留守を守る
ラリー様が出立した後の屋敷は、これまでの喧騒が嘘のように静まり返っていたけれど、それで統制が乱れることはなかったわ。何と言ってもギルおじ様がいらっしゃる。おじ様は私が古傷を癒したためすっかりお元気になり、騎士団の若い人達に稽古を付けるほどにお元気だった。お陰で後顧の憂いはないとラリー様も仰っていたわ。
おじ様の元には定期的に騎士が情報を伝えに来ていた。幸い天気もよく、滞りなく進んでいるらしい。とは言えどこに内通者がいるかわからないため、情報はかなり伏せられていた。
私はラリー様がメアリー様にかけた言葉が気になっていたものの、出立するラリー様にその意味を聞く事が出来なかった。こんな時にお手を煩わせるのも申し訳なかったのもあるけれど、その意味を知るのが怖かったのもある。大事な話と言うからには、やはり私との婚約解消なのでしょうね……
いえ、この結婚は王命だから、もしかしたら私を正妻に立ててその上でメアリー様をお側に置くおつもりかもしれない。愛人や妾の立場になるけれどメアリー様が納得されれば問題はないし、私が王都に戻れば実質妻と変わりないもの。正直、それ以外の可能性が考えられず、私の気分は落ち込む一方だった。
村が襲撃されてからはレアード王子がこの屋敷に姿を現す事はなかった。やはりあれは私達を油断させるためのものだったのかしら……そんな疑念を持った私だったけれど、意外にもロバートはその考えを否定した。
「どうにも、今回の出兵には不審な点があるのですよ」
そう言ってロバートは、今回の出兵がレアード王子の意に反している可能性を挙げた。領主がレアード王子に代わってからは、隣国がこちらにちょっかいを出す事はかなり減ったのだという。レアード王子は内政を優先するタイプで、経済の立て直しを優先していたらしい。その辺りはラリー様と同じ考えで、そんな彼が出兵を指示するとは思えない、というものだった。
それに姪の怪我を治す事に必死で、わざわざ身分を隠してまで敵国でもあるヘーゼルダインの街に潜入していた。こんな時に情勢が不安定になるのは彼にとっても不本意だろう、と。
姪の怪我が治ったから手のひらを返した可能性もあるけれど、それにしては行動が早すぎる。子供を連れて国に戻るには少なくとも二、三日は必要で、襲撃の前日に姪を連れてここを訪れていた事からも、その可能性は低いと言った。
「可能性があるとすれば……隣国の一部の者の暴走、でしょうか…」
「一部?」
「ええ、一番可能性が高いのは独立派でしょうね」
「そうじゃな。あの子供の怪我の理由も、案外その一環かも…王子が姪の対応に追われている間に…と」
ロバートの考えにおじ様も同意された。隣接する隣国の領地はヘーゼルダイン以上に独立派が多いのだと言う。現王の不人気に加えて税が高く、その不満が独立に向かわせているらしい。
「心配なのは、連動してヘーゼルダインでも独立の動きが強まる事です。同時に蜂起して領土の一部だけでも……と考えてもおかしくないですから」
「そうじゃな。ここはこれまでも何度も独立運動が起きている。今回ラリーが早々に出立したのは、その声がこれ以上上がらないためでもあるんじゃ。こちらがもたもたしていれば、隙ありと見られるからな」
「そうでしたか」
ヘーゼルダインは想像上に難しい土地だったのね。王子妃教育やこちらに来てから学んだ事など、この地のほんの一部の事でしかなかったのだと思い知らされた。
出立から三日が経ったわ。そろそろラリー様の軍が占領された村に到着するだろうという頃、ロバートに声をかけられた。
「え?怪我をした女性の?」
「はい。彼女から証言を得たいのですが、怪我が酷くて話もままならないのです」
どうやらロバートの部下が街で重要な参考人を見つけたらしいけれど、その女性は大怪我を負っていて話が聞ける状態ではないのだという。でも、どうしてもその女性の証言が欲しいと私に治療を頼んできたのだ。
「これは……!酷いわ……」
女性の怪我はかなりの重傷でこのまま放置していたら明日にでも亡くなってしまうほどのものだった。全身に殴られた後があっただけでなく、背中に大きな刀傷があって、ロバートは逃げてきた際に負ったのではないかと言った。治療自体は特段難しいものではなかったけれど、出血が多く体力を消耗したようで女性は直ぐに目を覚まさなかった。詳しくは教えて貰えなかったけれど彼女の証言があれば今ロバートが追っている問題の重要な証拠となり、相手を追及する事が出来るのだと言った。
ラリー様が率いた軍が占領された村に到着したとの報告は、ラリー様が出立して五日目に届いた。伝令では、村に到着したが隣国の兵の数は少なく、我が軍の姿を見ただけで逃げ出したのだという。あまりにも呆気ない展開に現場も戸惑っているとあった。
ただ、幸いにも村人や旅人には被害もなく、建物への被害も最小限だったという。この事からも村を占拠したのは隣国の正規軍ではなく、一部の部隊が独断で行ったのではないかとの憶測が強まった。ラリー様は村の状況を確認した後、国境周辺を巡回してから戻るとの連絡があり、屋敷に戻るのは早くても十日後になるだろうとあった。
「大した事がなくてよかったわ」
大規模な戦闘になって死傷者が出るのが心配だったため、この程度で済んでよかったと胸を撫で下ろした。それに戦闘になればラリー様も危険に晒されるわ。ラリー様は上に立つ者は先頭に立つべきとお考えの方だから私も不安で仕方なかった。
「本当に。これで終わりだといいのですが……」
「そうじゃな。じゃが……手応えがなさ過ぎる」
私の安堵をよそに、ギルおじ様とロバートはあまりの呆気なさに不安を抱いていた。こうも手ごたえがないのであれば、もしかしたら別の何かを隠すための陽動では……とおじ様とロバートはかえって警戒を強めていた。
「た、大変です、ギルバート様!」
変化はその日の午後に突然起こった。突然、家令のメイナードとモリスン夫人が、ラリー様の執務室に飛び込んできたのだ。その場にいたおじ様とロバートも、メイナードのいつにない慌てように驚きを隠せなかった。
「ギ、ギルバート様!は、反乱です!」




