紫蛍石と伝説の聖女
「さぁ、アレクシア様、私のために死んでくださいませ」
優美に、まるでお菓子を欲しいとねだるようなメアリー様の言葉に、私はこの人の闇の深さを感じた。世間知らずで子どものような性格だから周りに利用されているのかと思っていたけれど、そうではなかったらしい。
「ご心配なく。ラリー様もアレクシア様がいなくなればきっとホッとされますわ。妹を虐めて第二王子から婚約破棄された意地悪な娘を一方的に押し付けられて、ラリー様もご迷惑に思われていたでしょうから」
それは王都で流れていた噂と同じものだった。その噂は陛下が否定されているのに。
「妹を虐めてなどおりませんし、婚約はエリオット様の有責で解消されていますわ。間違った噂をさも事実のように言うのは不敬ですわ」
「まぁ、怖い。でも、私は大聖女候補にも上がった身ですわ。罪人として追放された侯爵家の令嬢でしかないアレクシア様に不敬と言われる筋合いはございませんわ」
どうやらメアリー様は自分に都合のいい話しか信じないらしい。未だにエリオット様が広めた噂を口にするなんて…
「両親と妹は確かに罪人として追放されましたわ。でも、私自身は侯爵家の当主として陛下に認められた身。今はただの伯爵家の令嬢でしかないメアリー様とは、確かに立場が違いますわね」
当主と一介の令嬢では天地ほどの差があるわ。
「……し、失礼な!私は聖女を辞した後は高位貴族として……」
「メアリー様は、高位貴族の待遇は受けておりませんわ」
「そんな事はありませんわ!」
「いいえ、メアリー様は高位貴族の待遇をお受けしておりませんわ。これは王妃様にも神殿にも問い合わせして確認済みです。神殿の記録では力は平均より少し上程度で、退任した二年前にはその力はほぼ失われていた、とも」
「…な!なん……で……」
ユーニスが言っていた事は本当だったのね。メアリー様は目に見えて狼狽えているわ。それがこの話が事実だと物語っている。ダウンズ男爵が目を見開いてメアリー様を見ているから、彼はこのことを知らなかったみたいね。周りの騎士たちは兜をかぶっているから表情などはわからないけれど、不安げな空気が広がっているように感じた。
一方でハロルド様がご存じだったのだろう。憎々し気に私を見ていたけれど、そこに動揺の色は見えなかった。
「な、生意気なっ!」
「シア!」
周りから向けられる疑念を感じ取ったのか、メアリー様はその美しい顔を歪めると真っすぐに私の方に向かってきて右手を振り下ろした。おじ様の私を呼ぶ声を耳にするのと同じタイミングで左頬に熱を感じる。バランスを崩して床に倒れてしまった。
「シア、大丈夫か?」
おじ様が再度私を呼んだため、私はおじ様の方に向かって大丈夫だと答えるかわりに笑みを浮かべた。ゆっくりと立ち上がりながら、口の中が切れていなかった事に安堵した。
「そ、それは……」
声を上げたのはダウンズ男爵だった。驚きの表情を浮かべて私を指さしているのが見える。何かしら?
「そ、その石は……」
その一言で彼が動揺している理由を理解した。家宝の紫蛍石が転んだタイミングで服の下から出てしまったのね。
「あ、あれは……伝説の聖女の……紫蛍石……?」
ダウンズ男爵の言葉に、その場にいた他の者の視線が一斉に私に集まった。
「シア、その石は?」
「おじ様?これはセネット家の家宝で、当主の証ですわ」
「セネット家の?」
「ええ。国王陛下から次の当主は私だと、王都から戻る間際に渡されたものです」
おじ様まで驚いていたけれど、そう言えば私はこの石をラリー様以外に見せていなかったことを思い出した。ラリー様ですら力を籠める前の状態だったわね。光っているのを人に見せたのは初めてだわ。
「そ、そんな……伝説の聖女の石が、セネット家の……」
ダウンズ男爵の声は震えていて、それは驚きの度合いを現していた。だけど、この紫蛍石がどうしたというのかしら?
「おじ様?この石が何か?」
「シア……ああ、そなたはこの地に来て日が浅いから、知らないのも当然か」
「お嬢様、この地の伝説の一つです。はるか昔、この地を癒した聖女がいたのです。その聖女は敵味方関係なく人々を癒して回り、この地を平和に導いたと。その聖女は赤く輝く紫蛍石を手にしていた、と伝えられています」
「赤く輝く?」
ロバートの話は、確かダウンズ男爵からも聞いたものだったけれど……赤く輝くって、もしかして……
「ええ、お嬢様のその紫蛍石、赤く光ってますよね?」
「え?ええ。力を籠めたらセネット家の家紋が浮かび上がってきたの」
「家紋?」
ロバートが訝し気に聞いてきたため、私がその石をロバートやおじ様の方に向けた。
「ああ、確かにセネット家の家紋だ」
おじ様がそう仰った。この場にいる者でセネット家の家紋を知るのはおじ様くらいかしら。
「ふ…ふふふ……いや、これはこれは……」
いきなり笑いを含んだ声を上げたのは、ダウンズ男爵だった。驚きから戻って来たようだけど、目に異様な熱を宿していて不気味ですらあった。
「ああ、メアリー様!これで役者がそろいましたぞ!」
「何を……」
「あの紫蛍石があれば、メアリー様は真の伝説の聖女におなりになれます。あの石があれば誰もお疑いにはなりますまい!」
ダウンズ男爵の言葉に、私は石を見せてしまった自分の迂闊さを悔やんだ。なるほどこれをメアリー様が手にすれば、確かに伝説の聖女の体裁が揃ってしまうわ。
「こんなに大きな紫蛍石があったなんて……神殿の物よりもずっと大きいわ。ああ、そうね、これがあれば私の力は増幅されるわ」
メアリー様が目を輝かせて私の紫蛍石をうっとりと眺めた。
「力を増幅?」
「まぁ、アレクシア様は本当に聖女について無知なのですね。紫蛍石は聖女の力を増幅してくれるもの。これだけ大きければ……私の力も復活しますわ」
紫蛍石にそんな効果があったなんて知らなかったわ。確かにこの石を身に着けるようになってからは、力を使っても疲れにくくなったし、効率的に力が使えるようになった気はしていたけど……
「さぁ、メアリー様。その石をお取りください。そして真の伝説の聖女におなりになるのです」
「ま、待って……!この石は我がセネット家、元を正せば王家の物です」
私が石を守ろうとしたけれど咄嗟のところで騎士に両腕を取られてしまった。メアリー様は満面の笑みを向けて、私の紫蛍石にその白い手を伸ばした。




