紫蛍石の主
「きゃぁあ!」
私の持つ紫蛍石が伝説の聖女が持っていたものと同じだと言って、メアリー様が石に手を伸ばしたけれど、石に触れたところでメアリー様は悲鳴を上げて手を引っ込めてしまった。どうしたのかしら? 不思議に思ったのは私だけではなかったらしく、ダウンズ男爵とハロルド殿がメアリー様の元に慌てて駆け寄っていた。
「姉上、どうされた?」
「メアリー様?!」
「い、石が……熱くて……」
「熱い?」
メアリー様はその白い手を摩りながら、信じられないといった表情で私の紫蛍石を見つめていた。メアリー様に駆け寄ったダウンズ男爵はその手の様子を確認したけれど、石に触れたらしい部分が赤くなっているのが微かに見えた。
「な……どういう事だ!」
メアリー様の手の状況を確認したダウンズ男爵が、メアリー様に変わって紫蛍石に手を伸ばしてきた。
「うぐっ!」
男爵もメアリー様と同じく、石に触れた途端慌てて手を引っ込めてしまった。驚いたせいか、私を拘束していた騎士の手が緩んだので、不思議に思って石を手にして様子を窺ったけれど……特に変わった様子はないわ。どうしたというの?
「何故だ……そんなバカな!」
「な、何故アレクシア様は何ともないんですの?」
「馬鹿な!あんなに熱いのに!」
一体何だというの?別に熱くもないし、いつもと違う様子はないけれど。だけどメアリー様もダウンズ男爵も触れた部分が赤くなっているらしく、私が石を手にしている様を驚きの表情を浮かべて見ていた。
「なるほど。真の主以外は拒む、か」
興味深そうに、静かにそう呟いたのはおじ様だった。
「残念だったな、ダウンズ男爵。メアリー嬢も。どうやらあの紫蛍石は持ち主を選ぶらしいぞ。もしやすると、セネットの血に反応するのかもな」
「血だと……」
「ああ、赤く光っているのはセネット家の家紋。どういう仕組みかは知らんが、セネットの血を引く者にのみ反応するようになっておるのかもしれん」
おじ様が感慨深げにそう仰ったが、私はまだ話が消化しきれずにいた。そんな器用なこと、石に出来るのかしら?
「もしかすると、伝説の聖女はセネットの聖女だったのかもしれんな」
「ば、馬鹿な!そんな筈がない!王家の聖女が伝説の聖女だなどと!認めん!わしは認めんぞ!伝説の聖女はメアリー様だ!」
ダウンズ男爵が顔を赤くして激昂した。
「いい加減にしろ、ダウンズ男爵。石に触れる事も出来なかったメアリー嬢が伝説の聖女であるものか」
「煩い!そ、そうだ…では、今の持ち主がいなくなれば…!」
「そうですね、ダウンズ男爵。アレクシア様がいなくなれば、石は姉の物になるでしょう」
ダウンズ男爵の言葉に、ハロルド様が呼応した。まさかそんな風に言ってくるとは思わず、私は石の存在を知られた事を悔やんだ。でも、私が死んでもこの石がメアリー様を受け入れるとは思えなかった。それに……
「メアリー様がこの石の所有者になる事はありませんわ」
「何だと?」
「王家からこの石を賜った時、石の説明書きにはこの石は持ち主の願いに添うとありました。私はこの石がメアリー様に渡るのを拒否します。ですから、石はメアリー様を受け入れませんわ」
「それは……やってみなければわかるまい」
「神殿の石は持ち主など決まっていなかったわ。だったら……」
確かに神殿はそうなのでしょうね。だけど私はこの石をメアリー様に渡す気はなかった。この石を渡してしまえば、この地は今よりも悪い状態になるとしか思えなかったから。それではこの地の平和を願うラリー様の願いにも、人々を癒したという私の祖先の想いにも反する様な気がした。
「ふふっ、やってみなきゃわかりませんわ。さぁ、死んでくださいな、アレクシア様」
「おい、今すぐこの女を殺せ!」
「よさぬか、ダウンズ男爵!シアは侯爵家当主で準王族の扱いだ。傷一つでも付けて見ろ、それだけで不敬罪だぞ!」
「ふん、今更王家など恐れませんよ。ギルバート様はそこで大人しく見ていてください。おい、しっかり捕まえておけよ」
優艶に微笑んだメアリー様と、勝ち誇った表情のハロルド様がそう言うと、側にいた完全武装の騎士が私を取り囲み、あっという間に両腕を掴まれてしまった。マズいと思うけれど騎士相手では力の差は歴然でどうしようもなかった。
ただ……不思議と身体が恐怖で震えることはなかった。根拠はないけれど、大丈夫なような気がする。目の前に剣を手にした騎士が立ったけれど、私はその姿を視界に入れながらも石が私の願いを叶えてくれることを強く願った。
「さぁ、早く片付けてくださいまし」
「……そうだな。さっさと片付けるか」
再度騎士を促したメアリー様の声に呼応するように、目の前の騎士がぽつりと、でもどこかうんざりしたように小さく呟いた。それを耳にして思わずその騎士を見上げたわ。騎士は頭まですっぽり兜を被っていたから顔は見えなかったけれど、その声に聞き覚えがあったから。
「騎士たちに命じる!こいつらを拘束しろ!」
「はっ!」
大広間に響いた冷たい硬質の声に、その場にいた騎士たちが即答した。




