急襲
その知らせは突然やって来た。隣国が国境を越えて我が国に攻め入ってきたのだ。最近不穏な動きをしていたが、ここまで大胆な行動に出るとは想像も出来なかった。
「現状はどうなっている?」
一大事という事で、直ぐに重臣や騎士の主要メンバー、そして家令のメイナード達も集められたのは、辺境伯の屋敷の大広間だった。夜会や舞踏会も開かれ、結婚式の会場になる予定だったこの場は今、物々しい雰囲気に包まれていた。私も婚約者としてラリー様の隣に控えている。結婚は王命で決められているため、扱いは婚約者というよりは妻に近いかもしれないわね。ラリー様は壇上に立ち、その隣には私とギルおじ様、そのすぐ前にはレックスとロバート、そして辺境伯領の騎士団の副団長達が控えているわ。これは結婚後のこの辺境伯領内の序列と同じね。
隣国の動きが活発化していたため最近は国境の警備を増やし、定期的な巡回を倍にしていたのもあって、変化は直ぐに察知出来たという。隣国は昨夜、闇に紛れて辺境伯領に侵入し、最も隣国側にある村を占領したという。この村は街道沿いの宿場町として重要な拠点で、過去にも何度か取り合いになっている場所。ここに昨夜隣国は兵を進めて、あっという間に占拠してしまったという。夜盗対策のために辺境伯の騎士が常駐していたけれど、相手の兵の数が多くて何も出来なかったらしい。それでも直ぐに屋敷へと伝令を飛ばし、現在は周辺で相手の動きを探っていると早馬で駆け付けた騎士は言った。
「村人への危害は?」
「そちらの方は今のところ確認されておりません。元より国境周辺は元は一つで、親戚などがいる者も多うございます。無体な事をすれば自分の首を絞めますし、村を破壊するのはあちら側にとってもメリットはないかと……」
「そうか……村人に被害が出ていないのならよかった」
幸いにも村人は無事らしく、また村に滞在していた旅人や行商人なども軟禁状態だけど危害は加えられていないという。無駄に残虐な事をしても利がないとみているのなら、急いで出撃する必要はないだろうとの見解が下され、それでも明朝には出立する事になった。
「私が指揮を執る。また不在時の領内の事は前辺境伯である義父上に委ね、その補佐をセネット侯爵令嬢に頼む。皆、滞りなく職務を全うするように」
ラリー様の言葉に、会場にいる者の多くが驚きを表しどよめいた。ギルおじ様に後を任せるのはいつもの事だけれど、私をその補佐にした事に驚いているようだった。
「領主様!いくら婚約者とは言えセネット嬢を補佐になどと……」
「そうでございます。いくら侯爵家の方と言えどまだ17歳。子供に戦の後衛など務まりますまい」
さすがに17歳の小娘に、との声が上がったけれど、それを制したのはラリー様だった。
「セネット嬢は第二王子殿下の婚約者として王子妃教育を受け、近年は第二王子の補佐も行われていたと聞く。王子との婚約が解消されたのは王子側の不義理が理由で、セネット嬢には何の落ち度もないのは国王陛下もお認めになっている。また、彼女のこの地での功績は皆も知るところであろう?」
「そ、それは……」
「王子妃教育も優秀であったと王妃様より伺っている。王都では隣国の王族との面識もある上、大使との交流の経験もある。まだ婚約中であるから権限を与える事は難しいが、彼女の知識や能力はこの有事に十分役に立つと私は見ている。それとも……彼女以外でこの有事を乗り切るだけの見識がある者はいるか?」
ラリー様がそう呼びかけると、さすがに誰も声を上げなかった。隣国の王族と面識があり、王子妃教育を受けた事が大きかったのでしょうね。まぁ、隣国の王族は数えるほどしか存じ上げないけれど。でもこの場合、知らないよりはマシでしょうね。レナード王子のこともあるし。
それからは慌ただしく出撃の準備で屋敷内は大わらわだった。常にいざという時のための備えはしてあるけれど、実際に騎士を派遣するのとしないのでは大きな違いだから。私に出来る事はあまりなかったので、ラリー様やギルおじ様の支持を受けながら準備に追われた。
「ラリー様!」
慌ただしく今後の事を話し合っている最中、ラリー様の執務室に飛び込んできたのはメアリー様だった。後ろにはハロルド様もいる。
「メイ、悪いが今は時間がないんだ」
「いいえ、ラリー様。私もお供しますわ!」
何用かと思ったらメアリー様はラリー様に同行すると言い出し、その場にいた者をぎょっとさせた。メアリー様が行っても役には立たないだろうに……
「メイ、気持ちは有難いが、これは命がけの戦争なんだ。君はここに残っていて欲しい」
「でも、私には聖女の力がありますわ!」
「それでも、君が来ればその分騎士を君の護衛に割かなければならなくなる。そんな余裕は今の我が軍にはないんだ」
それは言葉通りで人員に余裕がなかった。怪我を癒した騎士たちの復職は進んでいるけれど、すぐに退職した時と同じように働けるわけじゃないから。
「でも……」
「どうかここで私の帰りを待っていて欲しい。君に何かあるとたくさんの人が悲しむだろう?」
「そ、それは……」
「戻ったら大事な話がある。だから……」
その言葉に胸がずきりと痛んだ。大事な話って、やっぱり……
「わ、分かりましたわ」
「ありがとう。さぁ、部屋へ戻って」
ラリー様が幼子に諭すように優しくそう告げると、メアリー様は渋々ながらも部屋へ戻った。
大事な話って……やっぱり私と婚約の婚約を解消にして、メアリー様と婚約し直すおつもりなのね。部屋にいる者たちの視線が私に注がれているような気がしたけれど、私は何も気が付かない振りをした。今はそれよりもこの戦いを勝たなきゃいけないのだから。




