戸惑う心
レアード王子からの思いがけない求婚は正直言って困惑しかなかった。元よりラリー様との結婚は私が望んだものではなく、それはラリー様も同じ。だけど……ラリー様に想う相手がいらっしゃるならレアード王子からの求婚を受けるのもありなのかもしれない……と思う自分がいた。レアード王子の言うことには納得出来る理由があったから。
私とレアード王子が結婚すれば、両国の関係改善のきっかけくらいにはなるような気がするわ。それは我が国にとっては願ってもいないものだし、ヘーゼルダインに至っては悲願とも言えるかもしれない。元々ヘーゼルダインと隣国の国境地帯は一つだったのに国の都合で分断されていたわ。友好関係を結ぶ事が出来ればこの土地の人たちは気兼ねなく行き来も出来るようになるわよね。
「シア、こんな男の言う事など真に受けないように。私はメアリーと結婚する気はない。第一、あの国に行ったらどんな目に遭うかわかったもんじゃない」
ラリー様はそう仰るけど王族にお生まれで王命の重さを十分ご承知だから、簡単に解消しようとは仰らないでしょうね。それにあの国に行く危険もご存じでしょうし。でも、国益が絡んでくれば話は別だという事もお分かりのはず。
あの国の国王は疑い深くて、これまでに王子四人と王女二人が謀反の疑いありと自死を賜ったともいわれているわ。また好色で見境がなく、息子の妻を召し上げた事もあるらしい。自死に至った王子は妻を奪われた事に抗議した結果だとも伝えられているし、王女が実の父に手籠めにされたとの噂もある。そんな野蛮な国には行かせられないと仰ってくれるお気持ちは嬉しいわ。だけど……
「ねぇ…ユーニスはどう思う?」
一人で考えても答えが見つからなくて身近にいるユーニスに聞いてみた。求婚されるなんて初めてで、こんな時どうしていいのかわからなかったし。レアード王子は、返事は急がないと仰っていたけれど……
「アレクシア様はどうなさりたいんです?」
「私?」
「ええ。お嬢様はどうしたいと思いますの?」
「どうと言われても……」
ユーニスの問いに何も答えられなかった。これまでこんな事を考えた事がなかったから。高位貴族の娘にとって結婚は義務でしかないわ。そこに個人の意思など関係なく、家や国の利益を優先するようにと教わってきただけに、自分で結婚相手を選ぶなんて想像も出来なかった。
「じゃ、どちらがより好ましく思われますか?」
「どちらがと言われても……比べようにもレアード殿下の事は何も存じ上げないし……」
そう、どちらがと聞かれてもレアード王子とは昨日知り合ったばかりで何も知らないわ。あれだけの会話で為人を知ろうなんて無理があるもの。そりゃあ、色んな噂は聞いていたけれど、敵国の王子の噂なんてどこまで信憑性があるかわからないし。昨日と今日では態度も違うし、そこから何かを分かれと言われても困る。それに……
「ラリー様は、メアリー様を……」
私の心に引っかかっていたのは、ラリー様とメアリー様の事だった。お二人は恋仲だったと言うし、今も親密でいらっしゃるわ。ラリー様はメアリー様と結婚しないと仰っているけれど、本心ではそれを願っていらっしゃるのではないかしら?だとしたら、私は……
「やぁ、アレクシア嬢。お茶でもいかがかな?」
翌日もその翌日も、レアード王子は私に会いに屋敷にやって来た。事前に私の予定は聞いていたらしく、用事のない時を狙ってやってくるから避けようもないわ。自分がここにいる事が知れると面倒だからと仰るので、身元を伏せて他国の賓客という事にして表立って何かをする事はなかった。それでも粗相があれば国際問題にもなりかねないだけに、屋敷内はピリピリしたムードになっていた。
そんな屋敷内の緊張感などどこ吹く風のレアード王子は、毎回花束やお菓子を持ってやってきた。こんな風に何かを頂いた事がなかった私が戸惑っていると、それを知ったレアード王子に逆に驚かれてしまったわ。
でも、私はエリオット様には最初から嫌われていたから、婚約者になってからも何かを貰う事などなかったのよね。こちらに来てからは生活の全てをラリー様に頼っていて、お菓子や服や宝石なども頂いたけれど、それは生活するうえで必要な物という意味合いが強いと思うし。求婚された上にこんな風にプレゼントを貰うなんて自分には無縁の事だと思っていたから、正直言って嬉しさよりも戸惑いの方が大きかった。
「ラリー様、レアード殿下のお願いの件ですが…」
数日悩んだ私だったが、結局のところ最初に思い浮かんだこと意外に思いつかなかったから、まずはラリー様に相談する事にした。レアード王子にお願い事をするにしてもラリー様の許可は必要だから、先に話してしまおうと思ったのだ。
「シア、あんな奴のいう事など真に受けないでくれ」
「ありがとうございます。でも……」
「メアリーの事で心配をかけた事は謝る。だが、彼女と結婚するつもりなど微塵もない。今は詳しくは話せないが……それだけは信じて欲しい」
そう告げるラリー様の表情は真剣で、とても嘘や偽りがあるようには見えなかった。これまでもラリー様が私に嘘をつく事はなかったから、その言葉に嘘はないのだと思う。
でも、それだけが全てではないことくらいは私にもわかる。人の上に立つ立場であればあるほど、言葉に出来ない、してはいけない事も多々あるから。
「でも、このまま放っておけばレアード殿下は毎日こちらにいらっしゃいますわ。それではこの屋敷の者も落ち着きませんし、機密が漏れる可能性もあります」
「それはそうだが……では、シアは何を望むんだ?」
「色々考えましたが、私は……」
「失礼します!ローレンス様、大変です!隣国が……我が領に侵攻してきました!」
突然飛び込んできたのはレックスとロバートだった。二人とも表情を蒼白にして、言葉に間違いがない事を表していた。私はラリー様と顔を見合わせたけれど、揃って直ぐに言葉を発することは出来なかった。




