


 対面した相手に対して、いきなりでっちあげの話で騙そうとするのは非常にリスクが大きい。

 事前にチラシや噂などで偽の情報を撒き、ターゲットと対面する前から嘘の話に信憑性を持たせることが人を騙す上で優位に働く。


 ──三つ目は、対面する際にはバイアスを掛ける事を重視すること。


 特定の役職に扮する際、服装や口調、それらしい単語やエピソードを踏まえて話すことで役職が本当であると信じさせる必要がある。

 思考力だけでなく巧みな演技力が不可欠と言える。


 ──そして、最後の四つ目はターゲットに対面する時には確実に騙せる状況を既に完成させていること。


 対面してから騙し始めるのではなく、対面した時には既に騙し終えていると言えるほど入念に事前準備を行う必要があるとイーサンは肝に銘じている。


 その四点こそ、イーサンが詐欺を行う際の鉄則。


 ターゲットと対面し言葉巧みに誘導して契約書にサインを書かせる事は、詐欺計画のほんの仕上げでしかない。


 そこに至るまでの下準備こそが詐欺の真髄であるとイーサンは語る。


 そして、それらの信条に基づく行動は今回の計画においても例外ではない。

 イーサンは今回、ターゲット側の会社の重役の一人を買収することに既に成功している。


 その重役が個人で密かに行っていた投資に失敗してしまい、巨額の損失を出し続け取り返しがつかないほど借金だらけになってた時、イーサンはその情報をキャッチし多額の報酬をチラつかせて詐欺計画の協力者として取り込んだのだ。


 そして、その買収した重役の男こそ今回イーサンと共同計画を進めていたターゲット側の()()()()()である。


 イーサンはこの半年間、自身が新進気鋭の広告企業の経営者であることやその虚偽の実績、今回の偽の共同事業がいかに成功確率が高いか、似たような事業が他国でどれだけ成功しているかといったポジティブな情報を買収した担当者を通してターゲットに与えてきた。


 また、ターゲットを欺く為に街中で大掛かりな細工を行い、ターゲットの出先でイーサンが用意した偽の広告が何度も視界に入るように仕向け、実際に手広く展開している広告企業であるという虚偽の業績もきちんと裏付けてきた。


 味方のはずの人間までもがグルになっている以上、もはやターゲットにイーサンを疑う余地はない。


 まさに、この時点でイーサンが語るところの「確実に騙せる状況」は完成していると言えるだろう。


 しかし、詐欺を行う上で最も失敗が許されないのはここからである。


 確実に騙せる状況を完成させた上で、最後まで欺き通してこその詐欺。どれだけ完璧なシチュエーションを事前に作ろうと、最後まで決して虚構に綻びを生んではならない。


 全くのでっちあげを騙る上で生まれてしまう僅かな疑惑や矛盾に対して、ターゲットを納得させるだけの整合性や理屈を即座に返せる思考力とアドリブ力、あるいは僅かな疑惑さえ感じさせないほどの圧倒的な説得力のある演説スキルが必要となる。


 言葉で相手を欺くそのペテンこそ、詐欺師の真骨頂。


 その特異なスキルがあったからこそ、イーサンはこれまで一度の失敗もなく詐欺の成功を重ねて来たのだ。


 ──そして現在、落ち着いた雰囲気ながらも高価な質感を感じさせるインテリアが揃った室内で、一つのテーブル挟んでイーサンとターゲット側の三人が対面する形で席に着き、今回話を進めてきた偽の事業計画についての話をしている。


「(……今回はイージーな仕事になるな)」


 この最終局面こそ最も油断が許されない事は十重に理解しているイーサンだが、それでも今回のターゲットを仕留める事は容易であると悟った。


 現在イーサンのいる応接室には、イーサンと、イーサンが買収したターゲット側の重役、ターゲットである商社の社長、そしてそのターゲットの息子。


 ターゲットはもはやイーサンのことを微塵も疑っていないのか、既に気心の知れた友人のように彼の事を迎え入れており、更には50億ゼニーもの金額の掛かる新規事業の商談の場に自分の息子まで連れてきている始末。


 齢は十代後半といったところであろうか。

 ニコニコと社交的な笑顔を浮かべながらも、どこか緊張した様子が伺えた。

 この大金が動く商談の席において、明らかに場違いな空気感が漂っていた。


 聞くと、どうやらいずれ跡取りとなる息子に大きな商談の現場を見せてあげたいのだと言う。


「(……このガキも、いずれは立派な()()になりそうだ)」


 やたら艶やかな整髪剤で髪をセンターで分けたお坊ちゃん風の髪型、全身には年齢に不相応な高級スーツやアクセサリーの数々。

 いかにも金持ちの家で贅沢に育てられたであろう様子が見て取れた。


 大掛かりな商談の席に場違いな子供まで連れてきてしまうターゲットの慢心ぶりを目の当たりにし、イーサンが今回の仕事が簡単なものになると感じるのも無理はなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] こんな続き気になる話書いといて更新無いのは拷問に近い 更新待ってます
[一言] とても面白かったです。
[一言] いいっすね
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