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王道で行こう!  作者: たまさ。
衝撃
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その2

 騎士団第二隊副長――サイモン・クロレルは誰はばかることなく「いい人」である。

他人に対しての優しさを決して忘れない。王宮関連の行事ごとでもご令嬢方に人気の高い一人ではあるが――隊員達にはこっそりと言われているあだ名がある。


 以前、居酒屋【アビオンの絶叫】で食事をしていた時に、ルディエラはしきりにクロレルを褒めたことがある。

大好きな牛タンのシチューのとろとろタンをスプーンでつつきまわしながら、自らの副長であるベイゼルに対しての嫌味を乗せて。

「クロレル副長って欠点が無いですよね」

と、言外に「ベイゼル副長と違って」をつけつつ言ったものだが、ベイゼルは麦酒の入ったジョッキを傾け、上唇の上に泡を散らしながらニマニマと言ったものだ。


「おめぇなぁ、欠点のねぇ人間なんていないのよ?

クロさんにだって欠点はあるし、陰で色々と言われちゃったりしてる訳」

 なんと、あのクロレル副長を陰で悪く言う人間がいようとは!

ルディエラは心底驚き、ついで憤慨した。

一緒に飲んでいたユージンに意味ありげに視線を向けたベイゼルに応え、ユージンはナッツを手の中で転がしながら苦笑した。


「クロレル副長は素晴らしい人だけれど、副長の話題の最後に必ずつく言葉があるんだよ」

「なんですか、それ」


 ルディエラは何故かむっとしながら問い返した。


「それはね」


思い当たる節はなんとなく、なんとなぁくルディエラも感じていた。


「痔の調子はどうだい?」


 爽やかな笑顔がまぶしいですが、内容とそぐいません。

――なんか……なんだろ、こういうの。

ルディエラは引きつりつつ「おかげさまで」と言葉を濁し、自然とある単語を頭の中で組み立てた。


――クロレル副長って……なんだろう、なんか、なんか、ちょっと……残念?


ちょっと残念なサイモン・クロレル――

隊員達は微妙な苦笑を浮かべて、いつしかそんな単語を付け加えるようになっていた。


「口臭もおかしくないし、口の中に爛れもない。クロレルの熱は皮膚を焼いたことが起因だろう。どうやらこのチビスケは病気はもっていなかったみたいだな。噛まれたところで変な病気になったりはしないだろう。まぁ運が良かった」

ルディエラとクロレルとが隊舎の裏手門を通過したのは、夕刻を少しばかり回った頃合だった。

もともと野営地に選んだ場所はさほど遠い場所でもなく、食事をいちいち気にかけることが無かった為にゆっくりとした馬速でも明るいうちに隊舎へと戻ることがかなったのだ。

 途中、やはり噛まれた――というか焼いた傷が痛むのか、クロレルは額に汗を浮かべたりもしていたが、医務室の医者はクロレルの容態を調べ上げ、ついでのもともとの原因であるちび狼の状態を簡単に受診した。

 医者は牙の様子を確かめ、爪の土を丁寧にぬぐい消毒していきながら、それを抱くルディエラにちらりと視線を向けた。


「灰色狼とは珍しい。飼うのかい?」

 人医の筈の医者は言葉を落としながらも何かの薬を取り出し、狼の口の中に放り込み――ごんっと軽く鼻面を殴るようにして無理矢理薬を飲ませた。

「飼う……」

 医者の言葉に逡巡するルディエラに、クロレルは自らの足に包帯を巻きつけながら「そもそも狼が飼えるかどうかは殿下辺りの許可がいるだろうけどね。アイギル、とりあえず名前をつけてみたらどうだい?」

 ルディエラは医者が診る為に抱き込んでいたチビ狼を抱えなおし、じっとその顔を見つめると眉を潜めた。

「名前……」

「便宜上でも必要だろう?」

 目つきの悪い狼は、今も目つきは悪いが、それでもおとなしくでろっと伸びている。どうやら餌を与えたルディエラを主とは思っているのか、じっとしている様子は従順で可愛らしいといえないこともない。

 ただし、何度も言うが目つきは悪い。


 その顔をしげしげと眺め、ルディエラは思いついた単語を口にした。

「お肉」

「……だからそれは止めなさい」

「だってもうお肉にしか見えないんですよっ! 五十歩譲って非常食とか百歩譲って携帯食!」

 怒るように言うルディエラに、医者は呆れたような眼差しを向け、ついでクロレルを眺めた。

 ただ無言でじっと。


「すみません」

――なんとなくいたたまれずに謝罪してしまうクロレルだった。


***


「ただいまー」

第二王子殿下リルシェイラの甲高い声音は、第三王子殿下キリシュエータの神経に触れた――というよりも突き刺さった。

あまりにも能天気な口調に、自然と条件反射の如く右手がうずく。


あのド能天気な頭を思い切り殴りたい!

中身の半分はただの水分だとしか思えないあの腐れきった頭を思う存分どつきまわしてしまいたい。ついでに最近皇太子フィブリスタから受けているストレスの八つ当たりも加えてやろう。

 ぷるぷると拳を震わせつつ、それでも極力平静さを装って唇を引き結び、キリシュエータは身を伏せた。

「ご無事のご帰還心よりお祝い申し上げます」

「まったまたー! どうせキーシュはぼくのことなんて、海の藻屑にでもなれくらい思っていた癖に。

おあいにく様だね。ぼくは朝と夜の祈祷を欠かさない神様に愛されだくった神子だから、そんな悲劇はおこらないんだよ」

 

滅べ。

滅びさるがいい。


「神に愛されてさっさと神の身元に逝け、馬鹿リーシェっ!」

と、心からたたきつけてやりたい。

だがしかし、彼等が立つのは公の場であった。

宮殿中央広場から続く大階段でのやりとりは、その四方を白騎士と貴族達に囲まれた「これでもか」という公の場である。第二王子の帰還の為に集められた人々が恭しく頭を垂れている完全な公事だ。

 キリシュエータはとりあえずその魂からの叫びは後ほどの為に取って置くことにした。人の目さえなければ、今まで幾度もリルシェイラを殴ったこともあれば暴言など掃いて捨てる程吐きまくっている。

 一般的な兄弟喧嘩の一環だ。

「怒ってる。怒ってる。

やだね、キーシュってば胡散臭い笑みなんか浮かべていても心の中は煮えてるね」

 他人の目がある為に決してキリシュエータが自分に突っかかってこないと理解しているリルシェイラが調子にのって囃し立てると、さすがにリルシェイラの背後に控えていた騎士団第二隊隊長であるアラスターがわざとらしくゴホンと咳を吐いた。


「キリシュエータ殿下、只今帰還致しました。

リルシェイラ殿下を奥の宮にお送り致しましたのちに、この度の遊説のご報告にお伺いさせて頂きたいと存じ上げますがよろしいでしょうか」

「ご苦労、兄上もお疲れであろうから一刻も早く放り込んで来い」

 丁寧さも忘れて最後は本音がこぼれ落ちた。

アラスターは一礼し、そのがしりとした指でリルシェイラの二の腕を掴み上げると、まるで犯罪者を連行するが如くずるずると引きずって行ってしまった。


「……アラスター、なんだか機嫌悪くないですか?」

 キリシュエータの背後に控えていたティナンが呆気にとられた様子で呟くと、リルシェイラを先頭に歩いていく第二隊の面々の中からひょこりと離脱した騎士団顧問であるエリックが苦笑しながら目礼した。

「殿下、眉間に皺がよってますよ。兄弟喧嘩はあとで裏のほうで好きにやるといい」

 ニヤニヤと口元を緩めるエリックが腕を組んで言えば、キリシュエータは片眉を跳ね上げた。

「エリック、戻ったら第一隊が棒術訓練だそうだ」

「戻ったら二週間休暇の予定なんだがなー」

 嘆息交じりにぼやくエリックは、階段をゆっくりと上がってくる従騎士の姿に、体の向きをかえ、キリシュエータに示した。


「どうした?」

 ティナンが問いかけると、従騎士は階段の少しばかり下方で膝をついて軽く頭を垂れた。

「ご報告いたします。

先ほど騎士団第二隊副長サイモン・クロレル及び第三隊見習いルディ・アイギルが負傷の為野外訓練より戻りました。現在は医務室で手当てを受けておりますので、のちほどご報告に上がると――」

 

ゆったりとした口調で告げられる報告だったが、キリシュエータがルディエラの名にすっと目を見開き、自分でも驚く程血の気を引かせて応えるより早く――ティナンが声を上げるより更に早く、


「なんだとぉぉぉぉぉっ」

筋肉ダルマエリックは従騎士の襟首をがしりと掴み上げ、無理やりもちあげガクガクとその体を激しく揺さぶり怒鳴った。


「殺すぞ貴様っ!」

「なっ、なうおおっおぅ?」

完全に持ち上げられた従騎士が目を白黒させ奇怪な声を上げたことに、キリシュエータは慌てて声をあげた。

「エリック! はやまるなっ」

 そもそも報告しにきた従騎士に罪はまったく無い。

混乱したキリシュエータが自分の副官へと視線を転じると、彼の副官は胸元に手を当て一礼した。


「殿下、医務室に行きますので失礼致します」

「って、おまえっ! この役立たず親子っ!

せめてこのオヤジをどうにかしろっ」


***


「じゃあ、ゆで卵」

「食べ物から離れなさい」

 一応熱さましを処方すると出て行った医者を待ちつつ、床に置いた灰色狼の頭をぐりぐりとなでながらクロレルが嘆息すると、ルディエラはしゃがみこんだまま「んー」と唸り声をあげた。


「食べ物が駄目なら、筋肉とかっ。筋肉なら色々種類ありますよっ。

ぼくの好きなのはやっぱり腹直筋とかっ、胸筋。マニアックなところで――」

 良いことを思い出したとでも言うかのように、瞳をきらきらとさせて筋肉の名称を嬉々として口にしていくルディエラを眺めつつ、クロレルは軽く眩暈を覚えた。


……オンナノコ、いや、女の子だと自覚してみれば、確かに女の子なんだが、女の子とはこんなイキモノであっただろうか?

 クロレルの知るオンナノコとは何かが違う。

少なくとも狼の名に食べ物だとか筋肉だとか――クロレルの範疇を軽く超えている。

 微笑ましいとみるべきか、はたまた……


「ルディっ!」


 ガタンっと蹴倒すような音をさせて医務室の扉が乱暴に開かれ、クロレルとルディエラは呆気にとられて扉へと視線を向けた。

 クロレルの視界に入り込んだのは、普段の隊長服に更に房飾りなどの装飾を施した礼装の騎士団第三隊の隊長ティナン。

 しゃがみこんでいたルディエラが慌てて立ち上がると、名を口にして叫んだティナンはその両手を伸ばして華奢な見習い隊員の体をその腕の中に抱きこんだ。


「ルディ、怪我をしたって?

どこを? ああっ、だからぼくはあれ程反対したんだっ。騎士団なんて危険な場所なんだよ? これ以上――」

 ぎゅうっと強く抱き込まれたルディエラがじたばたとあばれているのを呆気にとられて眺めていたクロレルだったが、その次の瞬間――


思わず「あ……」と呟いた。

――しっかりとクロレルの眼差しはそれを目撃してしまったのだ。

決して見てはいけないもの。

決して見たくはないもの。




ティナンの足にがっぷりとかぶりつく灰色狼を。




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