禍々しい聖女
「なるほど……毒、か……」
呻くようなギルおじ様の呟きに、私は目の前が暗くなるのを感じた。そう言えばラリー様はかなりお疲れの様子で、この前治療した時には重傷者を相手にするほどの力を使ったわ。もしかして、あれは……
「最近のラリーの疲れ具合、おかしいとは思っておったが……」
「毒などと……そんな物騒な物ではありませんよ。元は病人を治すための薬です」
「では……量を越えて飲ませたか。王都でその手口を用いての殺害未遂事件が起きていたと聞く。それに倣ったか……」
おじ様が苦々しくそう告げたけれど、ハロルド様は平然としていた。薬なら毒薬と違って怪しまれる事もないから、言い逃れも可能かもしれない。
「なんて事を……」
「まぁ、アレクシア様。大丈夫です、時期が来れば私が癒して差し上げますもの」
「でも……毒を治す事など……」
「ご心配なく。私一人では無理でも、私の代わりをしてくれる者がおりますから」
「代わり……?」
代わりとはどういう意味?メアリー様以外にも聖女がいると?
「……なるほど。聖女失踪の黒幕はあなた方でしたか」
確信を持ったようにそう告げたのはロバートだった。そう言えば聖女の力を持つ女性が失踪する事件が続いていると騎士たちが言っていたけれど……もしかしてあれもメアリー様達の仕業だったの?
「まぁ、失踪だなんて。私たちはただ、報酬を出すから力を貸してくださいとお願いしただけですわ」
無邪気な笑顔でメアリー様が答えた。その笑顔が空恐ろしい……
「でも、実際は監禁して家に帰らせないどころか、連絡もさせなかったでしょう。それは犯罪ですよ」
「犯罪だなどと……彼女たちは高い報酬を得られて喜んでいましたのに」
「それで、使えなくなったら殺して捨てる予定だったのですね」
「まぁ、酷いわ」
この件に関してメアリー様からは罪悪感が欠片も感じられなかった。本気でいいことをしたと思っていると?
「最近、血だらけで倒れている女性を部下が見つけまして。話を聞いたところ、メアリー様、あなたのふりをして治療するよう強要されていたと話しましたよ。家に帰りたいと言ったところ、殴られて殺されそうになり逃げてきたと。今頃は女性達を閉じ込めている家に騎士たちが向かっていますから、より詳しく話を聞けるでしょう」
「な……!」
不敵に笑ったロバートに、メアリー様が狼狽えた。ロバートの言ったことは本当だったのね。とは言っても、この状態では女性達を保護しても彼らの罪を暴く事は出来ないけれど。
「そんなあくどいことをしておったとはな……ラリーと恋仲だったというのに」
「もちろんですわ」
呆れを多大に含んだ苦々しいおじ様の呟きにメアリー様は屈託なく是と答えて、私の心がずきりと痛んだ。やはりお二人はそうだったのかと、私はこんな時にも関わらず今の状況よりもお二人の仲がハッキリした事にショックを受けていた。
「恐ろしいのぅ。恋人すらも道具のように扱えるとは……」
「倒れたラリー様を癒して差し上げれば、ラリー様ももう一度私を見て下さるでしょう?昔は神殿に縛られて想いを遂げられませんでしたが、今度こそ私達は結ばれるのですわ。私とラリー様なら、この地を平和で豊かな国に造りあげる事も可能。この地の者達も悲願を叶えられるのです、悪い話ではありませんでしょう?」
そう答えるメアリー様は優艶に微笑んだ。そこには罪悪感の欠片もなく、小さな悪戯がバレた子供のようだった。でも、平然と親しい人の健康を害する事が出来るメアリー様に言い知れぬ恐怖を感じた。いくら癒しの力でも、全てを治せるわけではないのに……
「そう簡単にいくかな。ラリーは国のためにと臣籍降下して自らこの地を選んだ。そのラリーが火種になるような真似をすると?」
「それでも、私の力で命が助かり、私と結ばれると知れば、きっとお聞き届け下さいますわ」
そう、ラリー様は自らが王位継承争いの火種になるからと、この地へと養子に来られた方だ。そんな方がそう簡単にこの地を不安定にするとは思えなかった。
だけどメアリー様は、ラリー様の御心が自分に向いていると確信しているようで、おじ様との認識の差は明らかだった。
「ラリーが未だにメアリー嬢の事を引きずっているとは思えんがな」
「まぁ、そうでしょうか?でも、ラリー様はアレクシア様よりも私を優先して下さっていましたわ。それはラリー様のお心が私にある証拠ではありませんか」
迷いなくそう言われて、私は心が抉られるような感覚を覚えた。ギルおじ様が何を仰っても、メアリー様はご自分の計画通りにことが運ぶと信じ切っているように見えた。私などからすれば甘すぎる計画だけど、確かにラリー様がメアリー様に付けば形勢は大きく変わってくるわよね。
「じゃが、ラリーはシアの婚約者だ。王族のラリーが兄王の命を反故にするとでも?」
「ふふっ、だからラリー様が迷わないよう、アレクシア様にはここで消えて頂きますの」
「なんじゃと……!」
「ふふっ、アレクシア様。あなたは邪魔なのですよ。婚約者の立場も聖女の力も……私の、いえ、このヘーゼルダインのためにも死んでくださいまし」
まるでそのお菓子をちょうだいとでも言うような軽さで、笑顔のままメアリー様は私に死ねと告げた。この人は子どものようだと言われていたけれど……仮にも聖女として人々を癒してきたのに、どうして簡単に他人の命を奪うと言えるのかしら。美しい姿がかえって禍々しく見えて、私は言い知れぬ恐怖がまとわりつくのを肌で感じた。




