辺境伯と王子の密談~1 ◆
「いや~悪いね、辺境伯殿」
二人で話をしたいとの提案に対し、予想通り辺境伯殿は難色を示した。そのため、こちらに敵意はないとの意味も込めて姪をアレクシア嬢に預けたところ、ようやく辺境伯殿は俺の提案に乗った。
辺境伯は華やかな見た目に反して噂通り真面目で柔和な性格だが、一方で話が分からない朴念仁ではない。その能力も知略も侮れない相手ではあるが、誠意を見せればそれ相応のものは返す義理堅さもあるようだし、交渉相手としては悪くないだろう。まぁ、欲がないから手の上で転がすのは難しいが、あちらに不利益にならず、益があるように見せかける事で手を組む事は可能なはずだ。
「それで、話とは?」
「嫌だなぁ、性急な。と言いたいところだけどこっちも時間がないのは確かだし、単刀直入に言おう。これから五年でいいから休戦協定を結びたいんだ。勿論、極秘にね」
「極秘?となれば、国同士の約束ではないと?」
「そう。残念ながら今の国王にそんな頭はない。プライドだけは三人前だからね。でも、もう我が国は色々限界だ。その為、国を立て直そうという動きがある」
そう、我が国は限界だ。無能で好色で強欲な俺の生物学上の父親のせいで、国内は疲労し切って既に末期症状だ。あの王のせいで貴族は腐敗し、王に対して唯一対応し得る元老院も名前だけで今や国王の手先でしかない。真っ当な貴族は王を諫めたせいで反逆者として捕らえられて処刑され、目端の利く貴族は王に従順に振る舞いながら私腹を肥やすばかり。残っているのはもう無能なクズばかりだ。
「それで?レアード殿下が王位に就かれると?」
「それはないね。俺は国内では無能王子として有名になってるから、今更誰も俺についてこないよ。それに俺も王位には興味がない。俺は姪さえ無事に過ごせるならそれで十分だ」
これは俺の本心でもあり紛れもない事実だ。俺は母親の身分が低いから王位継承権はかなり低い。それに、そもそもそんな魑魅魍魎の王宮なんぞに興味はない。俺は妹が残してくれた姪さえ無事ならそれでいい。そして、姪が暮らしやすい国にしてやりたいと願うだけだ。
「なるほど。確かにこちらとしても、一時的とはいえ休戦になるのは願ってもいない事だ。攻め込まれないとわかれば、領内の立て直しに注力出来る」
「だろう?そちらにとっても悪い話じゃない。じゃ、契約成立だね」
思った以上に話が分かる相手でよかった。これで五年、この国から攻め込まれないとなれば、こちらも仕事が格段にやりやすくなる。勿論、こんな事はあのクソ爺の国王やその周りの奴らには秘密だ。奴らにはヘーゼルダイン周辺の情勢は危ういと見せかけておく必要がある。
「前向きに考えるが……担保は?」
「……担保?」
「まさか口約束だけで信じろと仰るわけではありますまい?そんなものを信じられるほど我々の関係が友好だった時代はなかったと記憶していますが?」
「そりゃあ、そうだけど……」
「部下たちを説得できるだけのものがなければ、私としても約束しかねます。それに、アレクシアの暗殺命令を出しておいて彼女に求婚した狙いは何です?」
「……!」
……失敗した。と言うよりも、最初から対等な交渉相手として見られていなかったのかもしれない。まさかアレクシア嬢の暗殺をここで持ち出されるとは思わなかった……確かにあれは俺が命じた事だ。あの頃は引っ掻き回してやればいい程度の気持ちで、王都からくると噂の婚約者の暗殺を命じた。だが……あれはごく一部の側近にのみ話をしただけで、外に漏れる要素などなかった筈だ。一体どこから……
「命令は未だに取り下げられていないと伺っています。そんな状態で約束出来るとでも?」
「……なるほど。そこまでご存じでしたか…」
悟られないように、肺に溜まった息を吐きだした。ヘーゼルダインの諜報部は想像以上に我が国の内部にも入り込んでいたか……失敗したと認めざるを得ない。まさかそんな事まで掴まれていたとは……嫌な汗が背中を流れるのを感じたがここで諦める訳にもいかない。ここで下がれば今度はこちらが反逆者として王に差し出される可能性もある。もう後には引けないのだ。
「……では、辺境伯殿が納得出来る担保とは?」
こうなったら本人から聞き出すしかないだろう。下手にこちらから提案すれば、それが弱点だと伝わってしまう。
「そうですね。まずはアレクシアへの暗殺命令の取り消しと彼女には手を出さないとの確約。それと……姪御さんをこちらでお預かりするというのはどうです?」
「……なっ!」
まさかよりにもよって……あの子を担保として差し出せというのか!しかも表情も変えず、さらっとそんな事を口に出すなど……
「……人質、という事ですか…」
「悪いようにはしませんよ。ちゃんと侍女も付けますし、多少行動に制限はかけさせて頂きますが幽閉などと言う野暮な事もしません。もちろん、あなたとの面会も自由にしていただいて結構です。あなたも、姪御の事に気を病む必要がなければ、ずっと動きやすくなるでしょう?」
言っていることは至極真っ当なことだった。まだ三歳の幼子だ、行動の制限は当たり前だし、自由に面会出来るというのもこの場合、十分すぎるほどの厚遇と言える。だが……
「……あの子はまだ三歳だぞ。そんな子供を……」
「そうですか?でも、あなたの国で育つよりはずっとマシでしょう?実に見目の愛らしい子だ。成長したらきっと美人におなりでしょう。でも、いまのままでは……また命を狙われるのでは?」
「な、何を……」
「あの子の父親は……母親の父親…なのではありませんか?」
「!」
涼し気な表情で告げられた言葉に、俺は直ぐには言葉が出なかった。それは極秘中の極秘の事で、決して外に漏れてはいない筈の事実だったからだ。




