ため息の理由
ギルおじ様の話を聞いた私だったけれど……正直に言うと私はその話よりもラリー様が最後にメアリー様に言っていた言葉が心に引っかかっていた。ラリー様はメアリー様が王都でのことを反省して心を入れ替え、こちらで怪我人の治療をしてくれていたなら、王都での罪を不問にするよう陛下に掛け合うというものだった。それは恋仲だったメアリー様に出来る最後の恩情のようなものだったとも。
だけど今回の反乱でメアリー様がラリー様の側にある未来は完全に潰えてしまったわ。言い換えればあんなことさえ起こさなければ、正妻にはなれなくても恋人や愛人と言う形でお側にいることは可能だった。聖女という地位にあれば独身であることが必須。妻子は要らない、一生独り身でいいと仰ったラリー様は、実はそれを願っていらっしゃったのではないかしら。そんな考えに至ってしまったら、それこそがラリー様の本音だったとしか思えなかった。
「ねぇ、ユー二ス」
「はい?どうしましたか?」
「今回の件が片付いたら……王都に戻ろうかと思うの」
ラリー様のお気持ちを知ってから丸二日考えた末、王都に戻った方がいいとの結論に達した。王都に戻り、国王陛下にラリー様との婚約解消をお願いしようと。それがラリー様のお心に添う唯一の道だから。それに……ここにいても私は皆の負担になると思ったから。
私は年だけは成人になったけれど、実際には何も出来ない子どもだと痛感させられたのもあったわ。守って貰うだけではこの厳しい辺境地では足手まといにしかならない。ラリー様が王都で過ごして欲しいと仰り、私がそう思うように誘導していたと知った以上、ここにいるのは心苦しいだけだった。
「アレクシア様……でも、まだローレンス様とのお話が……」
ギルおじ様に私と話をするようにと言われたラリー様は、あの後話がしたいと声をかけてこられた。ただ……私はまだ自分の気持ちが固まっていなかったのもあって、少し待って欲しいとお願いしていた。ラリー様も色々あって怖い思いをさせた、シアが落ち着くまで待つと仰って下さって、今は保留中だけど……
「話をしてもラリー様のお気持ちは変わらないわ。先日のおじ様との会話を聞いたでしょ?ラリー様は私とは白い結婚をお望みだし、そもそも妻も後を継ぐ子供も望んではいらっしゃらないのよ」
「な、何を仰っているんです?それはローレンス様がお嬢様を大事に思っていらっしゃるからではありませんか」
以前はメアリー様の事もあってラリー様に否定的だったのに、今のユーニスは私の考えに異を唱えた。
「ユーニスも聞いたでしょう?ラリー様はメアリー様の王都での罪を、なかった事にするつもりだったと。きっと、妻としては迎えられなくてもお側に置きたかったのよ。白い結婚を望まれたのも、きっとメアリー様と……」
「ですが、メアリー様は既に……」
「そう。もう今更なかった事には出来ないわ。でも……ラリー様がそうお考えだったのにここに残るのは……」
さすがにこんな状況だったのに居座るだけの心臓を私は持っていなかった。そりゃあ、王命は絶対だけど……陛下は私から婚約解消を願えば叶えてくれると仰ってくださったわ。式は延期したままだし、今ならまだ間に合うわ。
ユーニスが何かを言おうとしたところで、侍女たちが朝食を持ってきてくれたためその話は終わった。ユーニスは困惑していたけれどラリー様だってお忙しいのだ。いつまでも子供のお守りをしていられないわよね。
「……シア様、アレクシア様?」
「……え?あ、何?」
湯浴みを終えて部屋で休んでいると、ユーニスが声をかけてきた。どうやらぼんやりしていたみたい。咄嗟には返事が出来なかった。
「先ほどからお呼びしていましたが……どうなさったんです?」
「そ、そう?ごめんないさい。ちょっとぼーっとしていたみたい」
「……近頃、ぼーっとされていることが多いですわよ」
「そ、そうかしら?」
さすがユーニス、目敏いわ。
「ええ。それにため息も増えましたし」
「それは……最近色々あったから、ちょっと疲れが……」
「まぁ、大変ですわ。医師をお呼びしましょうか?」
その言葉にぎょっとしてしまったわ。別に具合が悪いわけじゃない。
「え?い、いえ…大丈夫よ、そこまでは……」
「いいえ。アレクシア様はご自身は癒せないのですよ。無理は禁物ですわ!」
「でも、本当にどこも悪くはないから……」
ユーニスが酷く心配してくれたけれど、別に具合が悪いわけではなかった。ただ……
「アレクシア様」
「は、はい?」
急にユーニスが改まった表情を浮かべたので、私はその圧に負けて思わず背筋を伸ばしてしまった。うう、ユーニスは女性ながら騎士としての経験もあるから、こういう時は勢いに負けてしまう。
「最近、ずっとお悩みの様ですが……」
「そ、そんな事は……」
「言いたい事はハッキリ言わないと、身体に悪いですわよ!」
その言葉に思わず是と答えてしまいそうなのを何とか耐えた。
「でも、本当に何も……」
「お嬢様はずっと、ず~っとあのご家族とボンクラ王子のせいで我慢を強いられていたから自覚がないのでしょうが、言いたい事は言える時に言わないと一生後悔しますわよ」
「え、ええ…・・」
「ため息は、直接本人にぶつけてください」
「ほ、本人?!」
その言葉に思わずある人物を思い浮かべてしまって、声が裏返ってしまった。
「アレクシア様。好きな人に好きだと言う事は、悪い事ではありませんわ」
「す、好き……って……そ、それは……」
「言葉通りですわ。今、どなたを思い浮かべました?」
「だ、誰って……!そ、それは……」
顔が、頬が熱を持つのを感じた。心の中を覗き込まれたような羞恥に包まれた。
「誰とは聞きませんが、お一人で考えて決めつける前に、まずはその方からしっかり話を聞いてくださいませ。互いに思いやっていても、その方向が間違っていては意味がないんですのよ」
「それは、どういう……」
「後はご自身でお考え下さい」
言いたい事だけ言ったユーニスは、またいつもの雰囲気に戻り、お茶を入れ直しましょうね、と言って部屋を出て行った。私はユーニスが消えていったドアを、暫く呆然と眺めるしかなかった。




