伝説の聖女は…
ダウンズ男爵とメアリー様が起こした反乱は、それを先読みしていたラリー様によってあっという間に押さえられてしまった。最初から男爵の元にはラリー様の手の者が入り込んでいて、逐一計画を報告していたのだ。
「馬鹿な、…だが…そうだ、薬……!薬が効いている筈だ!」
「あ、ああ、既に立っているだけでも苦しいはずだ」
「ラリー様、私達の計画に乗るというのであれば、私が治して差し上げますわ」
計画が筒抜けだったと知った彼らは、今度はラリー様に盛った薬の事を思い出したらしい。でも、それを言ってしまっていいのかしらと私の方が驚いてしまったわ。彼らの見立てではラリー様は立ち上がる事も出来ないほどの状況だというけれど……
でも、目の前のラリー様はとてもそんな風には見えないわ。顔色も悪くないし声にも張りがあって具合が悪そうには見えないもの。死にかけているなんて思えないわ。
「どこも悪くないが?」
「そんなバカな!」
「そうよ!あの量だったら今頃は……」
ダウンズ男爵やメアリー様、ハロルド様は信じられないものをみるような目でラリー様を見ていた。
「もし何ともないのであれば、それは私の婚約者のお陰だな」
「ひゃぁ!」
そう言うとラリー様はいきなり私の腰に掛けた手を引き寄せた。身体が近くなって私は慌てるしかなかった。
「ア、アレクシア様が……?」
「馬鹿な、その女は……」
「爵位も持たない伯爵家の息子にその女呼ばわりされる謂れはないね。シアはセネット侯爵家の当主で、準王族の待遇を陛下から賜っている身だ。口の利き方に気を付けろ」
ハロルド様の態度にラリー様は苛ついた視線を向けた。言葉には棘があり、かなりお怒りなのが伺えた。
「でも、アレクシア様は、聖女とは……」
「ああ、彼女は聖女の認定は受けていないよ」
「だったら……」
メアリー様は必死だった。反乱が失敗した今、聖女という地位だけが彼女の拠り所なのかもしれない。
「当然だろう。セネット家はこの国の聖女の始まりだぞ。聖女の認定など必要ないし、神殿からの干渉を受けない」
「そんな……」
「それに、本来セネット家の聖女はこの国の臣下ですらない。この国の後見であり盟友だからな」
「……う、うそ……」
「嘘ではない。彼女と対等なのは国王陛下ただお一人。その証拠はこれだ」
そう言ってラリー様は、鎧の下から私が渡した紫蛍石の片方を取り出した。ラリー様に渡してから十日以上経っているけれど、石はまだほんのりと光を放っていた。
「これはセネット家の家宝の紫蛍石の片割れだ。この片割れが光るのは、石に力を込めた者が真の当主、つまり始祖の聖女と同程度の力を持つ者という証だ」
「ええっ?」
ラリー様の言葉に驚いたのは私の方だった。そんなこと、石に付いていた紙にも記されていなかったし、聞いたこともないわよ。ラリー様、どこでそんなことを……
「ああ、シアが知らないかもしれないと陛下が教えてくれたんだ。やっぱり知らなかったんだな」
「え、ええ……」
まさかそんな裏設定のようなものがあったなんて……実家のことなのに知らないことが多すぎるわ。これは一度、陛下や神殿でしっかり話を聞く必要がありそうね。
「ついでに教えてやろう。この地の伝説の聖女の正体は初代のセネットの聖女。つまりシアのご先祖だ」
「ば、馬鹿な!そんな筈は!」
これに反応したのはダウンズ男爵だった。この地を虐げてきた王家を支えた聖女が、辺境の伝説の聖女であるはずがないと男爵は叫んだけれど、ラリー様はそれを一蹴した。
「嘘ではない。国の公文書に記録が残っている。聖女はこの国の初代国王の依頼でこの地を訪れ、人々を癒したとある。ヘーゼルダインの書庫に残されている古い文献にも同様の記載がある。これにはその聖女は、青銀髪と紫瞳を有していたとある」
「…ば、かな……」
男爵は崩れるようにその場に座り込んでしまった。話がよくわからないけれど、どうやらこの地の伝説の聖女は我が家の先祖で、その聖女が持っていた紫蛍石はこの石だったってことみたいね。
「メアリーがくれた茶を飲んでからずっと、体調が優れなかったのは確かだ」
「それなら……」
「お前達の茶を調べても、薬の成分しか出てこなかったしな」
「……」
メアリー様が気まずそうに黙り込んだ。お茶を調べられているとは思わなかったみたいね。
「だが、十日ほど前に彼女に癒して貰ってからは、どこも何ともないよ」
「う、嘘……あんなに顔色が酷かったのに……」
いい意味でも悪い意味でもメアリー様は天真爛漫らしい。ご自身の罪をあっさり口にされてしまったわ。
「メアリー、悪いがシアと君では力の差は歴然だ。君の全盛期であっても、シアには及ばなかっただろうな」
「そ、そんな……」
唯一の心のよりどころだった聖女の力に言及したラリー様に、とうとうメアリーは崩れ落ちるように床に手をついてしまった。
「残念だよ、メアリー。ここで騎士の治療をすると言ってくれたから心を入れ替えてくれたのかと、最初は君の良心に期待した」
「それは……」
「君の境遇にはずっと心を痛めていたよ。家のために聖女を辞す事も出来ず、逃げ出さないよう大聖女になれると騙され、神殿の広告塔としていいように利用されて……私のせいで余計な苦労もかけた……」
「……っ」
くしゃりとメアリー様の顔が歪んで今にも泣きそうに見えた。
「だからこそ、これまでの事を反省して、ここで領民のために治療をしてくれるなら、王都での事は陛下に掛け合って不問にして貰おうと思っていたんだ」
「……」
よくわからないけれどメアリー様にも気の毒な事情をお持ちで、お二人にしかわからない苦労もおありだったのだとラリー様の言葉から察せられた。ラリー様は本当に痛ましげな、苦しそうな表情でメアリー様を見下ろしていた。最初から疑っていたと仰っていたけれど、かつての恋人をラリー様はどんな思いで見ていらしたのかしら……その胸の内を私は想像することが出来そうになかった。




